降臨の章28 生命の光
「……思えば、異空最強の化身を相手にできて、私も戦った甲斐があったというものだ。本来の身体こそ、失ったがね」
酷性が何やら言っているのを無視して、涼輔は横の美菜にそっと囁いた。
「……俺が、光壁で防ぐ。その間に撃てるようにしていてくれないか」
「いや。あたしが引き受けたげる」
きっぱりと言った美菜。
「それはまずい。光壁を展開していたら、力を溜めることが出来ないだろう? だから、俺が――」
「やるって言ったら、やるから。心配しないで」
彼女の態度は、揺ぎ無い確信に満ち満ちていた。
断言されてしまって二の句を継げなくなった涼輔に、美菜は
「……それ以上血を流したら、浅香君、死んじゃうわよ」
悪戯っぽく、笑っている。
――信じていい。
涼輔は一瞬のうちに決断した。
「わかった! 任せる!」
四の五の言っている余裕はない。
言うが早いか、彼は美菜の傍らでぐっと一念を集中させることに取り掛かった。たちまち、彼を取り巻くように、足元から白く光が立ち上り始めた。
しかし同時に、涼輔の全身から血が飛び散っていく。光壁でなくとも、生命力を発動すれば全身にそれだけの負荷がかかってしまう。前を向いているから気が付きこそしていないが、美菜が見れば青ざめてしまったかも知れない。
それでも、彼は念を緩めない。
彼の一歩前に立ち、キッと厳しい表情で、無言のまま立ちはだかっている美菜。
(さぁて、いらっしゃい。恵の分のお返し、きっちりさせてもらうわよ)
そんな彼女の高ぶる闘気が、いつの間にか結晶化してちらちらと周囲に舞っていた。
闘気の光は次第に増えていき、瞬く間に空間全体に及んでいく。真っ暗な闇の中で、美菜のそれは満点の星のように、そして涼輔の放つ光は天の川を思わせた。それぞれの力の結晶が時に交差し合い、時に融合し合い、二人のいる範囲はたちまちのうちに美しい光のイルミネーションを描き出し、白く床や壁、天井を照らし出していった。
「……双転の化身、あくまでも抗うか」
それまでとは全く様子の違う二人に、異様なものを感じた酷性。
しげしげと二人を眺めていたが、やがてその表情を固くした。
「……ふん。小賢しい存在よ! 所詮は弱い人間の分際で!」
両腕がぐっと八の字型に開かれた。
そのまま力を込め始めるや、身体中に浮き出た顔面が
「……ウォオオオオオオォ――」
と、一斉に叫んだ。
目が飛び出る程に見開かれ、それぞれ苦悶の表情がさらに濃くなった。口という口から、濁った霧状のものが吐き出され、宙に漂っている。
構わず、力を蓄積していく酷性。
みるみる両腕に黒い霧のようなものが生じ、次第に大きくなっていく。やがてそれは一体化し、なおも膨張を止めない。酷性は、巨大な闇を抱えているような状態になった。黒弾は、吐き出された霧をも吸い込み、ついには廊下をすっぽり塞ぐ程の大きさにまで膨れ上がった。
もうそれ以上の肥大は不可能ではないかと思われた途端、
「……消え去れ! 遥空の者奴!」
一声と同時に、それは酷性を離れた。
速い。
しかも、間合いはほとんどない。
怖気のたつような真っ黒い、生命の闇の部分がそのまま象徴化されたのではないかいうような弾丸が、二人の目の前に迫ってきた。
しかし、涼輔は微動だにせず、ひたすらに生命力を高め続けている。
彼を庇うように立った状態で、すっと目を閉じ、一呼吸する美菜。
次の瞬間。
彼女は眦を決し、両手をぐっと突き出した。
「――てえぇぇ!」
気合いと共に、美菜の両手、そして足元が一閃した。
同時に、一本の白いラインが彼女の前に、横にパッと走っていく。それはいきなり上下左右に伸張し、ウォールとなって黒弾から美菜を遮るようにした。
間髪を容れず白と黒が衝撃し合い、キィイイイと甲高い、耳障りな音を発した。
ぐっと両腕にプレッシャーがかかる。
押し込まれてしまいそうになるのを、懸命に踏ん張って持ち堪える美菜。
「……くくっ、こ、の……!」
黒弾の重圧は、途方もなかった。
必死に歯を食いしばっても、次第に押され気味になっていく。白い光壁が、少しづつ中央から歪み始めた。押し込まれ、突き破られそうな様相を呈しだした。
しかし、美菜は怯まない。
(あたしだって、あたしだって、今度は、今度は、浅香君を――)
渾身の一念を込めつつ余念がすっかり絶たれた途端、光壁はカッと更に激しく輝き出し、その眩しさのために向こう側の黒弾がかすんでしまった。迷いのない彼女の一念は、なおも留まることなく、その象徴たる光壁はその分だけ厚みを帯び、輝きを増し、美菜にかかるプレッシャーはほとんど失われていった。
(――今だわ!)
