02 いつ貴方のものになったっていうんですか
「つまりは、アルヴェス公爵令嬢をエスコートし終えたら、囲われたと。珍獣に群がる野次馬だな」
「そういったじゃないですか。二度も言わせないでください」
「お前が女性をエスコートか」
「なんですか、その目。笑いたきゃ、笑えばいいですよ」
会場の壁際に身を寄せ、殿下が持ってきてくれたジュースに口をつける。色や香りこそワインに似たものだが、アルコールは一切入っていない。ただ、隣で同じものを飲む殿下はお酒を飲んでいるんじゃないかと思うくらい大人の色気が出ていた。この人は僕と同い年のはずなのだが、すでに整った顔をしているためそう見えるだけだろうか。僕はどちらかと言えば童顔で年齢を間違えられる。ジゼルと双子じゃなければミドルスクールに通っていると思われていてもおかしくない。
事の経緯を一通り話し終えると、殿下は「よく一人で頑張ったな」と褒めてくれた。どう考えても、殿下が助け舟を出してくれなければあの場で失神していただろう。
それに、殿下はここでもまた腫れもの扱いされており、それを目にしたとき胸が痛んだ。
いくら王太子殿下の地位を固めるためだからとはいえ自ら悪い噂を流したとしても、噂の真偽を確かめずに殿下を危険な存在だと避けるのはどうなのだろうか。ただ、噂だけが問題なのではなく、過去に側妃が王太子の暗殺計画を練っていたとか、側妃の性格を考えて殿下も……と、親も親なら子も子だなとフィルターがかかっているのかもしれない。この人はそんな人じゃないのに。
「この衣装のせいで、さらに僕が貴方の従者になったというイメージが広がったと思うんですけど」
「別に悪いことじゃないだろう。俺のものと知らしめることで、余計な火の粉は払える。お前は人がいいからな、悪い奴に騙されそうだ」
「ご忠告ありがとうございます。でも、僕だって人を見る目くらいあります。現に貴方がいい人だってこと、僕は見抜いたんですから」
「自信満々だな。それは、俺とこんなに近くにいるからだろう」
そっと肩を掴み抱き寄せる。彼の硬い肩に頭がぶつかった。
「……っ、誰かに見られたらどうするんですか!」
「見られて困るものなのか?」
「殿下が困りませんか?」
「俺は困らない。むしろ、余計な虫がつかなくて済むとすら思っている」
「虫よけにしないでください。というか、殿下もモテてましたね」
そういえば、と付け加えれば心底嫌そうにこちらを見た。
殿下は噂のせいで人を寄せ付けないが、遠巻きに殿下のことをいいなと見ている令嬢たちは多々いる。それもそのはず、この端正な顔立ちに心地のいい低音ボイス。王太子殿下に劣るとはいえ文武両道。性格に難あり……かもしれないが、危険な男に惚れる女性も一定数いる。また、腐っても王族なため王家とのコネクションのためと娘を進める貴族もいるのだとか。
殿下はそういったものを一切受け付けずはねのけてきているが、実際のところどうなのだろか。国王陛下の意向とか、側妃のこととか。
気になるが、デリケートな問題でもあるため話題にあげることはなかった。
ちびちびとジュースを飲みながら、殿下の噂をどうにかできないものかと考える。本人がそれでいいのであれば、部外者の僕が口をはさむことなどないのだけど。この人の有能さを知ってほしいという気持ちもあった。
「というか待ってください。殿下のものにいつなったっていうんですか!?」
「今更か。しっかりと人の話を聞いているんだな」
「殿下は口数多いほうじゃないですからね……いや、僕の前では饒舌……うぅん」
「一人百面相をするな」
空になったグラスを揺らしながら、殿下は僕をジトッと見つめる。
その視線から逃れたい一心で会場の中心に視線を向ければ、王太子オスカー殿下とレリア嬢の姿が見えた。
まだ婚約者だという発表はしていないはずなのに、この公の場で一緒にいるところなんて見せれば噂好きな貴族たちが食いつくに決まっている。わざとそうして黒幕をあぶりだす作戦か。それにしても、まだ容疑がかかっている状態のレリア嬢を近くに置くなんて、オスカー殿下に何かあってからでは遅いのに。
レリア嬢は、シアン色の髪に銀色の髪飾りをつけており、首を隠すようなデザインのドレスを身にまとっていた。彼女の髪の色とドレスの色から人魚が出てくる童話が連想された。
思うところは多々あるものの、並ぶとお似合いだ。
「どうだ」
「黒幕にレリア嬢が婚約者に選ばれたと思い込ませる作戦ですよね。王太子殿下に危険はないんですか?」
「今日の兄上は一段とかっこいいだろ?」
「んんん?」
僕の質問に答えず、彼は頓珍漢なことを言い出した。
そのあと、ようやく質問に答えるように「兄上なら大丈夫だろう。やわじゃない」と付け加える。
彼の視線はオスカー殿下に向けられており、本気で見惚れている様子だった。殿下も危機感がない……というよりも、この人は正真正銘のブラコンだった。
誰にも心を開かない氷狼殿下と言われている殿下の心を溶かし、心酔させるなんてオスカー殿下もなにをしたのだろうか。彼のブラコンっぷりに呆れながら、手を取り見つめあう二人を見る。
もし、ジゼルがオスカー殿下の隣にいたら……想像を膨らませてみるが、なんだかそれはそれで寂しい気がした。貴族令嬢はいいところに嫁ぐことで家門に貢献したことになる。ジゼルもより高位の男性と結婚することが求められている。
ジゼルは会場のどこかでこの光景を見ているのだろうか。
胸がきゅっとなるのを感じながら、ファーストダンスを踊る二人をただただ見守ることしかできなかった。さすがに、この会場の中心で事を起こしたりはしないだろう。
ダンスが終わると会場が拍手に包まれる。瞬きすることすら忘れ見入ってしまうダンスだった。拍手を促されるように僕も両手を叩く。
「シリル、次は俺たちの番だ」
「え? 何がですか?」
拍手が収まるころには、次のダンスの準備が始まる。
僕の横で差し出された手に、目を丸くしていれば殿下が咳払いをする。口元にあてていた手を下ろし、改めて僕のほうを見た。ロイヤルブルーの瞳がかすかに揺れている。
「誘い方が下手だったな……シリル・アルヴェス公爵令息、俺と一曲踊ってくれないか」




