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第7話 好ましくありません

 一条柚月から。


 新しい連絡が来たのは。


 引き抜きの話から数日後だった。


「案件の紹介です」


 午前十時。


 メールを確認していた澪が言った。


「一条さんから?」


「はい」


 優真が。


 澪の席までやってくる。


「どんな案件?」


「少々お待ちください」


 添付された資料を開く。


 概要。


 予算。


 納期。


 必要な作業。


 澪が。


 順番に確認していく。


「……」


「どう?」


「条件は悪くありません」


「じゃあ受けられそう?」


「現時点では何とも言えません」


「そっか」


「ただ」


 澪が。


 一つの項目で止まる。


「今回、一条さんの会社との合同案件になるようです」


「合同?」


「はい」


「うちだけでやるんじゃないんだ」


「そのようです」


 さらに読み進める。


「一条さんの会社が進行管理。こちらが開発を担当します」


「なるほど」


「先方との折衝については――」


 澪が。


 止まった。


「?」


「……優真さん」


「俺?」


「はい」


「一条さんと優真さんの二名が、先方との窓口になる想定です」


「ああ」


 優真が資料を見る。


「営業と進行管理だから?」


「そうだと思います」


「じゃあ、澪は?」


「私は社内側の進行管理と、契約関係の確認です」


「いつもとちょっと違うね」


「そうですね」


「どう?」


「何がでしょうか」


「やりにくそう?」


「いえ」


 澪が。


 資料をもう一度見る。


「合理的です」


「そうなんだ」


「一条さんは先方との調整能力が高く、優真さんは営業担当です」


「うん」


「私まで先方との打ち合わせに参加する必要はありません」


「なるほど」


「役割分担として適切だと思います」


「じゃあ」


 優真が笑う。


「受ける方向で考えようか」


「はい」


 澪が頷く。


 何の問題もない。


 合理的な。


 役割分担だった。


 ◇


 二日後。


「では、行ってきます」


「はい」


 午後一時。


 優真が鞄を持つ。


「予定では十五時半終了です」


「うん」


「終了後、帰社してください」


「了解」


「先方から追加資料が提示された場合は、共有をお願いします」


「分かった」


「契約条件について変更の話が出た場合、その場で回答せず、一度持ち帰ってください」


「はい」


「特に――」


「澪」


「はい」


「大丈夫だよ」


「……」


「ちゃんと覚えてるから」


「そうですか」


「うん」


「では、お願いします」


「行ってきます」


「いってらっしゃい」


 優真が。


 オフィスを出る。


 ドアが閉まった。


「……」


 澪は。


 自分の席へ戻る。


 パソコンを開く。


 仕事を始める。


「……」


 カタカタ。


 キーボードを叩く。


「……」


 カタカタ。


「……」


 時計を見る。


 十三時五分。


「……」


 まだ。


 五分。


「澪さん」


「はい」


 由奈だった。


「どうしました?」


「何がでしょうか」


「いえ」


 由奈が。


 首を傾げる。


「さっきから時計見てるので」


「見ていません」


「見てましたよ?」


「時間を確認しただけです」


「何回も?」


「……」


「三回くらい見てました」


「佐倉さん」


「はい」


「私の行動を監視しないでください」


「監視してません!」


「では、業務に戻ってください」


「はーい」


 由奈が。


 自分の席へ戻る。


「……」


 澪も。


 仕事へ戻る。


 問題はない。


 優真は。


 打ち合わせに行っただけ。


 一条柚月と。


 二人で。


「……」


 カタカタ。


 手が止まった。


 正確には。


 二人だけではない。


 先方の担当者もいる。


 仕事である。


 当然だ。


「……」


 澪が。


 小さく息を吐く。


 意味のない思考だった。


 ◇


 午後三時四十分。


 優真から。


 メッセージが届いた。


『打ち合わせ終わった。今から戻る』


「……」


 澪は。


 すぐに返信する。


『承知しました。お疲れ様でした』


 送信。


「……」


 その直後。


 もう一件。


『一条さんがまとめてくれた資料も送るね』


「……」


