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第12話 ただの飲み会です

「打ち上げ?」


 午後三時。


 優真が電話を切って、少し困ったように笑った。


「打ち上げというより、お礼みたい」


「お礼ですか?」


 澪が顔を上げる。


「この前の会社」


「ああ」


「第一段階の導入が予定より早く終わっただろ?」


「はい」


 予定では一か月。


 実際には、それより数日早く導入まで完了した。


 初期運用にも、今のところ大きな問題は出ていない。


「担当の人が、今度ご飯でもって」


「そうですか」


「断るほどでもないかなと思って」


「はい。今後、第二段階もありますので」


「だよね」


「関係を深めておくことに問題はありません」


「じゃあ行こうかな」


「はい」


 澪が頷く。


「いつでしょうか」


「今週の金曜」


「金曜日……」


 澪が予定を確認する。


「特に予定はありません」


「じゃあ澪も来る?」


「私ですか?」


「うん」


「……」


 澪が少し考える。


 先方とは。


 これまで何度かやり取りしている。


 契約関係の窓口は澪だ。


 参加しても不自然ではない。


「そうですね」


「行く?」


「はい。でしたら――」


 ピコン。


 優真のパソコンにメールが届く。


「あ、柚月さんだ」


「……」


 澪が止まる。


「一条さん?」


「うん」


 優真がメールを開く。


「ああ。向こうにも連絡いってたみたい」


「そうですか」


「柚月さんも誘われたって」


「……」


「参加するみたいだよ」


「……そうですか」


 澪が。


 予定表を見る。


「優真さん」


「ん?」


「先ほどの件ですが」


「うん」


「私は参加しません」


「え?」


「今回は、お二人で行ってください」


「なんで?」


「……」


 澪が一瞬止まる。


「私が参加する必要性は、それほど高くありません」


「でも今、行くって」


「まだ確定していません」


「そうだけど」


「一条さんが参加されるのであれば、先方との調整も問題ないでしょう」


「いや」


 優真が首を傾げる。


「別に柚月さんが来ても、澪も来ればいいじゃん」


「……」


「四人になるだけだし」


「先方もいるから、もっといるか」


「そうですね」


「じゃあ来る?」


「……行きません」


「なんで?」


「必要ありませんので」


「この前、必要なくても来たじゃん」


「……」


 澪が止まる。


 確かに。


 参加したいから。


 その程度の理由で。


 打ち合わせへ参加した。


「今回は」


「うん」


「参加したいとは思いません」


「そっか」


「はい」


「分かった」


 優真があっさり頷く。


「じゃあ行ってくる」


「はい」


「そんな遅くならないと思う」


「分かりました」


「夕飯は?」


「自分で用意します」


「了解」


 優真が仕事へ戻る。


「……」


 澪も画面へ視線を戻した。


「……」


「……」


「澪さん」


「何でしょうか」


 由奈だった。


「本当に行かないんですか?」


「行きません」


「どうしてです?」


「先ほど説明しました」


「一条さんが行くから?」


「違います」


「即答」


「違います」


「でも一条さんが行くって分かる前は、行くって言ってましたよね?」


「……」


「言ってましたよね?」


「状況が変わりましたので」


「一条さんが参加するという状況に?」


「佐倉さん」


「はい」


「仕事をしてください」


「はーい」


 由奈が戻っていく。


「……」


 澪は小さく息を吐いた。


 ◇


 金曜日。


 午後六時。


「じゃあ行ってくる」


「はい」


 優真が鞄を持つ。


「一応、何かあったら連絡して」


「何かとは?」


「いや、何でも」


「私は家に帰るだけです」


「そうだけど」


「問題ありません」


「そっか」


「はい」


 優真が少し笑う。


「じゃあ、いってきます」


「……」


「澪?」


「いってらっしゃい」


「うん」


 優真が会社を出ていく。


「……」


 澪は、その背中を見送った。


「澪さん」


「はい」


「まだ間に合いますよ」


「何がでしょうか」


「飲み会」


「行きません」


「一条さん来ますよ?」


「知っています」


「社長もいますよ?」


「当然です」


「夜ですよ?」


「飲み会ですので」


「お酒ですよ?」


「飲み会ですので」


「一条さん、美人ですよ?」


「佐倉さん」


「はい」


「何が言いたいのでしょうか」


「別に」


「……」


「ただ」


 由奈が笑う。


「澪さん、今日ずっとちょっと機嫌悪いなって」


「悪くありません」


「そうですか?」


「はい」


「じゃあ帰りましょうか」


「そうですね」


 ◇


 午後七時十二分。


「……」


 澪は一人で夕食を食べていた。


 電子圧力鍋で作ったスープ。


