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買いかぶらないでください氷狼殿下、僕はただの胃弱引きこもり公爵令息です!!  作者: 兎束作哉
第2章 引きこもり公爵令息学園に編入する

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01 胃薬が足りない

 週末、ようやく家に帰ることができた。


「ただいま、戻りました。ジゼルの身代わりシリル・アルヴェスです」


 普段乗らない馬車で酔い、最悪の気分だ。

 学園から一時的に帰還できると喜んだのに、すでにボロボロのよぼよぼだ。


 公爵邸の玄関につくと、酷くやせこけた僕を見て使用人たちが慌てて駆け寄ってくる。みんな、僕が生きて帰ってきたことに驚いているようだ。

 学園に潜入する際持って行った胃薬はすべてなくなり、途中で公爵家から取り寄せた。効き目が悪くなっているから改良が必要かもしれない。


「シリルッ!!」

「ジ、ジゼル?」


 上のほうから聞き慣れた声が降ってきた。最後の気力を振り絞って顔をあげれば、二階の柵を超え、飛び降りた双子の姉の姿が見える。

 使用人たちもそれに気づき悲鳴を上げるが、誰も受け止められる人はいない。

 仮にも公爵家のご令嬢が――そう思って落下地点に入るが、彼女は風魔法を巧みに使い落ちる速度を軽減し、すたっと着地を決める。そして、次の瞬間には僕をぎゅっと抱きしめた。


「ジ、ジゼ、ル。もう大丈夫なの?」

「すっかりね。シリルこそ大丈夫だった? 私の代わりに学園に送り込まれたって聞いていたけど。もう、お父様はシリルになんて無茶を」


 わしゃわしゃと僕の髪や顔を触りながら、父上に対する文句を垂れる。


 いろいろ聞きたいことはあるが、ひとまず意識を取り戻したようでホッとする。ただ、ベビーピンクの前髪の下に包帯が見え、まだ安静にしていなければならないのではないかと不安になった。


 この様子から察するに、父上がすべてジゼルに話したのだろう。こちらからの説明はいらないようだ。


「温室……」

「大丈夫よ。貴方の大切な子たちは全員無事」

「よかったぁ……」


 引きこもっている僕に対して印象が悪い父上は、僕がいない間に温室の解体作業を行うんじゃないかとうっすら思っていた。でも、ジゼルが無事と言うならそれを信じよう。


「本当にもう大丈夫なの?」

「ええ。一週間も休めばあれくらいの傷」

「あれくらいって、階段の一番上から落とされたって聞いたけど」


 僕の言葉にきょとんとした顔をしたが、すぐにぷっと噴き出した。


「応急処置が早かったからね。外傷も残っていないそうよ」

「それはよかった……けど、犯人は」

「週明けには学園に戻れるからそれからね。担当医も問題ないって診断を受けたから」


 じゃあもう僕は学園に行かなくていいのか。

 一週間僕のことを守ってくれたディオン殿下にお礼を言いそびれたけど、ようやく解放されてせいぜいする。

 僕一人じゃ手入れしきれなかった髪も切れるし、なにより女装して生活する必要がなくなる。


 本当に苦しい一週間だった。背筋を伸ばすとか、笑みを保つとか。気を抜くと足が開いちゃうし、スカートは防御力低すぎるし。どんな羞恥心プレイだったか。

 苦行のあとは温室に引きこもるに限る。誰にも文句を言わせない。


 ジゼルが元気になった喜びと、再び平穏な生活を送れる安堵で胸をいっぱいにしていると、カツカツとこちらに向かってくる足音が聞こえた。


「シリル、帰ってきたのか」


 帰ってきちゃダメなんですか。ここ僕の家ですよ。


 反射的に睨んでしまったようで、父上に睨み返されてしまった。僕はとっさにジゼルの後ろに隠れ「はい、無事帰還しました」と伝える。


「貴様にしてはよくやった。一週間もしないうちに音を上げるかと思っていたが、やればできるじゃないか」

「はは……お褒めに預かり光栄です」

「だが、なにも成果はないようだな」

「いや、でも、ジゼル……姉上が目覚めたのですし。僕はもうお役御免かと」


 父上を見ると、なにやら考え込むように顎を撫でていた。大切なことを言う前に見せる父上の癖だ。

 じんわりと背中に嫌なものが走る。


「なにを言っている。犯人を突き止められなかったんだ。それに、もう学園へ編入する手続きは済ませてある」

「また勝手に……!!」

「この一週間問題を起こすことなく過ごせただろう。貴様も普通に学園生活を送れるだけの力はあるのだ。引きこもってばかりで社交性がない貴様を叩きなおすいい機会だと思ってな。貴様も名門に通えて嬉しいだろう。いつぞや特待生枠を蹴ったときは勘当しようと思ったが」

「ぼ、僕の力だけで生活していたわけじゃ、ディ……」


 まだそのことを根に持っているのか。

 とりあえず、ディオン殿下のことは父上には言わないほうがいいかもしれない。彼の協力がなければとっくにバレていた。

 唇を縫い付け、掌に爪を食いこませる。


 父上は是が非でも僕を社会に出したいらしい。


 僕はこれまで(意図せずだが)公爵家に貢献してきたのに。

 爵位は、今他国へ留学中の兄上が継ぐ予定だ。だから、次男の僕は引きこもりハッピーライフを送れるとばかり思っていた。

 でも、父上はそれを許さないというのだ。


 これもまた決定事項。すでに手続きを済ませているとなれば、撤回は難しい。それこそ、公爵家の信用にもかかわる。


 さすがに耐えられなくなってギチギチと歯を鳴らす。胃がきゅっと縮こまり、きゅるきゅると今にも死にそうな悲鳴を上げていた。


 ジゼルだけが「大丈夫?」と僕の背中を撫でてくれる。

 ジゼルは優しい。そして、階段から突き落とされてもなお、その犯人がいるかもしれない学園に帰る意思を見せているのだ。強くて、たくましくて、凛々しくて……ずっと憧れの存在だ。

 そんなジゼルと同じ場所に通うのも悪くないかもしれないけど……。


「じゃあ、犯人みつけたら中退でいいですか」

「ダメに決まっているだろう」


 僕はぴしゃりと落とされた雷に、背を丸めお腹を抱えたのだった。


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