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買いかぶらないでください氷狼殿下、僕はただの胃弱引きこもり公爵令息です!!  作者: 兎束作哉
第2章 引きこもり公爵令息学園に編入する

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05 温室では静かにお願いします

 プリムヴェール学園は寮制だが、週末には故郷への帰省が許されている。

 僕はもちろん、金曜日の授業が終わってすぐ荷物をまとめてアルヴェス公爵邸に帰ってきた。温室で育てている子たちが気になって居ても立っても居られなかったからだ。


 学園の生活は先週よりも快適だった。というのも、ジゼルに変装する必要もなければ、僕の近くには必ずディオン殿下がいたため誰も話しかけてこなかったから。おかげで……という言い方もあれだが、授業に集中できた。

 ただ、ディオン殿下がクラス内だけに関わらず学園内で孤立しているのが気になった。同じく学園に通っている王太子殿下の周りにはたくさんの人であふれているのに、ディオン殿下の周りには誰もいない。みんな彼を避けるようにして生活している。


 ディオン殿下とは同室なだけでなく同クラス。

 そして、困ったことに寮の部屋にはベッドが一つしかないものだから男二人で寝ることになってしまった。

 僕は研究に没頭して机に突っ伏して寝落ちてしまったこともあったため、床でもいいといったのだが殿下は断固拒否。ホールドされる形で睡眠をとることを強制された。僕が寝ている間に抜け出さないようにするためだったのだろうが、強く後ろから抱きしめられるものだから緊張して眠れなかった。


「殿下の身体、冷たかったな……」


 強大な魔力を内側に秘めているためだろうか。

 殿下が従えている氷の狼は心くすぐるものがあったが、一般的な感覚では、彼の氷の魔法や狼を恐れ近づきたくないと思うのかもしれない。


 温室の温度を確認し、魔法植物に紅茶の茶葉を煎じた水をあげていると足元にぺちぺちとなにかがすり寄ってきた。


「ゴラ!」


 僕の足を短い手《根っこ》で叩いていたのはマンドラゴラのゴラだった。頭に青々とした葉っぱを生やした、歪な三つの凹凸が顔のように見える魔法生物だ。僕の育てているマンドラゴラの中で唯一自我をもって温室の中を歩き回っている子でもある。腐った人参みたいな色がまた愛らしい。

 ゴラはぬんと手を伸ばしたあと、これまた折れそうな足で地団太を踏む。どうやら一週間僕が温室を空けたことに対して怒っているようだ。


「ごめんよ。ゴラ~僕にも深い事情があって――ひっ!?」


 ゴラを撫でていると、バシンッ!! と温室の扉がけたたましく鳴る。

 ゴラは驚いて僕の膝に顔を擦り付けていた。

 あれだけ言ったのにまた乱暴に扉を開けられた。今度はもっとガツンと文句を言ってやる。

 父上が温室にやってきたのだろうと思って立ち上がると、扉からこちらに向かってきたのは銀色の――


「で、殿下!?」

「本当にお前は失礼だな。幽霊でも見たような顔をして」

「だ、だって……訪問の予定は」

「そういえばなかったな」

「お、お忍びで……あ、でも服がちゃんとしてますね」


 お忍びというにはしっかりと王室ブランドの服装に身を包んでいる。制服のときとは雰囲気が違って大人だ。


 というよりなんで殿下がここに……。

 学園で顔を合わせるだけでいっぱいいっぱいなのに、僕の休日まで邪魔しに来たのか。


 ディオン殿下にどうお引き取り願うか考えていると、ゴラが彼の前の前に出ていき、その真っ白な靴を土で汚れた足でゲシゲシと踏み始めた。僕は慌ててゴラを引きはがし、ぎゅっと抱きしめる。僕の服も一瞬の間に茶色く変色してしまった。


