01 パーティーだあ~~~~いきらい!!
煌びやかなシャンデリア、真っ赤なレッドカーペットは新品と見間違うくらい鮮やかで美しかった。お酒と豪華な食事の食欲をそそる香りに、弦楽器の重低音が美しく響く。
静かな温室とは真逆の眩しい世界がそこに広がっている。
胃が、痛い。
「やっぱり、帰っていいかな」
「ここまできて? 大丈夫よ。今日のシリルは何倍ましにもかわ……かっこいいんだから」
「かわいいって言いかけた? 僕、これでも男だよ」
「私にとってはいつだってかわいい弟なのよ。ほら、ちゃんとして。襟が曲がっているわ」
ここ最近胃薬の量は減っていたのに、飲んできた量だけじゃ足りない気がする。ディオン殿下と約束したから過剰摂取はしないよう気を付けているのだが、すでに吐きそうだ。
なんで数週間前の僕は夜会に参加するって言ってしまったんだろうか。
世話焼きなジゼルに身なりを整えてもらいながら、会場のほうを見据える。人でごった返したそこを見るだけで胃がきゅっと窄まってしまう。
一段と着飾ったジゼルと並ぶと絶対に見劣りする。でも、今日の僕の服はディオン殿下が贈ってくださった一級品だ。今日のような夜会にはぴったりだろう。
ジゼルに「行くわよ」とエスコートをするよう頼まれ、彼女のほうを見る。僕が失敗したらジゼルも赤っ恥をかくことになるので気が抜けない。兄上がいてくれたら、エスコートはあの人に任せられたのに。もう覚悟を決めるしかない。
会場に足を踏み入れると、人々の視線がこちらに向けられるのを感じた。ジゼルは社交界の常連だ。そんな彼女をエスコートする僕に注目が集まっているようだ。
「あれって、アルヴェス公爵家の次男の……」
「魔法の天才っていうシリルさまじゃない?」
デビュタントのご令嬢も、貴族の婦人方も口々に僕のことを言う。すべて聴こえているわけじゃないが、引きこもっている僕が外に出てきたのが意外らしく、珍獣でも見るような目を向けてくる。おっしゃる通りで、注目が集まるのも想定内。しかし、予想は出来ていても胃が痛い。
ジゼルより身長が低いことをバレないように厚底の靴を履き、変わりに彼女にはいつもより低いヒールを履いてもらっている。
彼女を無事会場まで送り届けることができ、ほっと一息つくと、知らぬ間に大勢の人に囲まれていた。
「え、ジゼ……どこ!?」
一瞬の隙にいなくなってしまったのか、それとも押し寄せてきた人たちの波にさらわれる前に退散したのか。
僕の周りはあっという間に興味津々と目を輝かせた人たちが集まってきてしまった。先ほどまでは遠くで見ているだけだったのに、一体いつの間に……。彼らは、パーティーに珍しく参加した僕に対しあれこれと質問を投げた。メモを取っている人もいて、明日の記事に載るんじゃないかと血がひいていく感覚がする。
表に顔を出すことはなかったのに、どうして僕のことを知っているんだ。ジゼルと一緒に会場入りしたのが大きいだろう。しかし、まさかこんなふうに物理的に距離を詰められるとは……こちらは想定外だ。
人に囲まれたせいで目が回る。むせるような香水の匂いに、強いポマードの匂いも漂ってくる。
「シリルさま、一度お会いしたいと思っていました。魔法事業についての話なのですが」
「魔鉱石を用いた魔道具の開発についてお聞きしたく!」
「え、あ……ぁ……」
しどろもどろになっていくが、お構いなしに質問を投げ続ける。
穴があったら入りたい。胃薬が足りない。天才とか、魔法事業のこととか僕と家名義だが、基本的に取り仕切ってくれている専門の人がいて……。
噂が独り歩きし、誇張され、みんながみんな僕に期待しているのがわかった。
このままじゃストレスで倒れてしまう――そう思っていると「探したぞ」と鼓膜をくすぐる低音ボイスが響いた。
「どこをほっつき歩いているかと思ったら。《《俺のシリル》》は人気者だな」
「ディオン殿下……」
シャンデリアの下でもその光に負けない絶世の美を纏った男がそこにいた。純白の布に、銀色の装飾が施してある服はいかにも王室の人間であると威厳が漂っている。右手には僕がプレゼントした指輪がはめられていた。
ディオン殿下が現れると、みな一斉に頭を下げる。彼の登場は予期していなかったようで、みな爆発物が降ってきたとでもいうように怯えている。さすがに、氷の狼は従えていないようだ。
それから、そそくさと退散し、僕と殿下だけが取り残される。
「……な、なんですか。殿下。助けて下さったのは嬉しいんですけど……なにも言わずに見つめられると困るというか」
「なにが困るんだ…………いいな、似合っている。俺の見立て通りだ」
「衣装……も、ありがとうございます。まさか、こんな上等なものをプレゼントしてもらえるとは思わず……っ!!」
スッと殿下の服に視線を向けると、一部僕の服に使われている布と同じ色のものが使われていることに気づいた。この服の中で一番目立つ色だから見間違うことない。
それに先ほど「俺のシリル」って言った気がする。
この人、僕の社交界復帰の日になんのつもりだ。
「でん……でん、でん、でか」
「なんだ。はっきり言え」
「いえ、なんでもないです……嬉しそうなの、なんかムカつきます」
「そうか? いつも通りだ」
フッと口の端をあげた殿下はやっぱり嬉しそうで、なんだかしてやられた気分になった。でも、不思議と嫌じゃないのはなんでだろうか。
この人が来て、安心した自分がいた。今は胃が痛くない。
周りの雑音が聴こえないくらいには、この人の美しさに見入ってしまっていた気がした。




