02 王太子の婚約者
太陽の日差しはジゼルを引き立たせるためのスポットライトのようだ。
週明け、ジゼルは宣言通りプリムヴェール学園へ戻ってきた。正門をくぐりメインストーリーを歩く姉の姿は、変装していた僕とは違い堂々としていて道行く人の視線を集めている。僕はそんな彼女の後ろを従者のようについて歩く。
注がれる視線が怖い。僕を好奇な目で見る人たちばかりで、穴があったら入りたくなる。
父上が手続きを全て済ませてくれたおかげで、無事に今日という日を迎えることができた。制服のサイズもぴったりで直す必要は一切なく、教材一式もすでに準備してあるそうだ。
「ジゼル嬢、お体のほうはもう大丈夫なのですか?」
校舎に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。ゆったりとした足取りで近づいてきたのは、プリムヴェール学園の制服を着た女性たちだった。身なりや所作から察するにいいところの貴族であることが伺える。
彼女たちはジゼルの顔を見るとほっと安堵の表情を浮かべていた。
僕はジゼルの後ろに隠れながら様子を窺う。
「心配をかけたわね。もう大丈夫よ」
「それならよかったです」
「先週は私たちとお話しするのも辛そうで。顔色も悪かったですし」
僕が変装していたときのことを言っているのだろう。
でも、姿かたちがそっくりだったからかバレていないらしい。随分と怪しまれたみたいだが、その程度で済んだようだ。
ジゼルは、学園に戻る際に先週の話を僕から聞いている。そのため、彼女たちの話を聞いて入れ替わっていたときの齟齬が出ないように上手く会話をしていた。さすがジゼルだ。
彼女たちは、ジゼルの級友なのか気の知れた仲に見える。確かに先週も似たような人たちが僕に話しかけてきた気がする。
そんなことをぼんやり思っていると「あら?」と僕に気が付いたのか、覗くような形でこちらを見てきた。
「ジゼル嬢、後ろにいる方は?」
「紹介が遅れたわね。私の弟のシリルよ。今日からこの学園に通うことになったの」
「シリルさまってもしかしてあの魔法の天才の?」
「研究に没頭していて、表に出てこないっていうあの!」
ジゼルは無理に自己紹介をしろと言わなかった。それが嬉しくもあり、情けない気持ちにもなってくる。
僕の知らないところで僕の噂が広がっている。それを目の当たりにしてこれまた不思議な気持ちになった。
二人のご令嬢は僕に興味を示したのか「シリルさま」と僕の名前を呼ぶ。だが、そのタイミングで校門近くからワッと声が上がる。
みんなの注目の先には、ダイヤモンドのごとく輝く銀色の髪にロイヤルブルーの瞳を輝かせ優雅に歩く男子生徒と、その一歩後ろをついて回る可憐なシアン色の髪をなびかせた少女の姿が見えた。
一瞬ディオン殿下の影がちらついたが、彼の月のような輝きとは異なる輝きを放っていた。
目を焼くような圧倒的な光。
太陽の光を放っている彼こそジェルミナシオン王国の光――オスカー・オラージュ王太子殿下だ。
この目で見るのは初めてかもしれない。
そして、その一歩後ろを歩く彼女にも見覚えがあった。
「王太子殿下とレリア嬢が一緒に登校なさっているということは……」
「もしかして、王太子殿下の婚約者はレリア嬢に?」
ジゼルを気にしていたご令嬢たちは口々に言う。
まだレリア嬢は王太子殿下の婚約者候補のはず……でも、彼女たちの言うように一緒に登校するなんて――。
ハッと姉のほうを見れば、ペリドットの瞳を激しく揺らし固まっていた。傷ついているようには見えない。ただ、驚いて言葉を失っているようだ。
まさか本当に?
「ジゼ……」
なんて言葉をかければいいのだろうか。
王家との婚約がトントン拍子に進むにしてもあまりにも早すぎる。もしかして、早い段階からレリア嬢を婚約者として受け入れる準備がされていたのだろうか。
ジゼルが努力してきたのを知っていたから、目の前の光景が信じられなかった。
王太子殿下は皆に挨拶をしながらこちらに向かって歩いていく。レリア嬢も王太子殿下に引けを取らない淑女の名にふさわしい振る舞いをしていた。はたから見るととてもお似合いだ。
二人はジゼルに気づく様子もなく玄関へ行ってしまった。パレードが終わったように、潮が引いていく。
呆然と立ち尽くすジゼルの姿はなんともいえない哀愁が漂っていた。
「ジ、ジゼル嬢、わたくしたちは先に教室に行っていますわ」
「ま、また、教室でお会いしましょう」
ジゼルに話かけてきたご令嬢たちもこの空気には耐えられず、脱兎のごとく逃げ出した。
残されたのは僕とジゼルだけ。
「ジ、ジゼル。しっかりして」
「大丈夫よ。少し気が動転していただけ……そう、もう婚約者が決まったのね」
「お、落ち込んでる……?」
「いいえ」
すぐに返事が返ってきたがやはりどこか寂しそうだ。
家の期待に応えようと必死に頑張ってきたジゼルのことを思うとやるせない。ジゼル以上に王太子妃が務まる人なんていないはずだ。
僕は、どうにか話題を逸らそうと、あれこれ考えて口を開く。
「……ぼ、僕。絶対にジゼルを突き落とした犯人を見つけるからね」
「それも大丈夫」
「え?」
「だって、私を突き落としたのはレリアだもの」




