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第4話 似ている人

 大きな案件を終えてから。


 一週間が経った。


「……問い合わせです」


 午前九時過ぎ。


 メールを確認していた澪が言った。


「問い合わせ?」


 優真が顔を上げる。


「はい。新規案件についてです」


「また?」


「またとは何ですか」


「いや」


 優真が苦笑する。


「最近、本当に増えたなと思って」


「喜ばしいことです」


「もちろん」


 澪がメールを開く。


「先日完了した案件について、先方から話を聞いたそうです」


「紹介?」


「紹介というより、評判を聞いたという表現が正確でしょうか」


「へえ」


「御社へ継続的に業務を依頼できないか、一度打ち合わせをしたいとのことです」


「継続的に?」


 直人も反応する。


「ああ」


 澪がメールを転送する。


「送りました」


「早いな」


「共有が必要だと判断しました」


「今言ったばかりだぞ」


「ですから、送りました」


「……そうか」


 直人がパソコンを見る。


 陸も。


 由奈も。


 それぞれメールを開く。


「一条柚月さん……」


 由奈が名前を読む。


「会社名は知ってるかも」


「俺も聞いたことある」


 陸も画面を見る。


「結構大きいところですよね?」


「はい」


 澪が答える。


「今回の問い合わせ内容を見る限り、単発ではなく、複数案件を継続的に依頼できる会社を探しているようです」


「それは大きいね」


「条件次第では、今後の売上にも影響します」


「会ってみようか」


 優真が言う。


「私もそう考えます」


「じゃあ返事お願い」


「すでに返信しました」


「え?」


「明後日の午後三時で調整可能とのことです」


「……」


 優真が止まる。


「澪」


「はい」


「俺、まだ会うって言ってなかったよね?」


「断る理由がありますか?」


「ないけど」


「では問題ありません」


「相変わらず早いなあ」


「時間を空ける理由がありませんので」


「まあ、そうだけど」


 そのやり取りを聞いて。


 由奈が笑う。


「でも社長」


「何?」


「澪さんが先に進めてくれるの、いつものことじゃないですか」


「そうなんだけどさ」


「夫婦の阿吽の呼吸ですね!」


「仕事の話だよ」


「仕事でも夫婦です!」


「意味分からないよ」


「佐倉さん」


「はい」


「業務に戻ってください」


「はーい」


 由奈が前を向く。


 その隣で。


 陸が小さく笑った。


「楽しそうだな」


「楽しいですよ?」


「仕事しろよ」


「してます!」


 いつものオフィス。


 いつもの朝。


 ただ。


 一件。


 新しい予定が増えた。


 ◇


 二日後。


 午後三時。


 インターホンが鳴った。


「来ました!」


 由奈が反応する。


「佐倉さん」


「はい」


「私が対応します」


「お願いします!」


 澪が立ち上がる。


 受付へ向かい。


 ドアを開けた。


「お待ちしておりました」


「はじめまして」


 そこに立っていたのは。


 一人の女性だった。


「一条柚月です」


 長い黒髪。


 落ち着いた色のスーツ。


 姿勢がいい。


 手には。


 必要最低限の大きさに見えるバッグ。


 装飾品も。


 目立つものはない。


「神谷澪です。本日はお越しいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お時間をいただきありがとうございます」