彼女がそう感じたのと、涼輔が叫んだタイミングは、ほぼ同時であった。
「……んじゃ、あとよろしく!」
光壁の展開に必死だった美菜にはその様子こそ見えていなかったが、涼輔が発する生命力の煌きは、既に彼自身の姿が見えなくなりそうな程に強くなっていた。
「ええ、よくってよ!」
前を向いたまま、応じる美菜。
二人の呼吸には、僅かなズレもなかった。
涼輔が纏っている光がふわりと羽毛のような軽さで、美菜のそれと一体化していく。白に白の絵の具を足す自然さで、光は完全に一つのものとなった。
全身に、柔らかな感覚が伝わっていく。彼女を信じる涼輔の生命力の所以であろう。暴力的に同胞の存在を我が身に取り込んでしまった酷性とは、丁度正反対の作用ということになる。
完全に光に包まれきったと同時に、美菜は咆哮した。
「――いっけぇ!」
彼女の一念は、一気に護りから攻勢へと転化した。
涼輔がよくやるところの、光壁を展開した状態から命術をぶっ放す荒技をそのまま真似したようなものである。無茶といえば無茶だったが、あらゆる雑念を捨てて彼女を信じようとしている涼輔は、ただ黙ってそれを見守った。余計な横槍など入れれば、そこで一念が乱れてしまっていたかも知れない。
しかし、彼女が張り巡らせた光壁自体、既に強力な生命力で構築されていたのである。あとは、それを酷性に向けて放てばいい。
一瞬、美菜の両腕からキラリと細い光が幾本も漏れた。
と、その途端である。
一切の視界が、失われた。
どこもかしこも、目に入る限りが真っ白である。
かといって攻撃的な眩さがある訳ではない。ただ、柔らかな白さが、一面に広がっているだけである。物音もない。さすがの涼輔もこの状況は予想しておらず、美菜に力を移譲したままの体勢で固まってしまった。
(……)
それが本当の生命の強さであることを心のどこかで覚知しながらも、想像を超えた発動の様に、彼は瞬間的に我を見失っていた。強力な命術を放つことができる涼輔でも、こんなことは初めてといってよかった。
随分と長く、その世界が続いたように思われた。
いつしか次第に光がやわらぎ始め、僅かに元の中異空の闇が取り戻されていく。
と。
ズン、と突如、突き上げるような衝撃がきた。
一呼吸おいて、先程の比ではない強烈な激震がやってきた。中異空全体がバランスを失い、崩壊を始めたのである。
美菜はといえば、合製の命術をまだ完全に離しきれずにいた。
というより、発動が余りに強大すぎて、自分の目の前で何がどうなっているのか、さっぱりわからないのである。ただ、爆発的なエネルギーのようなものが自分の両手を核としてとんでもない勢いで放出され続け、一向に途切れないということだけは認識していた。
その威力たるや、両方の腕が千切れ飛び、体中の血液やら内臓全部が飛び出ていきそうなほどである。術自体が安定していないのか、衝撃が凄まじい。
「くっ、くっ……」
純白の閃光に包まれながら、美菜は無我夢中でこらえていた。もはや、前面で我が命術やら酷性がどうなっているのか、把握する縁はない。
ただひたすらに、彼女は絶え間ないインパクトに耐えながら、前方の忌むべき存在に向かって両手を突き出し続けた。目の前に凶悪な命術が迫ってきていたことなど、すっかり念頭にはなくなっていた。
そんな格闘が、一体どれくらいの間続いたであろう。
突然、ぽん、と全身が軽くなったのを感じた。
少しづつ、彼女を包む異空全体を揺さぶった衝撃はフェードアウトしていき、やがてそれは全く感じられなくなっていった。
ただ、純白の閃光だけが、消滅しきることなくふわふわと残っている。
目映い光の中、いつしか、暖かく、そして柔らかな感覚に襲われていた。
(これって……浅香君の、生命、力……?)
