04 ディオン殿下と同室って……え!?
「え……え、待って、え!?」
ジゼルはなぜか安心しきった顔をしていた。
いやいや、嘘だ。待って、嘘だ。
ディオン殿下は、ふんと鼻を鳴らし呆れた様子で僕を見ている。哀れな小動物でも見るような冷たい目で見下ろさないでほしい。
「待って、ジゼル。なんで僕がディオン殿下なんかと」
「なんかとはなんだ。お前、失礼だぞ」
「……うっ……ジゼル、説明お願い」
「アルヴェス公爵令嬢、説明は俺からする」
僕が説明を求めたのはジゼルなのにどうして出しゃばってくるんだ。怒りがつい顔に出てしまったため、「文句でもあるのか」と一蹴される。今なら蛇に睨まれた蛙の気持ちがよくわかる。
僕は氷の狼に懐かれながらその場で固まるしかなかった。すりすりと足元にすり寄られているので凍傷になりそうだ。
「この提案は俺からさせてもらった。まず、アルヴェス公爵令嬢が階段から突き落とされたときの第一発見者が俺だったことは先週も話したな? そして、次に俺が狙われ、その現場にアルヴェス公爵令息がいた。もし、次に犯人が狙ってくるとすればシリル・アルヴェス公爵子息、お前になるだろう」
「可能性は、なくないです」
「そうだろ。ここにいる三人はまた犯人に狙われる可能性がある。アルヴェス公爵令嬢は普段一人になることはないだろう。だが、お前はどうだ。人とつるむことなく、日陰にいるだろう。一人になった人間をしとめるのは手練れの輩ならそう難しくはないはずだ」
「つまり、僕一人だと狙われて殺されると」
ディオン殿下は否定することなく頷いた。
確かに、彼の言うことには一理ある。
ジゼルは護身術も学んでいるし基本的に周りに人がいる。もし誰かが彼女に危害を加えたとしても、その現場を見られてしまっては意味ない。ディオン殿下も言わずもがな自らを守る術を会得している。
僕も魔法で対抗はできるが、対人戦は不得意なので接近されればすぐにやられてしまうだろう。犯人の格好の餌といってもいい。
僕としても誰かが守ってくれるならとてもありがたいのだが……。
「でも、この学園は一人一部屋与えられるはずですが」
ジゼルの部屋は一人用の部屋だった。男子生徒だけ二部屋なんてことはありえないだろう。
僕がどうなんだ、と見ればまたも圧をかけられてしまい反論の余地もない。ディオン殿下は父上と似ている。やっぱり苦手だ。
「アルヴェス公爵家にも了解を得ている。公爵からはお前のことをよろしく頼むと言われた」
「父上が言いますかね……」
「お前の気持ちもよくわかる。俺はアルヴェス公爵に警戒されているからな。ただ、腐っても彼も子を持つ父親だ。お前の命が狙われているともなれば、王家に頭を下げてでも頼み込むだろう。いい父親じゃないか」
ディオン殿下はそう吐き捨てると、自嘲気味に笑った。なぜそんな顔をしたのかはわからなかったが、父上が認めたのであればそれは決定事項だ。覆せない。
でも、やっぱり気がかりなのはジゼルだ。
ディオン殿下もジゼルを突き落とした犯人に対して何も情報を持っていない様子。ジゼルが話せば解決するところ、話がややこしくなっている気がした。
ディオン殿下は僕が彼女を見つめていることに気が付いたのか、ジゼルのほうを一瞥する。彼女の顔は感情が読み取れない微笑を張り付けており、彼の睨みなんかに屈することはなかった。
それからジゼルは教室に向かうといって僕を置いて行ってしまった。
さすがに気まずいのか、犯人を庇っていることがバレるのを恐れてか……理由はわからないが、僕はディオン殿下と二人きりになってしまう。
「アルヴェス公爵子息」
「……あの。それ、言いにくくないですか……シ、シリルでいいです」
堅苦しいし、家の名前はあまり出してほしくない。
それにシリルといういい名前があるんだ。
でも、今のは第二王子に対して不敬だっただろうか?
「いいのか?」
「い、いいです。僕がいいって言ったので」
「それならシリルと呼ばせてもらおう。俺のことはディオンでいい」
「それは遠慮しておきます!! 殿下は殿下ですし……」
「不公平だ」
むっと顔をしかめたディオン殿下は少し子どもっぽく見えた。そういえば体格がよくてスッと目鼻立ちが整っているから忘れていたが、この人とは同い年だ。
道行く人は僕たちを気にも留めない。まるで、触ったら爆発する危険物のように避けているようにすら見える。多分その原因はディオン殿下だ。
確かに怖い人だけど、避けるほどの人ではないだろう。一応王族なのだし。
「シリル、お前とは今日から同室だ。引き続き、俺とアルヴェス公爵令嬢を突き落とした犯人捜索の協力を頼む」
「拒否権ないですもんね」
ははは……口から乾いた笑いが漏れた。
目の前に差し出された黒いハーフグローブがはめられた手を取る。手の大きさも一回りも違う。男として完全敗北だ。
この人一人で解決しちゃいそうだけど、僕は本当に必要なんだろうか。
朝方飲んできた胃薬の効果がすでに切れそうだ。胃が軋む音が殿下にも聞こえたらいいのに。
でも、この人から漂う冷たくも誰に対しても平等な空気は嫌いじゃなかった。




