↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/20

第13話 その可能性

 翌週。


「よし」


 午後五時を少し過ぎた頃。


 優真がパソコンから顔を上げた。


「今日、打ち上げしない?」


「打ち上げ?」


 陸が反応する。


「この前の案件」


「ああ」


「第一段階も無事終わったし、第二段階も正式に決まったから」


「いいんじゃない?」


 直人も頷く。


「最近ちょっと忙しかったしな」


「行きます!」


 由奈が手を上げる。


「まだ店も決まってないけど」


「行きます!」


「分かったから」


 優真が笑う。


「澪は?」


「私ですか?」


「うん」


「……」


 澪が予定を確認する。


 明日は午前中に大きな予定はない。


 今日中に終わらせるべき仕事も、ほぼ片付いている。


「問題ありません」


「じゃあ行く?」


「はい」


 澪が頷く。


「参加します」


「よし。じゃあ店探すか」


「駅前の居酒屋でいいんじゃない?」


 陸がスマートフォンを取り出す。


「この前行ったところ」


「空いてる?」


「ちょっと待って」


「五人です」


 澪が言う。


「優真さん、私、久我さん、陸さん、佐倉さん」


「了解」


 陸が店へ電話をかける。


 その時。


 澪のスマートフォンが震えた。


「……一条さん?」


 画面に表示された名前を確認し、澪が電話に出る。


「はい。神谷です」


『一条です。今、お時間よろしいでしょうか』


「はい。問題ありません」


『第二段階の仕様について、一点だけ確認したいことがあります』


「何でしょうか」


 柚月からの確認は簡単なものだった。


 運用開始後に追加された項目について、契約範囲に含めるかどうか。


 澪が資料を確認する。


「そちらは当初の仕様に含まれていますので、追加費用は発生しません」


『分かりました。では、そのまま先方へ伝えます』


「お願いします」


『ありがとうございます』


「いえ」


 用件は終わった。


『……』


「……?」


 しかし、柚月は電話を切らない。


「一条さん?」


『そちら、少し賑やかですね』


「ああ」


 澪が周囲を見る。


 陸が店を予約している。


 由奈はその横から何か言っている。


 優真と直人は、どの店なのか確認していた。


「これから会社のみんなで打ち上げをする予定です」


『打ち上げですか?』


「はい。今回の案件が一区切りつきましたので」


『なるほど』


「第二段階も正式に決まりましたので、そのお祝いも兼ねています」


『そうですか』


「はい」


『……』


「?」


 少しだけ間があった。


『私も伺っていいかしら』


「……」


 澪が止まる。


「一条さんも、ですか?」


『はい』


「……」


『今回の案件には私も関わっていますので』


「それは、もちろん」


『それに』


「はい」


『先日の会食とは違い、御社の皆さんが揃っている場にも少し興味があります』


「……興味」


『神谷社長が、普段どのように皆さんと仕事をされているのかも気になりますので』


「……」


『ご迷惑でしょうか』


「いいえ」


 即座に答えた。


 迷惑ではない。


 実際。


 柚月は今回の案件に大きく関わっている。


 進行管理。


 先方との調整。


 要望整理。


 むしろ。


 打ち上げに参加する資格は十分にある。


「問題ありません」


『ありがとうございます』


「今、駅前の居酒屋を予約しています」


『場所を教えていただけますか?』


「はい」


 澪が店名を伝える。


『分かりました。七時頃には伺えると思います』


「承知しました」


『では、後ほど』


「はい」


 電話が切れる。


「……」


 澪はスマートフォンを見る。


「澪?」


「はい」


「柚月さんだった?」


 優真が聞く。


「はい」


「仕事?」


「第二段階についての確認です」


「何か問題あった?」


「いいえ。問題ありません」


「そっか」


「それと」


「うん?」


 澪が少しだけ間を置く。


「一条さんも、打ち上げに参加されます」


「え?」


 優真が目を丸くする。


「柚月さんも?」


