第14話 ヤキモチなのでしょうか
日曜日。
午後三時。
「優真さん」
「ん?」
「買い物に行ってきます」
「分かった」
ソファでスマートフォンを見ていた優真が顔を上げる。
「俺も行こうか?」
「いえ。近所ですので」
「そっか」
「何か必要なものはありますか?」
「んー」
優真が少し考える。
「アイス」
「種類は?」
「澪に任せる」
「分かりました」
「お願いします」
澪が玄関へ向かう。
「いってらっしゃい」
「はい。いってきます」
玄関を出る。
「……」
日曜日の午後。
特に急ぐ予定はない。
買うものも多くない。
夕食に必要な食材と。
日用品。
それから。
優真のアイス。
「……」
何味がいいか。
聞けばよかった。
そう思ったが。
任せると言われた。
なら。
自分で選べばいい。
以前なら。
好みを確認していたかもしれない。
間違えないために。
無駄を出さないために。
「……」
今は。
優真が喜びそうなものを。
自分で考えて選ぶのも。
悪くないと思える。
「こんにちは」
「……あ」
声をかけられ。
澪が顔を上げる。
「水森さん」
「こんにちは、澪さん」
買い物袋を持った水森が立っていた。
「お買い物ですか?」
「はい。夕食の材料を」
「私も」
水森が袋を持ち上げる。
「今から帰るところ」
「そうですか」
「澪さんは?」
「これからです」
「そっか」
「はい」
「……」
「……」
「澪さん?」
「はい」
「何かあった?」
「……」
澪が止まる。
「なぜでしょうか」
「いや」
水森が笑う。
「なんか言いたそうな顔してるから」
「……そう見えますか?」
「見える」
「……」
「私でよければ聞くけど?」
「……」
澪は少し考えた。
由奈には。
すでに言われている。
ヤキモチではないかと。
自分でも。
その可能性を否定できなかった。
しかし。
由奈だけの意見で判断するには。
「……少し、お聞きしたいことがあります」
「うん」
「お時間は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ」
「では」
近くの小さな公園。
二人はベンチに座った。
「それで?」
「はい」
澪が姿勢を正す。
「一般的な質問なのですが」
「うん」
「夫が」
「うん」
「仕事で、特定の女性と行動することが増えました」
「……」
「相手の方は非常に優秀です」
「うん」
「仕事上の判断も早く、優真さんとの相性も良いと思います」
「……うん」
「実際、二人で仕事をすると非常に効率的です」
「うん」
「会社にとっても利益があります」
「なるほど」
「ですので」
澪が続ける。
「二人が一緒に仕事をすることには、何も問題がありません」
「うん」
「合理的です」
「うん」
「ですが」
「うん」
「……好ましくありません」
「……」
水森が黙った。
「水森さん?」
「ごめん」
「はい」
「ちょっと面白くて」
「……」
「好ましくないんだ?」
「はい」
「旦那さんがその人と一緒にいるのが?」
「……はい」
「それ」
水森があっさり言った。
「ヤキモチじゃない?」
「……」
澪が黙る。
「やはり、そうなのでしょうか」
「やはり?」
「先日、佐倉さんにも同様の指摘を受けました」
「もう言われてるんだ」
「はい」
「じゃあ答え出てるじゃない」
「ですが」
「うん?」
「判断材料が一人では不足しているかと思いまして」
「……」
水森が澪を見る。
「ヤキモチにセカンドオピニオン取る人、初めて見た」
「セカンドオピニオンではありません」
「違うの?」
「……近いかもしれません」
「近いんだ」
「はい」
水森が笑う。
「澪さんらしいね」
「そうでしょうか」
「うん」
「……」
「でも、たぶんヤキモチだと思うよ」
「……そうですか」
「嫌?」
「何がでしょうか」
「自分がヤキモチ妬いてること」
「……」
澪が考える。
嫌なのか。
「いえ」
「じゃあ?」
「……少し」
「うん」
「意外です」
「意外?」
「はい」
澪は膝の上で手を重ねる。
「相手の方と優真さんが一緒に仕事をすることには、明確な理由があります」
「うん」
「私も、その方が効率的だと理解しています」
「うん」
「それなのに」
澪が少し眉を寄せる。
「気になります」
「うん」
「二人で打ち合わせに行くことも」
「うん」
「先方との会食に二人とも参加することも」
「うん」
「私の知らない話を二人がしていることも」
「……うん」
「相手の方が、優真さんの仕事の仕方をもっと見たいと言うことも」
「うん」
「すべて仕事です」
「そうだね」
「ですので」
「うん」
「気にする理由がありません」
「あるじゃない」
「……何でしょうか」
「嫌なんでしょ?」
「……」
「それじゃダメ?」
「……」
澪が止まる。
「ダメ、とは」
「仕事として正しいかどうかと」
