04 思っていた以上に紳士的でした
「下ろして、下ろしてくださーい! ぶわっ!?」
ディオン殿下に担がれて数十分ほど経っただろうか。
寮までたどり着いた僕は、彼の部屋らしき場所に連れ込まれ、乱暴にベッドに下ろされた。
眠気を誘うふかふかのマットレス……ではなく!!
「あぁぁああ、乱暴はしないでください。その、僕食べても美味しくないです!!」
「は? お前はなにを言っているんだ」
呆れた、というように殿下は制服の上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンを外した。
「俺は女装しているやつには興奮しない」
「そうですか……」
どうでもいい性癖開示。
絶妙に会話が成り立っている気持ち悪さに鳥肌を立てていると、スッと殿下が跪き、僕の足に触れた。
「なっ!?」
「暴れるな」
「殿下にはそっちの気が……でなくとも、いきなり人の足に触れるのはどうかと!!」
「黙れ。先ほど、俺を助けたとき足首をひねったんじゃないか? ジゼル・アルヴェス公爵令嬢に代わってここへやってきたのかもしれないが、慣れない靴は足を痛める」
それだけ言って靴を脱がし、ガーターを慣れた手つきで外したあと、露になった僕の足にそっと触れた。
言われてみれば、足首がジンジン痛んでいた。彼の言う通り慣れない靴で歩いたというのもあるだろうが、身体強化魔法をしていたとはいえ殿下を受け止めたとき身体に負荷がかかったんじゃないか。踏ん張った際に足首を痛めたのだろう。
昔から痛みには鈍感だ。
とくに、なにかにのめり込んでいるときは、自分の身体のこととかどうでもよくなってしまう。そのせいで、栄養失調で倒れたこともある。
「塗り薬とテーピングしてやる。暴れずにそこにいろ」
殿下は指示をすると立ち上がり、近くにあった棚を漁り始めた。
意外と優しい人なのだろうか。言葉はぶっきらぼうだし冷たさを感じるが、触れたその手はとても優しかった。
「僕の父上からなにか聞いているんですか?」
「身柄を引き渡しただけだ。それ以上公爵とはなにも話していない。それに、俺は警戒されているからな」
「……殿下は、見かけ以上に優しい人だと思います」
「何も知らないくせに知ったような口を利くな」
僕の足に薬を塗り込んだあと、包帯でギュッと足を締めあげる。あまりの激痛に「んぎゅっ!?」と変な声をあげれば、奇妙な目を向けられてしまった。
父上は王族とのコネクションが欲しいのかもしれないが、黒い噂があるディオン殿下とは関わりたくないのだろう。あの人は世間体を気にする人だから。
「俺のほうこそ意外だ。社交の場に顔を出さないお前が俺のことを知っているなんて」
「まあ、殿下の噂はかねがね……僕だって、貴方に存在を認知されているなんて思いもしませんでしたよ」
「お前は有名だろう。宮殿でも度々話題に上がる。若き天才魔導士……だったか。膨大な魔力量を保持し、魔法の研究に一役買い、さらには魔道具の事業まで立ち上げた魔法に愛された貴公子。俺もお前の論文をいくつか読んだことがあるが、古株の宮廷魔導士もたどり着けなかった境地に至っているように感じた。ただ、夜会などに一切顔を出さないためその存在は幻ともされているな」
天才だなんて恐れ多い……。
そもそも注目されることは嫌いだ。僕の知らないところで独り歩きしている評価も怖い。それこそ、僕のことなにも知らないのに好き勝手言って。
僕は、銀色の髪の隙間からのぞくロイヤルブルーの瞳を見た。
「殿下は魔法が好きなんですか? さっきも僕の魔法を分析していましたが」
「別に」
好きと言ってくれたら、僕の好感度はもう少し上がってたかもしれませんよ。
また沈黙が流れる。
僕は手当てしてもらった足を見た。折れそうなほど細くて生白い脚がそこにある。
「お前の体温は高いな」
「魔力のめぐりがいいからだと思います。殿下こそ、手が冷たすぎます」
噂によると殿下の魔力も膨大なはずなのだが、彼の手は氷のように冷たかった。
基本的に魔力は絶えず身体を循環しているもので、詰まってしまうと身体に異常が出るようになっている。なので、定期的な診断が必要だし、魔力詰まり解消が必要だ。
殿下は僕の質問に答えず、興味深そうに僕の足を見ていた。
「……お前の協力を得ることができればこの問題はすぐに解決するだろう」
「協力させるき満々なんですね」
甲斐甲斐しく手当てしてもらったので、その分は働こうと思う。それにどうせこれを解決しなければ家に帰れない。
この人は怖い人だが、悪い人じゃない気がする。
僕とまた違う意味で人とのコミュニケーションに難がありそうだが、王族ブランドが使えるのは大きい。聞き込み調査も少しは楽になるだろう。
「ここまで連れてきてなんだが送っていこう。その足じゃ歩けないだろう」
「姉上の部屋にですか?」
「転移魔法にするか。運ぶのも面倒だしな。人目もある」
「……面倒っていうのは心の中でしまっておくものじゃないですか」
「アルヴェス公爵令嬢の部屋はどこだ?」
無視された。
転移魔法というのは、正確な座標を指定しないと使えない魔法である。しかも高位の魔法で熟練の魔導士でも習得が難しい。それを、ただ部屋に送るためだけに使うなんて太っ腹だ。
僕は部屋の方角と、部屋番号を伝える。するとすぐにも詠唱をした。僕の身体を包み込むように銀色の魔法陣が足元で光り出す。
「明日、早朝迎えに行く。部屋から出るなよ」
「え?」
「一応今のお前はアルヴェス公爵令嬢なんだ。犯人が誰かもわからない状況、一人では危険だろう」
「あ、はい。ありがとうございます」
紳士的だ。
でも、同時にこの人から逃げられないことを悟る。
明日もまたこの人と関わることになるのかと思うと気が重い。苦手なタイプだが、ある程度のコミュニケーションは取れているからどうにかなっている。
転移魔法が発動する寸前、彼の口が動いた気がした。目を凝らしてみると「おやすみ」と言っているように見える。
人は見かけによらないのか。
ますますこの人のことがよくわからなくなってきた。
僕も「おやすみなさい」と返そうと口を開く。しかし、その瞬間転移魔法が完全に発動してしまい、次に目を開けたときにはすでに寮の部屋に飛ばされたあとだった。