「はい」


「なんで?」


「私が打ち上げの話をしました」


「それで?」


「参加してもいいかと聞かれましたので」


「澪がいいって言ったの?」


「……はい」


「そっか」


「何か問題がありますか?」


「いや、全然」


「今回の案件には一条さんも関わっています」


「そうだね」


「参加されても不自然ではありません」


「うん」


「ですので」


「うん」


「何も問題ありません」


「分かったって」


「……」


「澪さん」


 由奈が。


 いつの間にか隣に立っていた。


「何でしょうか」


「なんでちょっと後悔してる顔してるんですか?」


「していません」


「してますよ」


「していません」


「一条さん来るんですね」


「はい」


「澪さんが呼んだんですか?」


「呼んではいません」


「でも参加していいって?」


「聞かれましたので」


「断れなかった?」


「断る理由がありません」


「なるほど」


「何でしょうか」


「いえ」


 由奈が笑う。


「今日は楽しそうだなって」


「……どういう意味でしょうか」


「そのままです」


「佐倉さん」


「予約取れたぞ」


 陸の声が飛んできた。


「六人で大丈夫だって」


「はーい!」


 由奈が離れていく。


「……」


 澪は小さく息を吐いた。


 何も。


 問題はない。


 ◇


「お疲れさまでした!」


 午後七時過ぎ。


 六人のグラスがぶつかる。


 優真。


 澪。


 直人。


 陸。


 由奈。


 そして。


 柚月。


「第一段階、無事終了ということで」


 優真がグラスを置く。


「みんな、ありがとう」


「まだ第二段階あるけどな」


「今日はいいだろ」


 直人の言葉に、優真が笑う。


「一条さんも、ありがとうございました」


「いえ」


 柚月が答える。


「私にとっても良い案件でした」


「柚月さんがいなかったら、こんなに早く進んでないですよ」


「神谷社長の判断が早かったからです」


「いやいや」


「事実です」


「……」


 澪が二人を見る。


「澪さん」


「はい」


 隣の由奈が小声で話しかける。


「見てますよ」


「何をでしょうか」


「一条さん」


「見ていません」


「今、見てました」


「会話をしている人へ視線を向けることは自然です」


「社長もいましたよ?」


「……」


「なんで一条さんだけ?」


「佐倉さん」


「はい」


「料理が来ました」


「逃げた」


「唐揚げです」


「いただきます」


 由奈が笑いながら箸を伸ばす。


「そういえば」


 優真が柚月を見る。


「この前の人、今日も電話で同じこと言ってましたよ」


「同じこと?」


「ほら、あの時の」


「ああ」


 柚月が小さく笑う。


「まだ気にされていたんですね」


「そうみたい」


「……」


 澪の箸が止まる。


「優真さん」


「ん?」


「何のお話でしょうか」


「ああ、この前の飲み会」


「……先方との会食ですか?」


「うん」


「何があったのですか?」


「担当の人がさ」


 優真が説明する。


 仕事の進め方について。


 先方の担当者が、自分たちの判断が遅いのではないかと気にしていたらしい。


 柚月がその場で。


 必要な判断と。


 急ぐ必要のない判断を分けて説明した。


 それを今日も気にしていた。


 ただ、それだけの話だった。


「なるほど」


 澪が頷く。


「一条さんらしい対応ですね」


「でしょう?」


「はい」


「神谷社長にも、あの時フォローしていただきました」


「俺は大したこと言ってないですよ」


「いえ」


 柚月が優真を見る。


「相手を安心させるのは、神谷社長の方がお上手です」


「そうかな」


「はい」


「……」


 澪が。


 また二人を見る。


「澪さん」


「何でしょうか」


「また見てます」


「見ていません」


「もう無理ありますって」


「ありません」


「……」


「……」


「ヤキモチですか?」


「……」


 澪が止まった。


「……」


 由奈も止まる。


 いつもなら。


 すぐに返ってくる。


 違います。


 そういう話ではありません。


 そのはずだった。