力をすっかり使い果たし、ぼんやりとなった頭の中で、何とはなしにそんなことを考えていた美菜。
(あ、あさ、か……君……)
涼輔に呼びかけようとしたが、声にならなかった。
そのまま、彼女の意識はふっと遠くなっていった。
「……!」
すっと静かに崩れ落ちていく美菜に気が付いた涼輔。
命術は完全に離れていたから、力に干渉される危険はもはやなかった。彼は後ろから彼女の身体をさっと抱き止めた。
彼の胸の中で、ぴくりとも動かない美菜。全身がぼろぼろで、顔や体中のアザや傷がこの上もなく痛々しい。まだ、十六歳の乙女なのである。
が、真っ白な光に照らされたその容貌は、まるで幼い子供のように純真で、美しかった。軽く笑みすら浮かんでいて、全て悔いなくやりきった充実の相であるように、涼輔は思った。
「……お疲れ。君がいてくれて、本当に良かった」
力の限り自分を支えてくれた光の女神に、偽りのない、心の奥底からの感謝の言葉をかける涼輔。彼女を見つめるその瞳が、どこまでも優しくなっていた。
彼は、静かに美菜を傍らの壁にもたれかけさせた。
そして自らはゆっくりと立ち上がると、廊下の先へ視線を走らせた。
なおも酷性がいることは判っていた。
しかし、これ以上戦う必要がないこともまた、彼は知っている。だからこそ、力尽きて倒れた美菜を受け止める余裕があったのである。
あの邪で凶暴で執拗な気配は、もうほとんど感じられなくなっていた。
勝った、という程の実感もないまま、その場に立ち続ける涼輔。
(――そういえば……)
過去のいつだったか、これに似た出来事があったのを思い出していた。
幻魔衆の大群に取り囲まれて無数の命術を撃ち込まれ、もはや助からぬと思われた瞬間、涼輔はありうべからざる光景を目にした。
彼にとって大切な、かけがえのない人が――我が身を盾にして、彼を庇っていた。
ぼろきれのようになって彼の腕の中へ倒れこみながら、かの人は言った。
(ごめんなさい。でも……必ず、あなたを待っている人達がいるから――)
そうして最期に残された生命力を受け取った涼輔は、その力をもって幻魔衆の群れを退けた。今と同じように、何もかも真っ白に染めつくすような、眩い光で。
が、それが彼とかの人との、別れの瞬間でもあった。
満天の星空の元、光が消滅した後には、彼一人だけが残されていた――。
それ以来心を閉ざしてしまった涼輔は、思い出さぬよう、心に残らぬよう、封印したつもりであった。二度と、触れたくなどなかった。
だが、きっかけを得て別の天地へと赴いた彼を待ち受けていたのは、思いがけなくも、心から迎え入れてくれた仲間と、そんな辛い過去をしっかりとキャッチしてくれた美菜であった。この土壇場ゆえに、詳しい話をして聞かせた訳ではない。が、彼の強さを認め、彼を全力で信じてくれたことは、その辛い過去を受け止めてくれたにも等しい。
(……なるほど、な。こういうこと、だったんだな)
独り、納得の表情を浮かべて佇む涼輔。
彼はふと、思念の赴くままになっていたことに気が付いた。思い出したようにそちらを一瞥すると、すっかり無力化した生命悪の象徴が、そこにあった。
酷性は、影を自らの内部に取り込んでいたのが、致命的な仇となった。
核爆発のように強烈で無限とも思われた程の光は、ことごとく彼の本体に吸収され、作用していった。
報いの時は訪れた。
自らのみを尊び、何の躊躇いもなく他者を利用し、切り捨て、裏切っていく、人間の卑怯、そして臆病な生命がもたらす結末を、酷性は我が身をもって体現し始めた。
「ひぃいいいい――」