『ありがとうございます』


 送信。


 数秒後。


 共有フォルダに。


 新しい資料が追加された。


「……」


 澪が開く。


 打ち合わせ内容。


 決定事項。


 保留事項。


 次回までの課題。


 綺麗に。


 整理されている。


「……」


 仕事が早い。


 非常に。


 分かりやすい。


 自分が。


 その場にいなくても。


 必要な情報は。


 すべて揃っている。


「……」


「澪さん」


「はい」


「怖いです」


「何がでしょうか」


 由奈が。


 少し離れたところから。


 澪を見ている。


「顔が」


「普通です」


「普通じゃないです」


「普通です」


「陸さん」


「俺に振るなよ」


「澪さんの顔、普通ですか?」


「……」


 陸が。


 澪を見る。


「普通じゃないって言ったら怒られそうだから、普通で」


「逃げましたね」


「面倒事に巻き込むな」


「何の話でしょうか」


「ほら!」


「何がですか」


「声がちょっと怖いです!」


「通常です」


「通常じゃないです!」


「佐倉さん」


「はい!」


「業務を」


「戻ります!」


 由奈が。


 すぐに前を向いた。


「……」


 澪も。


 画面へ戻る。


 柚月の資料を見る。


 問題はない。


 むしろ。


 完璧だった。


「……」


 それが。


 なぜか。


 少し。


 面白くなかった。


 ◇


「ただいま」


 午後四時十五分。


 優真が帰ってきた。


「おかえりなさい」


「思ったより早く終わった」


「予定より十五分早いですね」


「一条さんが進行してくれたから」


「……そうですか」


「うん」


 優真が鞄を置く。


「すごいね、あの人」


「……」


「話が早いし、資料もその場でまとめてくれるし」


「そうですね」


「次の打ち合わせも――」


「優真さん」


「ん?」


「資料を確認します」


「あ、うん」


「こちらへお願いします」


「はい」


 優真が。


 澪の隣へ来る。


「まず、決定事項についてです」


「うん」


「こちらは当初の予定通りですね」


「そう」


「こちらも問題ありません」


「うん」


「そして」


 ページを切り替える。


「この項目ですが」


「ああ、それ一条さんが気づいて」


「資料に記載されています」


「そっか」


「はい」


「……」


「……」


 優真が。


 澪を見る。


「何でしょうか」


「澪」


「はい」


「なんか怒ってる?」


「怒っていません」


「本当に?」


「はい」


「ならいいけど」


「……」


 澪が。


 次のページを開く。


「一条さんとの打ち合わせは、問題ありませんでしたか?」


「うん」


「そうですか」


「すごくやりやすかったよ」


「……」


「澪?」


「何でしょうか」


「いや」


「?」


「今」


「はい」


「マウス強く押さなかった?」


「押していません」


「カチッて」


「通常の操作音です」


「そう?」


「はい」


 少し離れた席で。


 由奈が。


 口元を押さえている。


「……」


「佐倉さん」


「はい!」


「何でしょうか」


「何も言ってません!」


「顔に出ています」


「出てません!」


「出ています」


「……」


 由奈が。


 恐る恐る手を上げる。


「一つだけいいですか?」


「何でしょうか」


「怒らないでくださいね?」


「内容によります」


「それもう怖いです」


「早くしてください」


「はい」


 由奈が。


 澪を見る。


「もしかして」


「はい」


「澪さん」


「はい」


「社長と一条さんが二人で打ち合わせするの、嫌なんですか?」


「……」


 静かになった。


「……」


「……」


 陸が。


 由奈を見る。


「お前」


「はい」


「よく聞いたな」


「気になったので!」


「命知らずかよ」


「何でですか!」


 澪は。


 黙っている。


「澪さん?」


「……嫌ではありません」


「おっ」


 由奈が。


 少し残念そうな顔をする。


「そうですよね」


「はい」


「仕事ですもんね」


「当然です」


「一条さんも仕事で社長と一緒にいるだけですし」


「はい」


「じゃあ全然気にならない?」


「……」


「澪さん?」


「……」


 澪が。


 少しだけ。


 視線を逸らす。


「気にならないとは」


「はい」


「言っていません」


