第10話 相性がいい
翌週。
「一条さんからです」
午前九時。
澪がパソコンの画面を見ながら言った。
「新規案件でしょうか」
「もう?」
優真が顔を上げる。
「先日の会社とは別です」
「別なんだ」
「はい」
澪がメールを開く。
「一条さんの取引先で、業務管理システムの見直しを検討しているそうです」
「へえ」
「先方から相談を受けたため、弊社を紹介したいと」
「ありがたいな」
「ただし」
「?」
「今回は一条さんも、最初から参加されるそうです」
「柚月さんも?」
「はい」
澪が。
メールを読み進める。
「先方の要望整理を一条さんが担当し、弊社が開発可能か判断する形を希望されています」
「なるほど」
「効率的ですね」
「うん」
優真が頷く。
「じゃあ、澪も行く?」
「……」
澪が止まる。
「私ですか?」
「うん」
「今回の打ち合わせで、契約関係の確認は必要でしょうか」
「たぶん、まだいらないかな」
「開発スケジュールは?」
「要望が固まってからだと思う」
「でしたら」
澪が。
少し考える。
「今回は参加しません」
「いいの?」
「はい」
「この前は来たかったから来たのに」
「毎回参加したいわけではありません」
「そっか」
「はい」
「分かった」
優真が。
少し笑う。
「じゃあ、行ってくる」
「はい」
澪も。
自然に答える。
「いってらっしゃい」
「……」
優真が止まった。
「何でしょうか」
「いや」
「?」
「今」
「はい」
「普通に、いってらっしゃいって」
「……」
澪も止まる。
「何か問題がありますか?」
「ない」
「では」
「うん」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
優真が。
嬉しそうに笑った。
「……」
澪の耳が。
少しだけ赤くなる。
「朝からありがとうございます」
由奈が。
小さく頭を下げた。
「佐倉さん」
「はい」
「何に対する感謝でしょうか」
「こちらの話です」
「……そうですか」
◇
午後。
優真は。
柚月と一緒に。
先方の会社を訪れていた。
「本日はありがとうございます」
「こちらこそ」
挨拶を終え。
打ち合わせが始まる。
先方の担当者は。
三人。
最初に。
柚月が口を開いた。
「事前にいただいた資料から、現在の問題点を三つに分けました」
資料が配られる。
「一つ目が、入力作業の重複」
「はい」
「二つ目が、進捗状況を部署間で共有できていないこと」
「そうですね」
「三つ目が、月末の集計作業です」
「はい」
「この認識で間違いありませんか?」
「ありません」
「では」
柚月が。
優真を見る。
「神谷社長」
「はい」
「この三点を、一つのシステムで解決できますか?」
「できます」
「期間は?」
「ちょっと待ってください」
優真が。
資料を見る。
「全部を一気にやるなら」
「はい」
「三か月くらい欲しいです」
「予算内で?」
「収まると思います」
「では――」
「ただ」
優真が。
先方を見る。
「これ」
「はい?」
「三つとも同じ優先度ですか?」
「……と言いますと?」
「一番困ってるのはどれです?」
「一番……」
担当者たちが。
顔を見合わせる。
「やっぱり、進捗共有ですかね」
「そうですね」
「入力の重複も面倒ですが」
「月末集計は?」
「それは経理の二人が大変というくらいで」
「なるほど」
優真が。
柚月を見る。
「だったら」
「はい」
「まず進捗共有だけ先に作りません?」
「先行導入ですか」
「そうです」
「理由は?」
「一番困ってるから」
「……」
「そこを一か月くらいで使えるようにして」
「はい」
「残りは実際に使ってもらいながら作る」
「なるほど」
柚月が。
すぐに資料へ書き込む。
「でしたら、第一段階と第二段階で契約を分けた方がいいですね」
「あ、それいいですね」
「第一段階の運用結果によって、第二段階の仕様を変更できます」
「そうしましょう」
「先方としても、最初の支出を抑えられます」
「ですね」
優真が。
担当者を見る。
「どうですか?」
「……いいですね」
「では、その方向で」
「お願いします」
「一条さん」
「はい」
「第一段階の要望整理、お願いできます?」
「今日中にまとめます」
「早いな」
「必要な情報は揃っています」
「じゃあ俺、明日までに概算出します」
「でしたら」
柚月が。
手帳を見る。
「明後日の午前中に、先方へ提示できます」
「いけます?」
「神谷社長が明日中に出せるのであれば」
「出します」
「では、可能です」
「……」
先方の担当者が。
二人を見る。
「話、早いですね」
「そうですか?」