 サラダ。


 パン。


「……」


 テレビはついている。


 内容は。


 ほとんど頭に入っていなかった。


 時計を見る。


 七時十三分。


「……」


 まだ。


 始まって一時間も経っていない。


 当然だ。


「……」


 スマートフォンを見る。


 連絡はない。


「……」


 必要ない。


 飲み会なのだから。


 逐一連絡する必要などない。


 先方との会食。


 仕事の延長。


 柚月も。


 仕事として参加している。


「……」


 パンを食べる。


 時計を見る。


 七時十五分。


「……」


 二分。


 澪は。


 テレビへ視線を戻した。


 ◇


 午後八時三十一分。


「……」


 食器は片付けた。


 風呂も済ませた。


 仕事のメールも確認した。


 明日の予定も確認した。


「……」


 することがない。


 澪はソファに座る。


 スマートフォンを見る。


 連絡はない。


「……」


 別に。


 連絡を待っているわけではない。


 優真は飲み会へ行っている。


 終わる時間も決まっていない。


「……」


 ただ。


 何時に帰るのか分からないと。


 戸締まりの都合がある。


「……」


 自分で鍵を持っているので。


 関係ない。


「……」


 澪はスマートフォンを伏せた。


 テレビを見る。


 五分後。


 またスマートフォンを見る。


「……」


 何も来ていない。


「……」


 なぜ。


 こんなに気になるのだろう。


 仕事だ。


 柚月も仕事。


 優真も仕事。


 先方へのお礼を兼ねた飲み会。


 何もおかしくない。


 それに。


 自分も誘われた。


 優真は。


 最初から澪も誘っている。


 断ったのは。


 自分だ。


「……」


 だから。


 何も。


 文句を言う理由はない。


「……」


 澪がソファの背もたれに身体を預ける。


 その時。


 ピコン。


「!」


 澪がスマートフォンを取る。


 優真だった。


『今終わった』


「……」


 澪の肩から。


 少し力が抜ける。


『これから帰る』


「……」


 返信する。


『分かりました。気をつけて帰ってきてください』


 送信。


 数秒後。


『了解』


「……」


 澪はスマートフォンを置いた。


 終わった。


 帰ってくる。


「……」


 それだけだ。


 それだけなのに。


 先ほどまでより。


 少しだけ。


 落ち着いた。


 ◇


 午後九時十四分。


 玄関の鍵が開く。


「ただいま」


「おかえりなさい」


「あれ?」


 優真がリビングへ入ってくる。


「まだ起きてたんだ」


「九時です」


「ああ、そうか」


「普段も起きています」


「そうだね」


 優真が笑う。


「飲み会、どうでしたか?」


「楽しかったよ」


「そうですか」


「先方の人も喜んでくれてた」


「それはよかったです」


「第二段階もそのままお願いしたいって」


「本当ですか?」


「うん」


 澪の表情が少し明るくなる。


「それは良い話ですね」


「だよな」


「明日、詳細を聞かせてください」


「もちろん」


 優真が上着を脱ぐ。


「あと」


「はい」


「柚月さん、すごかった」


「……」


 澪の表情が止まる。


「何がでしょうか」


「いや、飲み会でも」


「はい」


「先方の人が何を気にしてるか、ずっと見てて」


「……」


「仕事の話になったら、すぐ整理してくれるし」


「そうですか」


「俺の営業のやり方を見てみたかったらしいんだけど」


「……はい」


「逆に俺も勉強になった」


「……そうですか」


「うん」


 優真が楽しそうに笑う。


「やっぱり仕事しやすいな、柚月さん」


「……」


「澪?」


「はい」


「どうした?」


「何も」


 澪が。


 優真を見る。


「ありません」


「そう?」


「はい」


「……」


「……」


「澪」


「何でしょうか」


「もしかして」


「はい」


「やっぱり来たかった?」


「……」


 澪が止まる。


「飲み会」


「……」


「途中で柚月さんとも、澪も来ればよかったのにって話してたんだけど」


「一条さんが?」


「うん」


「……そうですか」


「次あったら来る?」


「……」


 澪は少し考える。


「その時に決めます」


「そっか」


「はい」


「分かった」


 優真が風呂へ向かう。


「じゃあ入ってくる」


「はい」


 優真がいなくなる。


「……」


 澪は。


 ソファに座ったまま。


 少しだけ頬を膨らませた。


「……仕事しやすい」


 小さく呟く。


「……そうですか」


 誰もいないリビングで。


 澪は。


 もう一度だけ。


 時計を見た。


 今夜。


 何度見たか。


 もう分からなかった。

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