「……」


 由奈の目が。


 大きくなる。


「え?」


「業務上、問題はありません」


「はい」


「役割分担としても合理的です」


「はい」


「一条さんの能力にも問題ありません」


「はい!」


「むしろ、適任だと思います」


「はい!」


「ですが」


「はい!!」


「佐倉さん」


「すみません!」


「……」


 澪が。


 小さく息を吐く。


「好ましくありません」


「……」


「……」


「……」


 由奈が。


 両手で口を押さえた。


「澪」


 優真が。


 目を瞬く。


「好ましくないって」


「言葉の通りです」


「それって」


「澪さん!」


 由奈が。


 耐えきれず声を上げた。


「それ嫌ってことですよ!」


「違います」


「どこが違うんですか!?」


「嫌ではありません」


「じゃあ何なんですか!」


「ですから」


 澪の耳が。


 赤くなる。


「好ましくないだけです」


「同じです!」


「違います」


「ほぼ同じです!」


「違います」


「陸さん!」


「俺に振るな!」


「同じですよね!?」


「……」


 陸が。


 少し考える。


「まあ」


「はい!」


「ほぼ同じじゃないか?」


「陸さん」


「ほら怒られた!」


「お前が振ったんだろ!」


「……」


 優真だけが。


 まだ。


 澪を見ていた。


「澪」


「何でしょうか」


「もしかして」


「はい」


「一条さんと二人で行ったの」


「……」


「ちょっと嫌だった?」


「……」


 澪が。


 優真を見る。


「優真さん」


「うん」


「私は」


「うん」


「業務上の合理性については、理解しています」


「うん」


「今回の役割分担も、適切だったと思います」


「うん」


「ですから」


「うん」


「次回も」


 少し。


 間が空いた。


「同じ形で問題ありません」


「……」


「問題は」


「ないんだ?」


「ありません」


「そっか」


「はい」


「じゃあ」


 優真が。


 少し笑う。


「次は澪も来る?」


「……」


「必要ならだけど」


「……」


 澪が。


 優真を見る。


「必要性は」


「うん」


「低いと思います」


「そっか」


「はい」


「じゃあ来ない?」


「……」


「……」


「参加します」


「え?」


「次回は」


 澪が。


 パソコンへ視線を戻す。


「私も参加します」


「必要性低いんじゃなかった?」


「低いです」


「じゃあ、なんで?」


「……」


 澪の耳が。


 さらに赤くなる。


「参加したいからです」


「……」


 優真が。


 止まった。


 由奈も。


 止まった。


 陸も。


 止まった。


「……何でしょうか」


 澪が。


 全員を見る。


「いや」


 優真が。


 最初に笑った。


「分かった」


「……」


「一緒に行こう」


「はい」


「澪さん……」


 由奈が。


 小さく呟く。


「何でしょうか」


「今の」


「はい」


「めちゃくちゃ非効率ですよ」


「……」


 澪が。


 止まる。


 合理的に考えれば。


 自分は。


 行かなくてもいい。


 柚月と優真だけで。


 仕事は進む。


 そのことは。


 今日。


 証明されている。


 それでも。


「……そうですね」


 澪が言った。


「え?」


 由奈が。


 目を見開く。


「非効率です」


「……」


「ですが」


 澪は。


 ほんの少しだけ。


 笑った。


「参加します」


「……!」


 由奈が。


 再び両手で口を押さえる。


「きゃ――」


「佐倉」


 陸が。


 すぐに止める。


「まだ勤務中だからな」


「……はい!」


 小声になった。


 優真が。


 澪を見る。


「じゃあ、次は三人だね」


「はい」


「よろしく」


「こちらこそ」


 澪は。


 画面へ視線を戻す。


 必要だから。


 ではない。


 効率がいいから。


 でもない。


 ただ。


 自分が。


 そうしたいから。


 選ぶ。


 そんな理由で。


 仕事の予定を一つ増やした。


 以前なら。


 絶対に選ばなかった。


 非効率な選択。


 それなのに。


 不思議と。


 悪い気はしなかった。

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