ゆっくりと、地獄の苦痛を味わいながらその身を削り取られてゆく酷性。命術が侵食したところから、皮や肉をつままれむしられてゆくように、次第に一粒一粒と光の結晶になって消滅していく。まさしく、獄卒に責められる亡者のような、情けない哀れな悲鳴が、いつ止むともなく響きわたっている。
が、もはや涼輔はそんな姿に何の興味もなかった。
くるりと背を向けたまま
「……自業自得、ってやつさ」
呟いた。
「――お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
誰かに激しく呼びかけられている声で、美菜はうっすらと意識を取り戻した。
夕陽が造り出した黒と赤がコントラストになって、彼女の網膜に満ちている。
ぼんやりとした視界に間近に飛び込んできたのは、必死の形相をした恵と、明日香であった。その背後から覗き込んでいる、沙紀や来未、霞美の姿もある。
「……め、ぐみ?」
次第に頭がはっきりしてきて、美菜は無意識に身体を動かそうとした。
「……!」
痛い。
どこが、というよりも、あちこちが、である。打ち身やら擦り傷やらで、ほとんど満身創痍になっていたことを、それとなく思い出した。
意識を取り戻した姉を見て、恵はほっと安心した表情をした。
「良かった。もの凄い衝撃があったから、どうしたのかと思ってきてみたのよ。そうしたらお姉ちゃん、傷だらけで倒れていたから――」
「み、みんな……は?」
沙紀がやれやれ、といった顔をして
「この通りよ。何とか、生き延びたわ。あんとき、美菜が来てくれなかったら、完全に殺されてしまっていたわね。……そうそう、回復させてくれた恵ちゃんもね」
「本当な。今回ばかりは、だらしがなかったな、俺達」
少し離れたところで、公司があっちを向いて同意するように言った。
女性陣がみんな、ぼろぼろであられもない格好になっているから、気を遣っているらしい。
日中は美菜を非難していた彼であったが、我が身を省みずに助けに飛び込んできてくれた彼女に対して、今は敬意にも似た念を抱いていた。普段は勝手気ままな公司も、美菜の魂の叫びに触れ、我が身の至らなさを思い知っていた。
それでも、一つの大きな嵐を乗り越えたという実感があるのか、彼らのテンションはいつもより高くなっていた。
といっても、ただ単純に強力な幻魔衆を撃退できたという、それだけのことではないであろうと、美菜は感じている。
そして、その突破口の役割を果たしてくれた人物だが――
「お姉ちゃん、浅香さんは?」
恵が怪訝な顔で尋ねた。
そうと気がついた沙紀や明日香も
「そうよ! 浅香君、恵ちゃんを助けに行って、またここで幻魔衆とやり合ったんでしょ? どこ行ったのよ?」
「まぁ、そういえば浅香さん、さっきからいないですよね?」
今日戦った幻魔衆の大部分を一人で引き受けた功労者の姿がないことに、美菜もはっと気がついた。
二人で生命力をシンクロさせて渾身の一撃をぶっ放した直後、その反動と衝撃で美菜は気を失った。その時点までは、確かに涼輔は傍にいたのである。とすれば――やられてしまった筈がないから、あとは、彼特有の、お決まりのパターンである。
そう気がつくと、半ば呆れつつも、しかしながら好意的な皮肉を交えて美菜は答えた。
「また、消えちゃった」
「消えたって……あんなに、怪我してるのに?」
悲鳴に近い声をあげる恵。この一連の死闘の中で、彼の姿を見ていたのは美菜と恵の姉妹しかいない。が、涼輔ががどういう働きをしていたかは恵がとうの昔に皆に伝えていたから、その活躍については全員が知っている。
しかし、さすがに大怪我のことまでは聞いていないから、恵の声に、
「何よそれ? 怪我って、どういうこと?」
