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買いかぶらないでください氷狼殿下、僕はただの胃弱引きこもり公爵令息です!!  作者: 兎束作哉
第2章 引きこもり公爵令息学園に編入する

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03 狼を連れて登校はどうかと思います

「え、それ、本当?」


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 ジゼルの顔には怒りや悲しみといった表情は見てとれない。淡々と事実だけを述べる彼女の姿が少し不気味に映った。どうしてそんなに冷静なんだ。


 レリア嬢がジゼルを階段から突き落とした犯人だというのか。

 なら、なぜジゼルはそれを黙っている?

 父上が知っているなら、すでにヴェルソー侯爵家に殴り込みに行っているだろう。

 第一に、彼女を庇う理由はないはずだ。ジゼルとレリア嬢は王太子の婚約者候補で、いわゆるライバルだ。足の引っ張り合いが水面下で起きていてもおかしくない。そのもみ合いの末、ジゼルは落とされたとでもいうのか。


 ジゼルはなにも答えなかった。ただ、彼女たちが通った道を見つめ、風で乱された髪を耳にかけ直している。


「父上には」

「父上にはこのことは内緒よ」

「なんで……犯人がわかっているのに」

「……なんでもよ」


 間を空けてそう言うと、彼女は僕のほうを向き直った。

 ペリドットの瞳がかすかに揺れている。犯人を庇うなんてジゼルらしくない。でも、なにか事情があるのだろう。

 双子なのに、彼女の考えていることがなに一つわからなかった。


「僕には話せないこと?」

「今はまだ。父上には絶対に話しちゃダメよ」

「……わかった。でも、いつかちゃんと話してね……けどやっぱり、突き落とすのはないよ」

「まあいろいろあるのよ。まずは、レリアが王太子の婚約者候補から、本当の婚約者になったのか調べる必要はあるわね。最も、決まったのであればいずれ公表されるでしょうけど」


 ジゼルは、はぁ、と小さなため息をつく。

 彼女からして、レリアが王太子の婚約者になったのは予想外のことだったのかもしれない。僕は状況がまだ飲み込めていなくて苦しいが、今のジゼルに追求するのはかわいそうに思えてきた。


「そうだわ。シリル。編入に際して貴方に言っておかなきゃいけないことがあったの」


 なに――? と訊ねようとしたとき、今度はサァァと雪山のような冷気が足に流れ込んでくる。

 王太子殿下が現れたときとは違い、悲鳴に似た声があちらこちらで聞こえる。今度はなんだ、と顔を向ければメインストリートの真ん中を二匹の氷の狼を連れて歩いてくる銀髪の青年の姿が見えた。


「ぅわっ……」


 彼と僕の間にはかなり距離があったはずだ。しかし、二匹の狼の耳がピクリと動くと、彼の顔がこちらに向けられた。獲物を見つけたようにロイヤルブルーの冷たい瞳が細められる。

 身の危険を感じ、反射的にジゼルの後ろに隠れたが、確実にコツコツと足音が近づいてくる。


「ジゼル・アルヴェス公爵令嬢、体調のほうはもう大丈夫なのか」

「第二王子殿下、おはようございます。ええ、もうすっかり。殿下に気にかけてもらえるなんてとても光栄です」


 笑顔で応答するジゼルから動揺の一つも感じない。完璧な淑女ジゼル・アルヴェスは、氷狼殿下と呼ばれる彼を前にしても揺るがない。

 ジゼルに簡易的な挨拶を済ませたあと、ディオン殿下の視線がこちらに向けられる。彼の足の周りをまわっていた氷の狼がジゼルの後ろに隠れていた僕のほうまでやってきて、クンクンと匂いを嗅ぎだす。


「シリル・アルヴェス公爵子息」

「は、はいっ」


 名前を呼ばれただけだが、出てこいという圧を感じた。

 僕は仕方なくおずおずと前へ出る。怖くて顔があげられない。

 一応、先週はお世話になったし、いろいろ助けてもらった。なにも言わずに彼のもとを去ってしまったことは心残りだった――が。


 姉に目もくれずジッと僕を見下ろす殿下の視線が刺さる。狼たちも僕の足元に張り付いて離れる様子はない。この狼は殿下の魔法によってつくられた魔法生物なのだろう。彼が氷狼殿下と呼ばれている理由の一つにこの二匹の狼の存在がある。彼の強力な氷魔法によってつくられた個として自立した意識を持つ魔法生物だ。


「こうして顔を合わせるのは《《初めてだな》》。シリル・アルヴェス公爵子息」

「そ、そーですね……」

「噂はかねがね。ようこそ、プリムヴェール学園へ」

「……そーいうの、いいです」


 僕の言葉にディオン殿下の眉間にしわが寄る。だが、すぐにあたりを見渡し人がいないことを確認すると「そんな嫌そうな顔をするな」と一喝する。

 どっちが嫌そうな顔をしているんだ。


「初対面というていにしておかなければ後々面倒だろう。アルヴェス公爵令嬢と入れ替わっていたことがバレたら問題になるぞ」

「それはそうですけど」


 今のはディオン殿下は正しい。

 僕が何も言えずにいると、ジゼルがパンと手を叩いた。


「シリルが普通に人と接しているの初めて見たわ。これなら安心ね」

「ジゼル、これはそういうんじゃなくて……安心?」


 ええ、とジゼルは言うと彼を指し示しながら僕に分かりやすく説明してくれる。

 ディオン殿下は一瞬ジゼルを見たあと、僕の顔を見た。突き刺さるロイヤルブルーの瞳は分厚い氷が張った湖のようだ。


「今日からシリルはディオン殿下と同室よ。学園でわからないことがあったら殿下に聞いてちょうだい」


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