05 双子のダンス
アルヴェス公爵家には大きな鏡が一列に並んだダンス練習用の部屋がある。
「シリルから、ダンスを教えてほしいってなんだか意外ね」
「もう少しで、王宮でパーティーが行われるから」
僕の手を取って踊るジゼルは「いつもは行かないの一点張りのくせに」とくすりと笑う。
これまでずっとパーティーの招待を蹴ってきたのは言うまでもない。最初こそ、父上に出ろと強制されていたが断固拒否の姿勢を貫くうちに呼ばれなくなった。
そんな僕が何年かぶりにパーティーに出るといったとき、父上はお気に入りのティーカップを割って驚いていた。ジゼルは特に何か言うわけでもなく、僕のダンスの練習に付き合ってくれた。
くるりとターンすると、ラベンダー色のレースがふわりと揺れる。僕のぎこちないダンスでも、ジゼルはとても輝いて見えた。
「そう、上手上手」
「子ども扱いしないで……ジゼル、聞いていい?」
「なにを?」
ペリドットの瞳が細められる。僕がなにを言いたいかわかっている目だ。
「レリア嬢のこと。殿下はあのあと深く追求しなかったよ」
「そう……彼は、他人に興味がないようだしね」
「知っていること、教えて。なんでもいいから」
ジゼルが一人で抱え込む癖は、僕が一番知っていたのに、僕はそれをジゼルだから大丈夫と済ませてきた。
すでに自分を突き落とした犯人を知っているジゼルに対して、僕は黙っていてと言われたから口を閉ざしてきたが、もうこれ以上なにも聞かないなんて姿勢は貫けない。
ジゼルを責めるわけじゃなくて、彼女のことを大事に思うからこそ聞きたいのだ。
真剣な瞳で彼女を見つめれば、僕と同じ色のペリドットが煌めく。それからスッと細められ「変わったわね」と一言口にした。
「シリルが変わったのはディオン殿下が理由かしら。彼のことが好きなの?」
「す、好き!?」
「あら、違った?」
「違うよ。嫌いじゃないけど……利害の一致、同じ寂しさを抱える、とか。あの人、見た目から想像できないくらい優しいんだよ。あと、ちょっと甘えたり、拗ねたりかわいい」
「ディオン殿下が聞いたらひっくり返ってしまうんじゃない?」
もちろん、本人にそれを直接伝えるつもりはない。
犯人が捕まったら、僕は彼と同室が解除されるのだろうか。家に戻って研究……と思ったが、試験もギリギリで突破したし卒業までプリムヴェール学園にいるつもりだ。
でも、僕らを繋いでいるものがなくなったらと考えると、その先のことが分からない。
ステップを間違えた僕を強引に引っ張り、ジゼルは僕の顔を覗き込んだ。
「レリアが幼なじみなのは思い出したのよね」
「うん。よく公爵邸に遊びに来ていた気がする。まさか、ライバルになるなんて思ってなかったんじゃない? ジゼルは、王太子殿下の婚約者の座に固執していないでしょ?」
「そうよ。でも、家のため……けど、もう疲れちゃったわ」
「父上の期待……僕は父上にとって失敗作だったかもしれないけど、兄上やジゼルは期待されてて。その重圧とか、責任とか、家を背負うとか……僕にわからない。でも、近くで見てきたから、ジゼルの頑張りとか苦労とか他の人よりちょっとわかってるつもり」
小さい頃はよく守ってもらっていたけれど、彼女が学園に行ってからはめっきり接点がなくなってしまった気がする。それでも、彼女は今でも僕のことをかわいい弟だって接してくれる。
彼女の笑顔の裏にあるもの、僕はそれを知りたかった。
「この間、レリアにぶつかったのは私よ。でも、誰かに引っ張られたような気がしたの」
「魔法……身体を操る魔法?」
「かもしれないわね。それで、レリアに衝突してしまって。まさか、あそこで王太子殿下が助けに入るなてそれは予想外だったわ。おかげで、私は婚約者候補争いに負けて嫉妬に狂った女扱い。まあ、いいのだけど」
問題は――と、ジゼルは区切る。
どうやら、突き落とされる以前からここ最近レリア嬢の様子がおかしかったという。時折見せる怯えたような表情に違和感を覚えたのだとか。また、自分を避けるような態度をとり、不信感が募っていったのだそうだ。
「それと、あの子……首より下を見せないのよ。ここ最近暑いでしょう? もちろん、淑女だから肌を露出するのは品性にかける行為なのだけど。考え過ぎかしら」
「……レリア嬢も、今度のパーティーに出席するんだよね。隙を見て確認することはできると思う」
「あまり目立った行動はしちゃダメよ。シリルだって狙われているんだから」
「僕は魔法で自分の身を守れるよ……そ、それに、ディオン殿下もいる」
「あら、いつから殿下はシリルの盾になったのかしら」
「違うよ! きょ、協力してお互いの背中は守るみたいな。うぅ、あの人一人いれば十分な気がするけど」
でも、あの人だって一度隙を突かれて階段から突き落とされているんだ。僕がいなかったら大けがを負っていたかもしれない。
「とにかく私はレリアの無実を証明したいの。黒幕がいるって言っていたけど、彼女の意志で従っていたんじゃないって証拠が必要だから」
「ジゼルにとってレリア嬢は……ううん、なんでもない」
一通り話してくれたジゼルはすっきりした顔をしていた。そして、必ずや犯人を突き止めるという強い意志が瞳に宿っていた。
レリア嬢が黒幕荷利用されている可能性は十分にあり得る。だが、証拠がなければただの共犯。僕もパーティーでなにかしらの証拠を掴めるよう準備をしようと思う。
ワン、ツーとステップを踏んでいると、珍しく間違えたジゼルが僕の足を踏む。ギュッと強く踏まれたので思わず、マンドラゴラが引き抜かれたようなだみ声をあげてしまった。