水森が言う。
「澪さんがどう感じるかは、別の話じゃない?」
「……」
「旦那さんが仕事で他の女性と一緒にいて」
「はい」
「仕事だって分かってる」
「はい」
「何も変なことしてないのも分かってる」
「はい」
「でも、ちょっと嫌」
「……はい」
「それくらい普通じゃない?」
「普通なのでしょうか」
「少なくとも私は変だとは思わないよ」
「……」
「それに」
水森が笑う。
「旦那さん、ちゃんと澪さんのこと誘ってるんでしょ?」
「……はい」
「この前の会食も?」
「はい」
「断ったのは?」
「私です」
「なんで?」
「相手の方も参加すると聞いたため」
「……」
「……」
「澪さん」
「はい」
「それ、完全に自分で難しくしてない?」
「……」
澪が黙った。
「行きたかったんでしょ?」
「……後から」
「うん」
「少し」
「じゃあ行けばよかったのに」
「そうなのですが」
「うん」
「その時は」
澪が考える。
「参加しない方がいいと思いました」
「なんで?」
「……」
答えが。
すぐに出なかった。
柚月が参加する。
そう聞いた瞬間。
なぜか。
自分まで参加することが。
気まずく感じた。
「分かりません」
「そっか」
「はい」
「じゃあ次は?」
「次?」
「また同じことがあったら」
「……」
「旦那さんとその人が飲みに行く。澪さんも誘われる」
「はい」
「どうする?」
「……」
澪が考える。
今度は。
答えが出た。
「参加します」
「即答だね」
「はい」
「理由は?」
「……」
少し前なら。
必要性を考えただろう。
自分が参加する意味。
会社への利益。
仕事への影響。
けれど。
今は。
「私も一緒にいたいからです」
「……」
「……」
自分で言って。
澪が止まる。
水森が笑う。
「いいんじゃない?」
「……」
「それで」
「……そうでしょうか」
「うん」
「ですが」
「まだ何かある?」
「一緒にいたいという理由だけで、参加するのは」
「非効率?」
「……」
澪が水森を見る。
「なぜ分かったのでしょうか」
「なんとなく」
「……そうですか」
「澪さん」
「はい」
「非効率でもいいんじゃない?」
「……」
「別に仕事を邪魔するわけじゃないんでしょ?」
「はい」
「相手の人を仕事から外せって言うわけでもない」
「もちろんです」
「旦那さんに仕事するなって言うわけでもない」
「言いません」
「だったら」
水森が笑う。
「一緒にいたいから行く」
「……」
「それくらい、いいと思うけどな」
「……そうですね」
澪が小さく頷く。
「それと」
「はい」
「ヤキモチも」
「……」
「妬いちゃダメなものじゃないと思うよ」
「そうなのですか?」
「程度によるけどね」
「程度」
「旦那さんの仕事を邪魔したり、相手の人に嫌がらせしたりしたらダメだけど」
「しません」
「うん。澪さんはしなさそう」
「はい」
「だったら」
水森が立ち上がる。
「ちょっとモヤモヤするくらい、いいんじゃない?」
「……」
「それだけ旦那さんのことが気になるってことでしょ」
「……」
澪は。
その言葉に。
すぐには答えなかった。
「じゃあ私、そろそろ帰るね」
「はい」
「買い物行くんでしょ?」
「あ」
澪が時計を見る。
「そうでした」
「忘れてた?」
「忘れてはいません」
「ほんと?」
「……少しだけ」
「珍しい」
「そうですね」
二人で笑う。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
「参考になりました」
「参考って」
「?」
「まあ、澪さんらしいか」
「そうでしょうか」
「うん」
水森が手を振る。
「じゃあ、また」
「はい。また」
◇
夕方。
「ただいま帰りました」
「おかえり」
リビングから優真の声がする。
「アイス買ってきてくれた?」
「はい」
「やった」
優真がやってくる。
「何味?」
「バニラです」
「いいね」
「以前、よく選ばれていましたので」
「覚えてたんだ」
「はい」
「ありがとう」
「……」
優真が嬉しそうにアイスを受け取る。
「澪?」
「はい」
「どうしたの?」
「何がでしょうか」
「なんか見てるから」
「……」
「俺の顔、何かついてる?」
「ついていません」
「じゃあ何?」
「……」
澪は。
優真を見る。
それだけ。
気になる。
他の女性と一緒にいると。
好ましくない。
自分の知らない話をしていると。
知りたくなる。
一緒に行けるなら。
今度は。
自分も行きたい。
「……確認していただけです」
「何を?」
「秘密です」
「え?」
「アイスが溶けます」
「あ、ほんとだ」
「冷凍庫へ入れてください」
「はい」
優真がキッチンへ向かう。
「……」
その背中を。
澪はもう一度見る。
ヤキモチ。
「……」
どうやら。
その可能性は。
かなり高いらしい。




