01 友だちなんて作れません
シリル・アルヴェス、人生最大の危機が訪れたかもしれません。
週明け二日目、公務で殿下が学園に来れないとの知らせを受けた。それが今朝。
どうしてそんな大切なことを前もって教えてくれなかったのだろうか。あのスンと澄ました顔が脳裏に浮かんで憎たらしい。
先週、編入生として無事にプリムヴェール学園の生徒になった僕は、表向きには公開されていないあの事件の関係でディオン殿下とバディのようにぴったりとくっついて生活していた。基本的にディオン殿下と同じ授業を取り、隣の席で授業を受け……一週間もしないうちに、シリル・アルヴェス公爵子息はディオン殿下の従者になったのだという噂が広がってしまった。
それはとんでもない誤解だったのだが、ディオン殿下曰く勝手に言わせておけとのことで、僕も訂正する気になれなかった。そもそも、声を大にして言える勇気がない。
ディオン殿下に守られつつ、でも彼の側にいると危険が付きまとう。その危険を殿下が守って……みたいな関係。
そして、その裏でジゼルと殿下を突き落とした犯人を捜すというのが僕の学園生活で果すべき使命。
ただ、ジゼルはすでに犯人を知っている。しかし、おかしな点があるのだ。ディオン殿下は背中を押されたとき、女性ではありえない力が加えられたというのだ。それが本当であれば、ジゼルを落とした犯人とディオン殿下を落とした犯人が違うということになる。だが、そうなると同時期に似たような事件が起きたということになって……。
模倣犯か同一犯か。謎は謎を呼ぶばかりだ。
――が、問題はそこではなく、今日一日中殿下がいないということのほうが大問題だ。
すでに一限目が終わり、二限目に突入しようとしている。次の授業はペアワークだ。クラス内で友だちのいない僕は大ピンチである。
「……ディオン殿下も酷いこと言うし」
今朝公務に出かける前、殿下は「友人の一人や二人作れ」なんて至極呆れたような顔で言ってきた。このペアワークを見越しての発言だったのだろうか。でも、殿下だって友だちと言える存在はいないじゃないか。
「僕がいなかったらペアワークの時間、 殿下だって一人じゃん」
ディオン殿下もボッチ仲間だ。
ぶつくさと文句を垂れ流しているうちに、次の授業を知らせるチャイムが鳴る。
教室に生徒が戻ってきて着席すると、すぐに前扉が開いた。日直の号令で挨拶をし、教師が今日の授業の簡易的な説明をする。
「では、ペアを作ってください」
教師の声がかかると、生徒たちは二人一組を作り始める。
完全に出遅れた僕は、後ろの席でぽつーんとその光景を眺めていることしかできなかった。
「あの」
気配を消しておこうと考えていると、ふと少し高めのテノールボイスが降ってくる。
顔をあげるとそこにいたのは、丸メガネが若葉色の前髪に隠れて見えない少年だった。両手で教科書を抱きかかえ僕のほうを見ている。
前髪の隙間から覗いたダークブラウンの瞳がこちらを窺うようにきょろきょろと動く。
「よければペアになりませんか。シリル様」
「え……いいの?」
「はい! ぼく、普段一緒にいる子が熱で休んじゃって。あ、申し遅れました。ぼくはモリス・グラースって言います」
「グラース……グラース子爵家の次男だよね。アティラン鉱山を所有してて、うちの事業と連携している。確かあそこは高品質な魔鉱石が取れて……」
「よくご存じで!!」
モリスは感動したようにずいっと僕に顔を近づけてきた。「近いよ」と一言言えば、落ちてきた眼鏡をかけ直しごめんなさいと一メートルほど後ろに退く。
グラース子爵家は、僕の魔法事業の協賛会社だ。
子爵家が所有しているアティラン鉱山には一度研究もかねて行ってみたいと思っていた。小さな鉱山なのだが、高品質な魔鉱石が取れる穴場スポットだ。初めこそ何も取れない価値のない山だとされていたが、かなり掘り進めたところで大量の魔鉱石が見つかった。あとから大貴族が買収しようとしていたが、そのころにはすでに公爵家と取引が始まっていたためどこも手を出せなくなったのだ。
とはいっても、取れる量は多くなく大儲けしているかと言われたらそうじゃない。でも、うちの事業と連携をとり始めてからは領地が潤ったのだとか。
そんな魔法研究に欠かせない、お世話になっている家の彼に声をかけてもらえるなんて運命だ。
「モリスって呼んでいい?」
「もちろんです! シリルさま!!」
「さま、はいらないかな。隣座ってよ。黒板見える?」
「大丈夫です。このメガネは二十メートル先もくっきり見えるので」
くいっと眼鏡を上げて見せたモリスは誇らしそうに笑った。
僕は椅子の上に乗っていたホコリを軽く叩いて、窓側に身を寄せる。モリスは失礼します、と丁寧にお辞儀をして僕の隣に座り、教科書を山のように積んだ。その教科書はかなり痛んでおり、メモ用紙がところどころに挟まっていた。
「勉強好きなんだ」
「はい。子爵家にいるときは家業の手伝いばかりしていたので。学校に通えるなんて夢みたいで」
「僕も、勉強好きだよ。一緒だ」
僕は真新しい教科書を机の上に乗せ、モリスに微笑みかけたのだった。