 柚月が。


 澪を見る。


「……」


「?」


「失礼しました」


「いえ」


「想像していた通りの方でしたので」


「私をご存じなのですか?」


「お名前だけは」


 柚月が答える。


「今回こちらへ伺う前に、御社について少し調べました」


「そうでしたか」


「神谷社長と、奥様である神谷さんが中心となって立ち上げた会社だと」


「はい」


「それと」


 柚月の視線が。


 澪の手にある資料へ向く。


「事前にいただいた資料」


「はい」


「非常に読みやすかったです」


「ありがとうございます」


「必要な情報が必要な場所にある。重複もない」


「……」


「作成されたのは、神谷さんですか?」


「はい」


 柚月が。


 ほんの少しだけ笑った。


「やはり」


「?」


「好みです」


「……資料が、でしょうか」


「もちろん」


「そうですか」


 澪が頷く。


「私も、情報の重複は不要だと考えています」


「同感です」


「会議室へご案内します」


「お願いします」


 その短いやり取りだけで。


 澪は思った。


 話が。


 早い。


 ◇


「神谷優真です」


「一条柚月です」


 会議室。


 優真と柚月が名刺を交換する。


「本日はありがとうございます」


「こちらこそ」


 柚月が席につく。


「単刀直入に申し上げます」


「はい」


「御社に、今後いくつかの案件をお願いできないかと考えています」


「継続案件ということですか?」


「はい」


 柚月が資料を開く。


「現在、複数の協力会社へ業務を委託しています。ただ」


 一枚。


 資料をめくる。


「やり取りに時間がかかりすぎています」


「時間?」


「確認です」


 柚月が言う。


「こちらが必要な情報を提示しているにもかかわらず、念のためという理由で何度も確認される」


「……」


 澪の眉が。


 ほんの少し動いた。


「判断に必要な情報が揃っているのであれば、不要な確認は時間の浪費です」


「そうですね」


 澪が答えた。


 早かった。


 柚月が。


 澪を見る。


「ですよね」


「はい」


「もちろん、不明点を確認することは必要です。しかし、責任を回避するためだけの確認は意味がありません」


「同意します」


「澪」


 優真が。


 少し笑っていた。


「何でしょうか」


「いや」


「?」


「話合いそうだなと思って」


「まだ数分ですが」


「もう結構合ってるよ」


 柚月も。


 小さく笑う。


「私もそう思います」


「……」


 澪は。


 少しだけ柚月を見る。


 考え方が。


 似ている。


「話を戻します」


 柚月が資料を切り替える。


「今回、まずお願いしたいのはこちらです」


 仕様。


 納期。


 予算。


 必要な情報が。


 簡潔にまとめられている。


「……」


 澪が資料を見る。


 一度。


 二度。


 ページを進める。


「質問があります」


「どうぞ」


「納品後の運用についてですが、こちらは御社側で行う認識でよろしいでしょうか」


「はい」


「では、運用担当者への引き継ぎ期間として、納品前に三営業日いただけますか」


「理由をお聞きしても?」


「納品後に操作方法について個別対応するより、事前にまとめて引き継いだ方が双方の負担が少なくなります」


「なるほど」


 柚月が頷く。


「その方がいいですね」


「ありがとうございます」


「では三営業日を追加します」


「はい」


「ほかには?」


「現時点ではありません」


「分かりました」


「……」


 優真が。


 二人を交互に見る。


「早い」


「何がですか?」


 澪が聞く。


「話が」


「必要な情報が揃っていますので」


「私も同じ意見です」


 柚月が言う。


「……本当に似てるなあ」


「そうでしょうか」


「似てます?」


 柚月も澪を見る。


「……」


 澪は。


 少し考える。


「判断基準には、共通する部分があると思います」


「私もそう思います」


 柚月が。


 すぐに返す。


「話しやすいです」


「ありがとうございます」


「褒めています」


「理解しています」


「ならよかった」


「……」


 優真が。


 また笑った。


「何ですか?」


「いや」


「先ほどから笑っていますが」


「なんか新鮮で」


「何がでしょうか」


「澪が二人いるみたい」


「いません」


「いませんね」


 二人同時だった。


「……」


「……」


 澪と柚月が。


 顔を見合わせる。


「ほら」


「偶然です」


「偶然ですね」


 また。


 ほぼ同時。


「……」


「……」


「ふっ」


 先に笑ったのは。


 柚月だった。


「すみません」


「いえ」


「確かに、少し似ているのかもしれません」


「……そうですね」


 澪も。


 ほんの少しだけ。


 口元を緩めた。


 ◇


 打ち合わせは。


 予定より三十分早く終わった。


「本日はありがとうございました」


 優真が立ち上がる。


「こちらこそ」


 柚月も資料をしまう。


「正式な契約書については、明日中にお送りします」


「確認します」


 澪が答える。


「お願いします」


 そして。


 柚月が一度。


 オフィスの中を見る。


「……いい会社ですね」


「え?」


 優真が聞き返す。


「判断が早い」


「ありがとうございます」


「それに」


 柚月が。


 澪を見る。


「神谷さんがいる理由が、よく分かりました」


「私ですか?」


「はい」


「……」


「仕事がしやすいです」


「ありがとうございます」


 澪は。


 今度は素直に受け取った。


「私も、一条さんとは仕事がしやすいと感じました」


「嬉しいです」


 柚月が微笑む。


「では、今後ともよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 柚月が帰る。


 ドアが閉まった。


 数秒後。


「……」


 由奈が。


 ゆっくり振り返った。


「澪さん」


「何でしょうか」


「すごい人でしたね」


「そうですね」


「なんていうか……」


 由奈が考える。


「澪さんと同じ種類の強さを感じました」


「種類とは何ですか」


「こう……」


 由奈が。


 両手を動かす。


「シュッとしてて!」


「分かりません」


「無駄がなくて!」


「それは理解できます」


「話が早くて!」


「はい」


「仕事ができて!」


「そうですね」


「美人で!」


「……」


 澪が止まる。


「最後は業務と関係ありません」


「でも美人でしたよね?」


「私に聞かれても困ります」


「社長!」


「なんで俺に振るの?」


「一条さん、美人でしたよね?」


「まあ、綺麗な人だったとは思うけど」


「……」


 澪が。


 優真を見る。


「ん?」


「いえ」


「何?」


「何もありません」


「……」


 優真が首を傾げる。


 由奈が。


 何かに気づいたように。


 目を見開く。


「……!」


「佐倉さん」


「まだ何も言ってません!」


「その顔をやめてください」


「どの顔ですか!?」


「今の顔です」


「澪さん!」


「業務に戻ってください」


「はーい!」


 由奈が前を向く。


 陸が笑う。


「お前、ほんと楽しそうだな」


「だって」


 由奈が小声になる。


「ちょっとだけ気になりません?」


「何が?」


「社長が美人って」


「佐倉さん」


「聞こえてた!」


「当然です」


「すみません!」


 澪が。


 自分の席へ戻る。


 パソコンを開く。


 新しい案件。


 新しい取引先。


 そして。


 新しく出会った人。


 一条柚月。


 合理的で。


 判断が早く。


 無駄を嫌う。


 仕事は。


 非常にやりやすかった。


「……」


 それなのに。


 なぜだろう。


 先ほど。


 優真が。


「綺麗な人だった」と言った瞬間。


 ほんの少しだけ。


 気になった。


「……」


 澪は。


 すぐに画面へ視線を戻す。


 考える必要はない。


 仕事には。


 何の関係もない。


 ただ。


 一条柚月という人が。


 自分と。


 少し似ている。


 それだけは。


 確かなようだった。

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