「彼、負傷してるのか?」
来未や隆幸が騒ぎ出した。
騒がれたところで、美菜はどうすることもできない。
どうすることもできないが、根拠のない安心感というか、ちょっと違うようだが信頼感のようなものが、彼女の中にある。共に強敵に立ち向かったからこそ、美菜にだけ生まれた連帯感のようなものであろう。
彼女には、一つの予感があった。
「……何とも、言えないけど、彼は大丈夫よ。きっと、また明日、ふらっとやってくるわよ」
「だって……」
涼輔のことが心配でならない恵がさらに何か言いかけようとしたのを、美菜は
「大丈夫。あたしがついさっきまで、一緒に戦ってたんだもの。本当に、浅香君は強いのよ。あたし、よく判った。だから、大丈夫」
まだ怪訝そうな顔をしているが、姉にそこまで言われては、恵も食い下がる訳にいかない。
「そうよね。きっと、疲れているかも知れないし、あたし達に色んなこと言われたら、浅香さん、嫌かも知れない……」
彼という人間をよく理解しきれていない一同は、そこですっかり黙ってしまった。
すると、
「あんなに強いヤツが、怪我とはねぇ……」
公司が、大真面目に考え込んでいる。
そんな彼を、沙紀が横から小突いた。
「あんたがバカだからよ。それで浅香君が一人で苦労したんじゃない」
からかっている。
いつもの公司なら、そこから反撃に出たであろう。
が、今は様子が違った。
「……うん、俺、もう少し、しっかりしなけりゃな。今日はちっともいいところなかったし、全部、浅香が一人でやってくれたようなモンじゃねぇかよ」
しんみりとした口調でそう言うと、隆幸が
「だな。俺も帰り際、彼と会って話をした。親切に色々教えてくれて、それでその後幻魔衆に遭遇したけど、自信をもって戦うことができた。彼のアドバイスのお陰だと思っている」
「なぁんだ。実は、あたしもそう」
得意げに、来未が胸を張った。
「……え? 来未ちゃん、幻魔衆と、やりあったの?」
驚いて尋ねた霞美に彼女は
「まぁね。もう駄目かと思ったけど、ぎりぎりで浅香君に言われた一言がひっかかってさ。本気になれば、あたしでもできるんだな、って」
「ほーっ………」
これまでの来未からは想像も出来ない発言に、その場の誰もが声を上げた。
隆幸や沙紀について回ってばかりで、まともに一人で戦うことなどできなかったのである。それがこの短い間に成長を遂げたのが、皆驚きだったのである。その裏には涼輔の存在があったことに、不思議の念を抱かずにはいられなかった。
どこへ去ったのか、今この場に彼はいない。
鮮烈な夕陽をじっと見つめながら沙紀が
「……今日はもう、仕方がないわ。いないんだもの。でも、次に会ったら、みんなで感謝しましょ」
そこまで言ってパッと表情を明るくし
「お昼でも奢ってあげてさ」
皆、そこここで頷いて見せた。
唐突に現れ、そしてそれぞれの胸中に力強い何事かを与えてくれた涼輔。
日中こそ色々とあったが、今は誰もが彼を認める気持ちになっていた。彼の必死がそうさせたに違いないのだが、そのことはこの場では、美菜だけが知っていた。
「さて、帰るとするか」
「やだ! 制服、ぼろぼろじゃない! どうしよう?」
「ご愁傷様。沙紀ちゃん、明日はジャージ娘ね」
思い思いに言いたいことを口にしながら、ぞろぞろと動き出した一同。
その一番最後に、美菜と恵がいる。
「ねぇ、お姉ちゃん。明日、浅香さん、ちゃんと来るかしら?」
「……そうね」
ゆったりと立ち上がり、そっと遠くを見やる美菜。
「大丈夫。浅香君は、大丈夫よ……」
祈りのように、彼女は何度も呟いていた。
こうして、嵐のような一日は過ぎていった。




