↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/20

第2話 数字が伸びる日

 午前十時。


「……増えていますね」


 モニターを見つめたまま、澪が言った。


「何が?」


 優真が顔を上げる。


「今月の売上です」


「売上?」


「はい」


 澪が画面を切り替える。


 そこには。


 今月の売上予測。


 契約済みの案件。


 入金予定。


 それぞれが一覧になって表示されていた。


「現時点で、先月を上回る見込みです」


「まだ月の途中だよね?」


「はい」


 優真が立ち上がり、澪のモニターを覗き込む。


「どれくらい?」


「新規契約が三件。既存顧客からの追加依頼が二件です」


「おお」


 陸も反応する。


「結構増えてますね」


「はい」


 澪が数字を確認する。


「このまま予定通り進めば、過去最高になる可能性があります」


「過去最高!」


 由奈が振り返った。


「すごくないですか!?」


「まだ確定ではありません」


「でも過去最高になるかもしれないんですよね?」


「可能性の話です」


「じゃあ、可能性に乾杯しましょう!」


「午前十時です」


「コーヒーで!」


「仕事してください」


「はい!」


 由奈が前を向く。


「……」


 数秒後。


 もう一度振り返った。


「でも、すごいですよね」


「佐倉」


 陸が呆れる。


「仕事するんじゃなかったのか?」


「だって気になるじゃないですか」


「気になるけど」


 陸も澪の画面を見る。


「確かに、前より案件増えてますよね」


「はい」


「なんでです?」


「なんでって……」


 優真が苦笑する。


「俺たちが仕事したからじゃない?」


「ざっくりしすぎです」


「そう?」


「社長、一応経営者ですよね?」


「一応って何?」


 そのやり取りを聞きながら。


 澪は数字を確認する。


「理由は明確です」


「さすが澪さん」


「まず、新規契約三件については」


 澪が優真を見る。


「優真さんの営業によるものです」


「俺?」


「はい」


「全部?」


「三件ともです」


「……そうだった」


「忘れてたんですか?」


 陸が笑う。


「いや、忘れてたわけじゃないけど」


 優真が頭をかく。


「契約取ったら次のこと考えるから」


「それが普通なのでは?」


「社長ですよ?」


 由奈が言う。


「もっと喜びましょうよ!」


「いや、嬉しいよ」


「全然伝わりません!」


「じゃあどうすればいいの?」


「立ち上がって、よっしゃー! とか」


「やらないよ」


「えー」


「佐倉さん」


「はい」


「優真さんに無理を要求しないでください」


「澪さんが守った!」


「守っていません」


「新婚!」


「関係ありません」


「朝からずっとそれだな」


 陸が突っ込む。


 直人がパソコンから顔を上げた。


「それで、既存の二件は?」


「一件は追加開発。もう一件は保守範囲の拡大です」


「なるほど」


「どちらも、これまでの対応を評価していただいた結果です」


「じゃあ」


 優真が言う。


「新規は俺で、追加分はみんなのおかげってことだね」


「正確には、新規契約も優真さん一人の成果ではありません」


「そう?」


「営業時に使用した資料は私が作成しています」


「ああ」


「見積もりには直人さんにも確認していただきました」


「したな」


「案件実績については陸さんと佐倉さんの業務も含まれています」


「私も入ってます!」


 由奈が嬉しそうに手を挙げる。


「入っています」


「やった!」


「したがって」


 澪が全員を見る。


「会社全体の成果です」


「……」


 優真が。


 少しだけ笑う。


「澪らしいね」


「何がでしょうか」


「そういうところ」


「意味が分かりません」


「褒めてる」


「……そうですか」


「うん」


 澪は一瞬だけ黙って。


「ありがとうございます」


 そう答えた。


「おお」


 由奈が小さく声を漏らす。


「何ですか?」


「いえ」


「……」


「素直だなあって」


「お礼を言っただけです」


「前なら『事実を述べただけです』で終わってた気がします」


「佐倉さん」


「はい」


「仕事をしてください」


「はーい」


 由奈が楽しそうに前を向いた。


 ◇


 昼休み。


「じゃあ」


 優真が立ち上がる。


「今日はちょっといいもの食べる?」


「え?」


 陸が反応する。


「奢りですか?」


「なんでそうなるの?」


「過去最高なんですよね?」


「まだ予測だよ」


「でも社長、さっき嬉しいって言いましたよね?」


「言ったけど」


「なら奢りですね」


「何言ってんだよ」


「社長!」


 由奈も立ち上がる。


「私、お肉がいいです!」


「勝手に決めないでよ」


「お寿司でもいいです!」


「高くなってない?」


「じゃあカニ!」


「それはこの前食べたでしょ!」


「北海道のカニ、おいしかったです!」


「知ってるよ。一緒に食べたんだから」


 優真がため息をつく。


 澪は、そのやり取りを見ながら。


 ほんの少しだけ笑った。


「澪は何がいい?」


「私ですか?」


「うん」


「……」


 澪が考える。


「近隣であれば、どこでも問題ありません」


「またそれ?」


「?」


「澪が食べたいもの」


「……」


 朝。


 昼食の店を自分から選んだ。


 北海道でも。


 優真に何度も聞かれた。


 合理的かどうかではなく。


 自分が。


 何をしたいのか。


「……では」


「うん」


「以前行った洋食店はどうでしょうか」


「いいね」


