03 ダンスの申し込み
差し出された手――少し緊張しているのか、時々視線が泳ぐ。
殿下でも緊張することがあるんだ。
ダンスの申し込み。誰も見ていないがこれを断ったら、殿下は傷つくだろう。
「僕なんかでいいんですか」
一言発すれば、殿下の目が途端に鋭くなる。
「またそうやって自分のことを卑下する。俺は嫌いなやつとは踊らない。気のないやつに善意でダンスの申し込みをしたりしない」
「……もし、足を踏んだら」
「はあ……自信がないのなら、俺の足の上で踊ればいい。そしたら初めから踏む心配はなくなるだろう」
強引に僕の手を掴み、中央へと歩いていく。
すれ違う人は奇妙な目を向けてきたが、すぐに興味をなくし会話へと戻る。僕が気にしている以上に、人は他人に興味がないんだ。ときどき突き刺さる視線は痛いが、この人となら怖くなかった。
中央へ移動すればちょうど曲が始まる。これは定番のもので短い曲だ。これなら踊り切れる気がする。
でも、練習してきたのは男性パートのほうなんだけどな。女性側のステップなんてわからないから、練習したときのジゼルのを見よう見まねでやるしかない。
「本当に踏んでも許してくださいよ。練習はしたんですけど上達しませんでしたし、女性パートなんてわかりません」
「ならば、今後のために鍛えてやる。弓術のときのようにな」
「今回だけです。全ての黒幕が捕まったらまた引きこもりますから」
「学園を去るというのか?」
寂しそうな声色を聞き、首を横に振る。
そうじゃない。夜会に出るのはこれっきりという意味だ。今日すべてが終わるとは思わないが、何かしらの手がかりがつかめたらいいと思う。
殿下は僕の反応を受けると安堵し、優しくリードしてくれる。基本のステップから踏み、僕にテンポを合わせてくれた。まるで何度も踊ったことがあるように息ぴったりだ。
「慣れてるんですね」
「そうでもない。俺も踊るやつがいなかったからな……練習、俺のためにしたのか?」
「まさか」
「そこは嘘でも、そうだと頷くところだろう」
強引で力強いステップ。振り回されるように左右へと身体が揺れる。慣れない靴でさすがに厳しい。
文句を言う代わりに睨めば、そこにはとても幸せそうな殿下の顔があった。いつもは仏頂面で、冷たい目をしているのに、今は純粋にこの時間を楽しんでいるようだった。
雪解け後に現れた一輪の花のようだ。
そんな顔をされたら文句の一つ言えなくなってしまう。
「ずるいな……」
三分はあっという間に過ぎてしまった。
ダンスが終わり、先ほどより小さな拍手が起きる。たったの数分で、足は棒のようにがくがくと震えている。最初こそ優しくリードしてくれていたのに、途中から意地悪なステップを踏み始めた。でも、僕が倒れないようにと腰を支え、二度足を踏んでも嫌な顔一つしなかった。むしろ、僕のミスをカバーしてくれていた。
呼吸を整えるために人の少ない壁際までより、胸に手を当てる。殿下と手を握っていたところが熱を帯びている気がする。
「自信がないと言っていたわりにはうまかったじゃないか」
「……はは、二回足を踏んでもうまかったって言ってくれるんですね。殿下は寛大な心の持ち主ですね……」
「疲れたのか?」
「殿下と違って体力がないんです。貴方の手、剣ダコがボコボコしてましたよね。剣を振り続けている証拠です。体格もいいってことは、筋トレも欠かさずにしているってこと……僕との体力差があって当然です」
「褒めているのか?」
「それなりに……でも、振り回すのは論外です!! 殿下、僕が胃弱な引きこもりって知ってますよね!?」
引きこもりを舐めないでほしい。
自分で言うか、と殿下は飽きれて肩をすくめた。
今は胃薬よりも水を飲みたい。
給仕を呼んで飲み物をもらおうとあたりを見渡すと、遠くからターコイズブルーの瞳と目が合ってしまった。しかし、逃げる間もなく彼は人の隙間を縫ってこちらに近づいてくる。
「やあ、シリル・アルヴェス。また会ったね」
「リュシアンさん……」
殿下の後ろに隠れれば、リュシアンは覗き込むように身体を傾けた。
「リュシアン。シリルになんの用だ」
「用がなかったら話しかけちゃいけないルールでもできたのかい。ディオン。それとも、彼は君の所有物かなにかなのかな?」
「所有物だと?」
「違ったかな。まあ、そう怒るな。見ていたよ、君たちのダンス」
くつくつと喉を鳴らし、またあの品定めをするような目で僕らを見る。
リュシアンは細身だが僕よりもがっしりとした身体をしており、殿下と並んでも遜色ない。彼の後ろでは、リュシアンに声をかけたそうにしている令嬢たちがこちらの様子を窺っている。ディオン殿下とは比べるまでもない人気っぷりだ。
週末、学園でパーティーで会おうと言っていたが彼の言葉通りになってしまった。僕としては会いたくもなかったのだが、この男も来ているだろうとは予想がついていた。
ただ、このタイミングで話しかけてくるなんて、狙っていたとしか思えない。
「なに、俺も君と踊りたいと思っていたんだよ。シリル・アルヴェス。次の一曲、一緒に踊ってくれないか?」
「えっと僕は……」
「ダメだ」
僕の言葉を遮るように殿下がもう一歩前へ出た。
敵意をむき出しにしたロイヤルブルーの瞳をリュシアンに向ければ、彼は愉快そうに口元を歪めたのだった。