「マンドラゴラか?」

「そうです。マンドラゴラのゴラです」

「名前を付けてるのか」

「名前を付けたほうが愛情が伝わるので。魔法植物って、普通の植物とかなり違うんですよ……それで、殿下はなぜここに?」

「深い理由はない。ただ、お前に会いに来ただけだ」

「理由はないのに僕に会いに来るっておかしいですよ。公務はどうしたんですか」

「今朝の分は済ませてきた。またすぐに戻るつもりだ」


 要領がいいのは知っているが、王都からアルヴェス公爵邸は往復でも少し時間がかかる。少しのために馬車を走らせてきたとでもいうのだろうか。

 わからない。

 二週間一緒にいるが、この人のことは何もつかめずにいた。

 ゴラはずっと殿下に威嚇をしっぱなしだ。


「犯人の目星はついたか?」

「……いいえ。どうして殿下はそこまでして犯人を見つけ出そうとしているんですか。もちろん、突き落とされたっていう理由が大きいでしょうけど」

「言っただろ。その犯人がもしかすると兄を害する存在かもしれないと」

「お兄さん……王太子殿下のことがそんなに大事なんですか?」


 彼らは腹違いの兄弟のはずだ。そして、正妃と側妃は仲が悪いと聞いている。

 だからと言って二人の仲まで悪いわけではないだろうが、殿下が王太子殿下のことをそこまで気にかける理由がわからなかった。

 でも、彼のロイヤルブルーの瞳には優しさが揺らめいているように見える。

 劣等感をにじませながらも、それ以上の尊敬や愛情が見て取れる。


「お前だって、アルヴェス公爵令嬢を突き落とした犯人を突き止めたいだろう?」


 ジゼルの言葉を思い出し、僕は小さく頷くことしかできなかった。

 答えを知っているが、それをこの人に教えることはできない。


「お前は人前に出るのが苦手な引きこもりだと聞いていた。アルヴェス公爵は確かに厳しい人だが、ただ公爵に言われたからといって女装までして学園に来る理由がわからない。お前の中に、アルヴェス公爵令嬢を助けたいという気持ちがあったからじゃないか?」

「殿下は推理ゲームが好きなんですか?」

「図星を突かれたからといって話を逸らすな」


 ぴしゃりと言い返されてしまいぐうの音も出ない。


 彼の言う通りだ。


 父上は怖いが、僕ももういい年なんだし命令に背くこともできる。それに、僕の才能があれば家を追い出された後も上手くやっていけるだろう。対人関係で困るかもしれないが、大抵ことは魔法でなんとかなる。

 そうだ。僕が学園に潜入した理由はやっぱりジゼルのことが気になったからだ。

 僕とは正反対でできる姉。離れて頑張っているジゼルが危険にさらされたと知って、その犯人を突き止めなければという衝動にかられた。

 ジゼルは唯一僕のことを肯定してくれる優しい陽だまりみたいな存在だから。僕ができることをしてあげたい。


「俺もお前と一緒だ」

「殿下も……?」

「別に俺は兄上と仲が悪いわけじゃない……俺の母上がどうにも俺を次の国王にしたいらしくてだな。昔から兄上と同じことをさせられてきた。でも、兄上が三日で習得できることを、俺は一週間かからなきゃ習得できなかった」

「じゅ、十分すごいですよ」


 ディオン殿下は、側室の息子であり第二王子。だが、王妃に嫉妬し対抗心を燃やしていた母親のエゴによって昔からいろいろと強いられてきたらしい。

 しかし、やることなすことすべて王太子を引き立てるだけの不発に終わり、ディオン殿下は次第に何をやっても万年二位の烙印が押された。それでも、彼はすごい。

 王太子殿下は歴代でもまれに見ぬ天才だと称されているが、それに食らいつくディオン殿下はさながら秀才である。

 でも、側妃はそれを赦さなかった。どうしてもディオン殿下を王の座につかせたいという夢を諦めず、王太子の殺害を企てていた時期もあったという。それが、ディオン殿下の逆鱗に触れた。それまで母親に従っていたが、そこでようやく彼女の命令に背き、より王太子殿下が目立つようにと自分は悪役《ヒール》を買って出たのだ。

 ディオン殿下の周りに付きまとう黒い噂は、彼自らが蒔いたものだった。同時に、学園で彼が孤立している理由も理解してしまった。


「兄上が好きなんだ。厳しく卑しい母上や、大人たちの品定めするような視線を浴び続ける日々の中で、兄上だけが俺に優しくしてくれた」

「ブラコンなんですね」

「お前に言われたくない」

「僕は殿下ほどじゃないですよ……ああ、でもそうですか。だから殿下は僕を犯人捜査の相棒に選んだんですか」

「お前は一から説明しなくてもすべて理解するんだな」

「なるべく人と会話したくないので、相手の言いたいことを瞬時に察する能力を身につけただけです」


 ディオン殿下は「かわいげがないな」と言ってまた眉を寄せる。どう思われたって別にいい。

 ゴラもぷいっと顔を背けている。


「まあ、そういうことだ。犯人が見つかるまでは俺がお前を守る。お前はその頭脳や魔法を俺にかしてくれ」

「殿下のこと、なんとなくわかったんでいいですよ。でも、犯人が見つかるまでですからね」

「ああ、今のところはな」


 意味深に笑い、「また来る」なんて捨て台詞を吐き、踵を返し去っていった。まるで嵐のようだった。


 温室の扉は今度は静かに閉められる。

 殿下の抱えているものが少しだけ分かった気がするけど……。


「本当にあの人それを言うためだけに公爵邸に寄ったの!? こ、行動力、すさまじい……」


 彼もいろいろとズレているのかもしれない。

 それと、彼の過去を聞いて同情したものの、「また来る」なんて二度目があると思わないでほしい。

 学園出会うだけでいい。勘弁してほしかった。

 僕は、小さなため息をつき、腕の中のゴラをぎゅっと抱きしめたのだった。

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