優真が笑う。
「はい」
「まだ三十分も経ってませんよ」
「確かに」
「普通、この段階でもう一度持ち帰りますよね?」
「必要ありません」
柚月が答える。
「判断に必要な情報は揃っていますので」
「……すごいですね」
「ありがとうございます」
柚月が。
普通に受け取る。
優真が。
少し笑った。
「何でしょうか」
「いや」
「?」
「澪と似てるなと思って」
「……」
柚月が。
一瞬止まる。
「それは褒め言葉として受け取ります」
「もちろん」
「ありがとうございます」
◇
翌日。
「澪」
「はい」
「ちょっと見てくれる?」
優真から渡された資料を。
澪が確認する。
「昨日の案件ですか?」
「うん」
「もう概算を?」
「昨日、大体決まったから」
「……早いですね」
「柚月さんが要望を全部まとめてくれたんだよ」
「一条さんが?」
「昨日の夜には来てた」
「……」
澪が資料を見る。
要望。
優先順位。
第一段階。
第二段階。
想定される変更点。
先方の担当者。
決裁者。
予算。
必要な情報が。
過不足なく。
並んでいる。
「綺麗ですね」
「だよな」
「これなら見積もりも早いです」
「うん」
「優真さん」
「なに?」
「昨日の打ち合わせは、どのくらいかかりましたか?」
「一時間くらい」
「……一時間」
「予定は二時間だったけど」
「そうですか」
澪が。
もう一度。
資料を見る。
「一条さんが先方の要望を整理して」
「うん」
「優真さんが、実際に必要なものを判断する」
「そんな感じ」
「その場で一条さんが、契約の進め方まで組み直した」
「そう」
「……」
「どうした?」
「いえ」
澪が。
静かに言う。
「相性がいいですね」
「俺と柚月さん?」
「はい」
「そうかな」
「仕事上は」
澪が答える。
「かなり」
「……」
「一条さんは、情報整理と判断が非常に速いです」
「うん」
「優真さんは、相手の話から本当に必要なものを見つけることが得意です」
「……なんか照れるな」
「事実です」
「最近それ多いね」
「事実ですので」
「はい」
「そして」
澪が。
資料を指す。
「優真さんが方向を決めれば、一条さんはすぐに形にできる」
「なるほど」
「一条さんが整理した情報があれば、優真さんも判断しやすい」
「確かに」
「お互いの得意分野が」
澪が。
少しだけ止まる。
「噛み合っています」
「……」
「ですので」
澪が。
優真を見る。
「仕事上の相性は、非常にいいと思います」
「そっか」
「はい」
優真が。
少し考える。
「でも」
「?」
「澪とも仕事しやすいよ」
「……」
「というか」
優真が笑う。
「俺は澪と一番長く仕事してるから、澪の方がやりやすいけど」
「……」
「どうした?」
「いえ」
澪が。
資料へ視線を戻す。
「今は、一条さんとの話をしています」
「そうだけど」
「比較する必要はありません」
「はい」
「……」
「澪?」
「何でしょうか」
「耳、赤いよ」
「気のせいです」
「そう?」
「はい」
「……」
「見積もりを確認します」
「お願いします」
優真が。
自分の席へ戻っていく。
「……」
澪は。
もう一度。
柚月が作った資料を見る。
綺麗だった。
無駄がない。
必要な情報だけが。
必要な順番で。
並んでいる。
「……」
少し。
懐かしい気がした。
以前の自分なら。
おそらく。
同じような資料を作った。
「澪さん」
「はい」
隣から。
由奈が顔を出す。
「一条さんと社長、そんなに仕事の相性いいんですか?」
「はい」
「へえ」
「一条さんの判断速度と、優真さんの営業力は非常に噛み合っています」
「……」
「何でしょうか」
「澪さん」
「はい」
「それ、自分で言って大丈夫です?」
「何がでしょうか」
「いや」
由奈が。
澪を見る。
「一条さんと社長の相性がいいって」
「仕事上の話です」
「分かってますけど」
「でしたら、問題ありません」
「……本当に?」
「はい」
「この前」
「はい」
「社長と一条さんが二人で打ち合わせするの、好ましくないって」
「……」
澪が止まる。
「言ってましたよね?」
「……言いました」
「今回は?」
「今回は」
澪が。
少し考える。
「仕事ですので」
「前回も仕事ですよ?」
「……」
「……」
「佐倉さん」
「はい」
「仕事をしてください」
「逃げた」
「仕事をしてください」
「はーい」
由奈が。
笑いながら戻っていく。
「……」
澪は。
パソコンへ視線を戻した。
優真と。
柚月。
仕事上の相性は。
いい。
それは。
間違いない。
「……」
だから。
何も。
問題はない。
はずだった。