「澪さん?」


「……食事中です」


「はい」


「今、その話をする必要がありますか?」


「必要はないです」


「では」


「でも気になります」


「佐倉さん」


「はい」


「後にしてください」


「後ならいいんですか?」


「……」


「澪さん?」


「唐揚げが冷めます」


「また逃げた」


「食べてください」


「はーい」


 由奈は。


 ものすごく楽しそうだった。


 ◇


「神谷社長」


 しばらくして。


 柚月が優真へ声をかけた。


「はい?」


「先日の会食でも思いましたが」


「うん」


「神谷社長は、こういう場でも仕事の話ばかりにはならないんですね」


「そうですか?」


「はい」


「普通じゃない?」


「私は、必要な話が終われば会話も終わります」


「それは知ってます」


「ですが」


 柚月が周囲を見る。


 陸と直人が。


 仕事とは関係のない話をしている。


 由奈は。


 料理の写真を撮っている。


「こういう時間も、会社には必要なのでしょうか」


「必要かどうかは分からないけど」


「はい」


「楽しいならいいんじゃないですか?」


「……」


 柚月が少し考える。


「澪さんと同じことを言いますね」


「え?」


「以前、澪さんにも似た話をしました」


「ああ、雑談の話?」


「はい」


「……」


 澪が二人を見る。


「澪さん」


「見ていません」


「まだ何も言ってません」


「……」


 由奈が口元を押さえる。


「きゃ――」


「佐倉さん」


「まだ言ってません!」


「静かにしてください」


「はい」


 柚月が。


 そんな二人を見る。


「澪さん」


「はい」


「以前より、さらに変わられましたね」


「私が?」


「はい」


「どのあたりでしょうか」


「表情が増えました」


「……」


「特に今日は」


「今日は?」


「よく神谷社長を見ています」


「……」


 澪が固まる。


「一条さん」


「はい」


「それは」


「はい」


「……」


 否定しようとして。


 言葉が止まった。


 実際。


 見ている。


 自覚は。


 ある。


「何でしょうか」


「……いえ」


「そうですか」


「はい」


 澪がグラスへ手を伸ばす。


 由奈が。


 隣で震えている。


「佐倉さん」


「はい」


「笑わないでください」


「笑ってません」


「肩が動いています」


「すみません」


「……」


 澪は水を飲んだ。


 ◇


 その後。


 優真がトイレへ立った。


 直人と陸も。


 追加注文を見ながら話している。


 由奈は。


 店員から受け取ったデザートのメニューに夢中だった。


「澪さん」


「はい」


 柚月だった。


「神谷社長は、興味深い方ですね」


「……」


 澪の視線が。


 ゆっくり柚月へ向く。


「どういう意味でしょうか」


「?」


「興味深い、とは」


「仕事の進め方です」


「……仕事」


「はい」


 柚月は普通に答える。


「数字だけを見ているわけではないのに、結果として合理的な判断になることが多い」


「……」


「相手がどう感じるかを、判断材料として自然に含めているのでしょうね」


「そうですね」


「私には、あまりない考え方です」


「……はい」


「もう少し見てみたいと思っています」


「……優真さんを?」


「はい」


「……」


「仕事を、ですが」


「……そうですか」


 柚月が首を傾げる。


「他に何かありますか?」


「いいえ」


「?」


「ありません」


「そうですか」


「はい」


 そこへ、優真が戻ってくる。


「何話してたの?」


「神谷社長についてです」


「一条さん」


「はい?」


「……」


「俺?」


 優真が自分を指差す。


「はい」


 柚月が頷く。


「神谷社長の仕事の進め方について話していました」


「ああ」


「澪さんにも、もう少し見てみたいとお伝えしたところです」


「俺の仕事を?」


「はい」


「好きだね、仕事」


「仕事ですので」


「そりゃそうだけど」


「……」


 澪が柚月を見る。


「澪?」


「何でしょうか」


「なんか怒ってる?」


