04 夕日差し込む放課後
昼食を満足にとれなかったせいで、午後の授業は空腹でお腹が鳴っていた。
殿下は昼休みの終わりに現れた王宮からの使者の伝言を聞き、午後の授業は早退し王宮のほうへ戻ってしまった。彼は去り際、僕にも早退し公爵家に帰るよう促したが、今日が終わればどうせ実家に帰る予定だったので午後の授業も受けることに決めた。
夕日のオレンジ色が差し込む放課後。
寮で荷物をまとめ、軽いトランクを持ち上げる。寮の部屋は僕がきてから少しだけものが増えた。簡易的な魔道具のキットや、手乗りサイズのサボテンなどが置いてある。でも、元の部屋の持ち主である殿下の香りが強く、ここが彼の部屋であることを主張していた。
休み時間にジゼルの教室を覗いたが、彼女は一足先に早退して帰ってしまったようだ。
レリア嬢はジゼルのデビュタントよりも前からの知り合いで、僕の記憶には薄いが幼なじみだったことを思い出した。よくジゼルとレリア嬢は一緒にいたらしく、彼女たちは旧知の仲だったのだとか。でも今は、皇太子の婚約者候補というライバルで、ジゼルはその争いに負けて……。
正直レリア嬢がなにを考えているのかもわからない。
殿下から教えてもらった新たな情報を基にすると、レリア嬢は黒幕に利用されている可能性は高い。ジゼルを突き落とした犯人がレリア嬢で確定として、彼女の意志によるものなのか、揺すられたから仕方がなかったのか気になる。ジゼルが彼女を庇うということは、レリア嬢の行動は彼女の意志でないようにも思う。
殿下と僕を突き落としたのも彼女なのか? 殿下の女性にしては力強かったが、手が男性のように大きかったわけでもなかったという発言もいまだに引っかかっている。
とにかく黒幕は、王家に対して何かしらの恨みを持ち、内側から王家を崩壊させ、その隙に隣国に攻めさせようとしているのではないか。
「……ディオン殿下、不安そうだったな」
最愛の兄も狙われている可能性が高いし、それ以上に彼は僕のことを気にしていた。
あの日僕たちは偶然出会い、そして半場強制的な利害の一致で協力関係となった。でも、ディオン殿下は巻き込んでしまったことを後悔しているようだ。最も僕は父上に言われて犯人を捜すことになったので彼のせいじゃない。ただ偶然たまたま彼がそこにいただけだ。
それに僕が被害に遭ったのは図書館に行こうとして三階から突き落とされたことだけ。魔法でどうにかなったし、殿下がいなくても対処はできた。犯人も意外と単調だ。しかし、単純なことばかりしているように油断させ、なにか仕掛けてくる可能性だってある。気は抜けない。
持ち物をまとめ終わったので部屋を出る。
扉に鍵をかけ、ふぅと息をついたところで「シリル」と名前を呼ばれた。
「でん……リュシアン……さん」
「ディオンと間違えたのか? やめてくれ。あんなやつと間違えるなんて、君も酷い人だ」
「……僕の部屋の前で待ち伏せしてなにか用でもありましたか」
思わず殿下が戻ってきたのだと思って嬉しくなってしまったが、そこにいたのはリュシアンだった。この間のように金魚の糞のティボーはいない。
彼がどうしてまた……暗い廊下の上げに飲まれた彼は、ターコイズブルーの瞳を怪しく輝かせていた。
「ちょうど部屋の前を通りかかったんだ。そしたら中から君が出てくる音が聞こえたから」
嘘だ。寮の部屋は特殊な素材で作られており防音設備が備わっている。そんな大層な音を出したわけじゃないのに気付くわけがない。待ち伏せしていたに決まっている。
「どうしてそこまで俺を警戒するんだ。ディオンに何か言われたのか?」
「ま、まあそんなところです。けど、そもそも僕、引きこもりで人見知りなので」
「昼間は大変だったようだね。君の双子の姉ジゼル・アルヴェス公爵令嬢のことだよ」
「見ていたんですか?」
「食堂にいたからね。二人は王太子殿下の婚約者候補を争っていたライバルだった。選ばれなかったほうが嫉妬して八つ当たりする気持ちもよく分かる」
「……ジゼルはそんなんじゃないです。リュシアンさん、ヴェルソー侯爵家は他国との貿易に力を入れていますよね」
「それがどうかしたかな?」
ヴェルソー侯爵家は他国との貿易を盛んに行っており、それによる利益で潤っている家だ。他国、つまり隣国との関りもある。だから、変な動きをすれば真っ先に疑われるし、リスクを考えられない家だとも思えない。なのに、不穏な動きがあったという報告が入っているということはわざと目立たせ、その裏でこそこそなにかをしている黒幕、あるいは家がいるということ。
貿易系ならビュット伯爵家の船も他国に売り出す予定らしい。ルメルシエ公爵家はアルヴェス公爵家と対極の位置に存在しており、彼の家も国境の警備を任されている。
今回問題となっている怪しい動きをしている隣国は、どちらかと言えばアルヴェス公爵家の領地に近い位置に存在している。ルメルシエ公爵家とは程遠い。
疑われるのは、どちらかと言えばアルヴェス公爵家じゃないか?
考えを整理していくと、黒幕はアルヴェス公爵家もろとも潰そうとしている可能性が少し出てきた。いや、こちらにすべての罪をなすりつける気かも知れない。
これは僕の推測になるが、一旦殿下に話したほうがいいだろう。もしかすると、彼はもう気づいているのかもしれないけど。だからあんな顔を――
「すみません、なんでもありませんでした。僕このまま家に帰るので」
行く手を阻まれる前に逃げ出そう、と彼の横を通り抜ける。その最中、彼がぼそりと何かを呟いた。
「ああ、また。王宮で開かれるパーティーで」
僕は怖くて振り返ることができず、光の指すほうへトランクを両手に走った。