「私、ハンバーグ!」


 由奈が即答する。


「まだ店にも着いてないだろ」


「もう決めました!」


「早すぎるって」


「陸さんは?」


「俺?」


「はい!」


「……俺もハンバーグかな」


「一緒じゃないですか!」


「いいだろ別に!」


 直人が立ち上がる。


「俺も行く」


「もちろん」


「奢り?」


「直人まで!?」


「社長」


 陸が優真の肩を叩く。


「諦めましょう」


「なんで俺が悪いみたいになってるの?」


「過去最高ですから」


「まだ予測だって!」


「優真さん」


 澪が呼ぶ。


「ん?」


「経費にはできません」


「分かってるよ!」


 笑い声が上がった。


 ◇


「では」


 料理が揃う。


 由奈が水の入ったグラスを持ち上げた。


「過去最高予定を祝して!」


「予定って言うなよ」


 陸が笑う。


「まだ確定していません」


 澪も言う。


「いいんです!」


 由奈は気にしない。


「今月も頑張りましょう!」


「それならいいか」


 優真もグラスを持つ。


 直人。


 陸。


 澪も続く。


「乾杯!」


 グラスが軽く触れ合う。


 ただの昼食。


 酒もない。


 豪華な打ち上げでもない。


 それでも。


 全員が少しだけ楽しそうだった。


「おいしい!」


 由奈がハンバーグを食べる。


「佐倉、ほんとにハンバーグ好きだな」


「陸さんも頼んでるじゃないですか」


「俺はいいんだよ」


「なんでです?」


「知らないけど」


「適当!」


 優真が笑う。


「澪、おいしい?」


「はい」


「よかった」


「……」


 澪は。


 目の前を見る。


 優真。


 直人。


 陸。


 由奈。


 会社を始めた頃は。


 こんな光景を想像していなかった。


 優真と二人。


 会社を作り。


 仕事を始めた。


 必要になったから。


 人が増えた。


 それだけ。


 合理的な結果。


 そう考えていた。


 けれど。


「澪さん」


「はい」


「楽しいですか?」


 由奈が突然聞いてきた。


「何がでしょうか」


「今日です」


「……」


 澪が周囲を見る。


「売上が伸びて」


「はい」


「みんなでお昼食べて」


「はい」


「楽しいですか?」


「佐倉、急に何聞いてんだよ」


「いいじゃないですか」


「……」


 澪は。


 少し考える。


 仕事の成果を祝うために。


 全員で外食する。


 通常の昼食より。


 時間もかかる。


 費用もかかる。


 業務上。


 絶対に必要なことではない。


 けれど。


「……はい」


 澪は答えた。


「楽しいです」


「……!」


 由奈が両手で口を押さえた。


「なんですか?」


「いえ!」


「……」


「ちょっと感動してます!」


「なぜですか」


「前の澪さんなら、絶対『士気向上には有効です』とか言ってました!」


「……」


 澪が止まる。


 確かに。


 言っていたかもしれない。


「澪」


 優真が笑う。


「変わったね」


「……そうでしょうか」


「うん」


「……」


 澪は。


 少しだけ視線を落とす。


「悪い変化でしょうか」


「まさか」


 優真はすぐに答えた。


「いいと思う」


「……そうですか」


「うん」


「では」


 澪が。


 ほんの少しだけ笑う。


「問題ありません」


「そこは残るんだ」


「当然です」


 また。


 笑い声が上がった。


 そのとき。


「そういえば」


 直人が口を開く。


「一件、話が来てる」


「話?」


 優真が見る。


「ああ」


 直人がスマートフォンを取り出す。


「今までより、少し規模が大きい」


「案件?」


「そう」


「どれくらい?」


「戻ってから見せる」


「今じゃないんだ」


「昼休みだからな」


「直人が一番ちゃんと休んでるね」


「休む時間に仕事をする方が非効率だろ」


「……」


 澪が反応した。


「直人さん」


「なんだ?」


「その考え方は正しいです」


「澪さんが認めた!」


「そこ驚くところ?」


 優真が笑う。


 食事を終えて。


 会社へ戻る。


 いつもの道。


 いつものオフィス。


 そして。


「これ」


 直人が資料を開いた。


 優真と澪が覗き込む。


「……」


 澪の表情が。


 仕事のものへ変わる。


「確かに」


「大きいね」


「これまでの案件より、一段上です」


 陸と由奈も集まってくる。


「いけそうですか?」


 陸が聞く。


「まだ分かりません」


 澪が資料をめくる。


「条件を精査する必要があります」


「でも」


 優真が資料を見る。


「無茶ではなさそうだね」


「はい」


 澪も頷く。


「現在の体制で対応可能な範囲です」


 直人が言う。


「俺もそう見てる」


「……」


 優真が。


 全員を見る。


 会社を始めた頃より。


 人が増えた。


 仕事も増えた。


 売上も。


 少しずつ伸びている。


 なら。


「やってみようか」


「はい」


 澪は。


 迷わず頷いた。


「まずは詳細な条件を確認しましょう」


「うん」


「先方との打ち合わせを設定します」


「お願い」


「はい」


 澪が資料を受け取る。


 新しい仕事。


 これまでより。


 少しだけ大きな仕事。


 それでも。


 不安より先に。


 やってみたいと思えた。


 会社は。


 少しずつ。


 前へ進んでいる。


 そして澪も。


 ほんの少しずつ。


 変わり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。