「怒っていません」


「そう?」


「はい」


「……」


 由奈が。


 デザートのメニューで顔を隠している。


「佐倉さん」


「はい」


「全部聞こえていますよね」


「聞いてません」


「嘘ですね」


「プリンに集中してました」


「そうですか」


「はい」


「では、そのままプリンに集中してください」


「分かりました」


 ◇


 午後十時前。


「じゃあ、また来週」


「お疲れ」


「お疲れさまでした!」


 店の前で。


 それぞれ帰る方向へ分かれる。


「今日はありがとうございました」


 柚月が頭を下げる。


「こちらこそ」


 優真が答える。


「楽しかったです」


「それならよかった」


「また機会があれば」


「はい」


「……」


 澪が柚月を見る。


「澪さん」


「はい」


「今日はありがとうございました」


「いえ」


「突然参加してしまって、申し訳ありません」


「問題ありません」


「そうですか」


「はい」


「では、また」


「お疲れさまでした」


 柚月が駅へ向かう。


「……」


「澪」


「はい」


「俺たちも帰ろうか」


「そうですね」


 二人で歩き出す。


 しばらく。


 会話はなかった。


「今日、楽しかった?」


 優真が聞く。


「はい」


「よかった」


「……」


「?」


「優真さん」


「ん?」


「一条さんが参加されることは」


「うん」


「事前には知らなかったのですよね?」


「知らないよ」


「……」


「澪が電話で話したんだろ?」


「はい」


「俺も聞いた時びっくりしたし」


「……そうですか」


「うん」


「……」


 なぜか。


 少しだけ。


 気持ちが軽くなった。


「どうした?」


「何でもありません」


「そっか」


「はい」


 また歩く。


「……優真さん」


「ん?」


「先日の会食では」


「うん」


「一条さんと、他にどのようなお話をされたのですか?」


「え?」


「仕事についてです」


「うん」


「一条さんが、優真さんの仕事の進め方を見ていたと話されていましたので」


「……」


「何でしょうか」


「気になる?」


「……」


 澪が黙る。


「澪?」


「少し」


「……」


「少しだけです」


「そっか」


「はい」


「じゃあ話すよ」


「お願いします」


 優真は。


 先日の会食で話したことを。


 思い出しながら説明していく。


 ほとんどが。


 仕事の話だった。


 先方の会社の話。


 今回のシステムの話。


 営業の話。


 そして。


 少しだけ。


 会社のみんなの話。


「澪の話もしたよ」


「私の?」


「うん」


「何を話されたのですか?」


「仕事できるって」


「……それだけですか?」


「あと」


「はい」


「最近ちょっと変わったって」


「……」


「楽しそうになったって」


「……そうですか」


「うん」


「一条さんは?」


「柚月さんも同じこと言ってた」


「……」


「澪は前より柔らかくなったって」


「そうですか」


「うん」


「……」


 澪は。


 少しだけ歩く速度を落とした。


 優真も。


 自然に合わせる。


「澪」


「はい」


「やっぱり気になってた?」


「……」


 澪が考える。


 先日の会食。


 今日の打ち上げ。


 優真と柚月が話していると。


 なぜか気になる。


 二人だけが知っている話があると。


 知りたくなる。


 柚月が。


 優真をもっと見たいと言うと。


 少し。


 好ましくない。


「……可能性はあります」


「何の?」


「まだ分かりません」


「何が?」


「検討中です」


「何を?」


「優真さん」


「はい」


「質問が多いです」


「俺、何も分かってないんだけど」


「今はそれで問題ありません」


「そうなの?」


「はい」


「……」


「……」


 澪は前を向く。


 由奈に。


 言われた言葉を思い出す。


 ヤキモチ。


「……」


 その可能性については。


 否定できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。