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初夏の朝は、早い。

昼を控えたこの時間帯は、暑さもなりを潜めて清々しい涼しさがある。ここ、近江(おうみ)の朝の冷え込みは、他とは比べものにならない程であった。


『おい、あいつ誰だ?』

『なんてデカイ男なんだ、殿のお知り合いか?』


光秀の家臣らが、集って何かヒソヒソと話していた。断片的にしかこちらに伝わってこないが、大体どんな内容なのか理解はできる。まさか二十そこらの若造だとは誰も思っていないだろう。

腰にぶら下がっている二対の刀を見て、彼らはますます興味津々といった様子でこちらを見ていた。


(つかれた…)


元々、人の目に晒されるのをよしとしない性質だ。光秀の家臣は沢山いるようで、一日二日経っても梓乃の姿を初めて見る者が毎日現れ、その度にこうして騒がれている。


『新しく腕のたつ忍びを、殿が招き入れたらしい。我らを差し置いて、何処の出かも分からぬ(くさ)風情を傍に置くなど、殿も変わっておられる』


情報が早い者が中にいたのか。

明らかに侮蔑を含んだ物言いでこちらを見やる者も増えてきた。


(まぁ、これが当然だろうな)


うるさく虫のようにたかられるよりはマシだと思って、梓乃は集団から出来るだけ離れたところで、己の刀を手にとった。

鞘から抜くと、依然として鋭い光を放つ刃が目に入った。光秀が預かってくれていたお陰で、錆びることなくこの手に持つことが出来ている。

大きく息を吐いて気を落ち着かせ、右手に持った方の刀を空で一閃させた。まるで、目の前に敵がいるつもりで、だ。

長く寝込んでいた分、体もなまってしまっている。一日でも早く、元の状態まで戻すことが、今の梓乃に出来る最大の仕事だった。


大きな体を感じさせない、素早い動き。他よりも軽い作りではあるが、その切っ先をぶれることなく、両の手で二つの刀を扱うことは、ちょっとやそっとの積み重ねで成せることではない。

バッと左に体をよじった時、腹に強烈な痛みが走った。


「ぐぅっ…!!!くそっ…」


まだ自分自身、本調子でないことは分かっている。だが一日でも早く、梓乃は光秀のために働きたかった。

激しく動き回ると、朝方であっても夏だ。さすがに暑い。びっしょりと汗を吸った小袖が重く、鬱陶しいので勢いよく剥いだ。汗で光る褐色の肌が、露わになる。荒い息を吐く度、厚い胸が上下した。


「よし」


先ほどより少し涼しくなった。気を取り直して、鍛錬を再開しようと刀を構えた時。


「梓乃ーっ!!」


聞き慣れた綾女の声が背後から聞こえた。なんと間の悪い、と内心呆れながら振り返ると、そこには綾女だけではなくもう一人女がいた。美しい着物を身に纏った、美しい娘だ。

あ、と綾女が呟く。横にいた娘の顔がみるみる真っ赤に染まっていくのが分かった。


「な、な、な、なんて、野蛮な…」


半裸の状態で、刀を構える男。

成る程、確かに野蛮だろう。


顔を真っ赤に染めた娘は目を手で隠すと、一目散に城の方へ走って行ってしまった。後に取り残された梓乃と綾女が、顔を見合わせる。


「あのお(ひい)様は誰だ?」


「この前金平糖くれた、お玉様だよ。梓乃ってどんな方なの?って聞かれたから連れてきてあげたの、そしたら…」


少し非難を込めた目でこちらを見てくる綾女の姿に、少し笑いそうになった。この城へ来てから急に、綾女が年頃の女子のような真似をするようになったからだ。以前は男の裸など何の反応も示さない童だったくせに。

おそらく、あのお玉という姫君の真似事をしているのだろう。


「今は鍛錬の途中だ。他に用がないなら、もういいか」


「そんなに毎日同じことして意味あるの?!一日くらい大丈夫でしょ!!」


「いいからあっちへ行け、くれぐれもお玉様に失礼のないようにな」


明らかに構ってほしそうな綾女を軽くあしらい、再び梓乃は刀を構える。


「…つまんない。梓乃なんてもういいよっ!!」


あぁ、また拗ねた。

町に居る時とは違って、綾女と接する時間が長くなったので、その分わかることが増えた。

綾女は存外、拗ねやすい。




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