03 黒幕の影
「ジゼル、大丈夫! しっかりして」
「……シリル、声が大きいわ。周りの人の目を集めるわ」
突然倒れたジゼルの肩を抱き、声をかける。
ジゼルは気を失ったわけではなく、心労からしばらくの間放心状態になっていたようだ。彼女はすぐに正気に戻り、しっと静かにするように忠告する。
王太子の一言で、みな食事を再開したが、こちらが気になる人はまだ一定数いるようだ。あれだけ大きな騒ぎを起こせばなおのこと注目が集まるのは仕方がない。
「なにがあったの?」
「場所を変えましょう。それから話すわ」
淡々と話すジゼルに引っかかりを感じる。焦りのようなものも伝わってき、僕にも不安が乗り移る。
彼女が聞かないでくれというのならそのつもりでいるのだが、それが本当に正しい選択なのだろうか。
「シリル……とアルヴェス公爵令嬢」
「殿下っ」
「あら、私のことはおまけなの。ディオン殿下」
少し遅れて駆け付けた殿下は、僕とジゼルを交互に見る。
先ほどの一部始終を見ていただろうから、大体のことは把握しているのだろう。速やかに場所を移動することとなり、三人とも空き教室に身を隠す。
外から中の様子が見えないように防音魔法と遮断魔法をかけ、裁判でも行われるような配置で座るジゼルと殿下の元へ戻った。
「シリル、ありがとう」
「お礼はいいよ。ジゼルはまだ狙われている身かもしれないし」
「……それはどうかしら。ディオン殿下、レリアは王太子殿下の婚約者に決まったの?」
彼女は開口一番殿下に質問を投げた。
先ほどオスカー殿下が駆け付け、レリア嬢を甲斐甲斐しく介抱したところを見ると、すでに彼らはそういう関係なのではないかと思っても仕方がない。実際に、最近も二人で登校してくる光景を目にするし、単にオスカー殿下が優しい……だけでは少々説得力に欠ける気がする。
殿下に確認したのは、彼が王室の人間でそういった事情に詳しいからだろう。まだ公にしていないだけで、すでにレリア嬢がオスカー殿下の婚約者になった可能性もある。だが、そうなってくると公表しない理由はなんだ。
ジゼルはオスカー殿下の婚約者になることを望んでいるのだろうか。もちろん、公爵家としてはこれとない快挙だろう。さらに王室との結びつきが強くなる。ただ一方で、力を持ちすぎだと周りから目の敵にされる可能性だってある。
「いや、そのような話は聞いていない。兄上から彼女に対しての好意も強く感じられないしな。それに、ヴェルソー侯爵家は今不穏な動きをしている報告が上がってきている」
「侯爵家がですか?」
僕が声をあげれば、ジゼルの肩がブワッと上に動いた。
しかし、すぐに冷静さを取り戻し髪にかかっていたベビーピンクの髪を払いのける。
「同時に我が国と折り合いの悪い隣国の動きもあってだな」
「ヴェルソー侯爵家が関与していると?」
「いや、むしろヴェルソー侯爵家を囮にその陰で動いている家があるのではないかと見ているんだ」
「つまり、黒幕がいると……もしかして、ジゼルや殿下を突き落としたのもその黒幕だと?」
「可能性は捨てきれない。ただ、黒幕は実行犯ではなく裏で手を引いているだけだろう。ヴェルソー侯爵家は何か揺すられているのかもしれない。とにかく、要注意ということだ。だが、早急に黒幕やそれにつながる手掛かりを掴まなければならない。今度王宮でパーティーが行われるが、主要貴族のほとんどを呼んでいる。欠席者はいなかった」
王宮のパーティーについては公爵家にも手紙が来ていた。
そもそも、王室からの招待状を蹴るのは難しいし、王室の没落を狙っているというのならそのパーティーで仕掛けてくるだろう。ハイリスクハイリターン……でも、犯人を捕まえるにはかなり効果的な方法にも思えた。
黒幕がのこのこ出てきて引っかかるとは思わないが、少なくともその尻尾は掴みたいところ。
つまり殿下は、犯人がジゼルを突き落としたのは王太子である候補を一人でも減らすためであり、レリア嬢を王太子の婚約者にして王室とのつながりを作り、最終的には王太子を殺そうとしているのではないかと推理しているんじゃないだろうか。
黒幕からしてみれば、ジゼルがすぐに回復したのも予想外だし、ジゼルの倒れていた現場を発見したのが殿下で、殿下をしとめそこなったのも予想外のことだと。計画の邪魔になった僕を消そうとするのも筋が通る話だ。
「レリアは利用されているっていうの?」
それまで口を閉ざしていたジゼルが弱々しく尋ねる。
「可能性があるという話だ。何で揺すられているかは分からないし、彼女が自ら協力している可能性もある」
「バカ言わないで」
キンと高い声が教室にこだまする。
ジゼルはハッと我に返ったが、発言を撤回するつもりはないらしい。
「レリアはそんなことしないわ。黒幕が彼女のことをいいように利用しているんだわ!!」
「ジゼル……!!」
椅子を倒した彼女はそのまま教室を出て行ってしまった。
ジゼルは、レリア嬢が自分を突き落とした犯人だと知っている。それを未だに話さないということは、彼女自身も初めからレリア嬢の裏に誰かいるのに気付いていたからだろう。
ジゼルがあんなに感情的になるなんて初めてだ。
「追いかけなくていいのか?」
「……今何を言っても無駄だと思います。それに、黒幕がレリア嬢と王太子殿下をくっつけられたと思っているなら、もうジゼルを突け狙う必要はないでしょうし。あ、えっと……殿下は悪くないですよ。さっきの推理お見事でした」
「まだ分からないことが多いがな……シリルこそ大丈夫か?」
「僕? なんでですか?」
「……この件に関わり続けているからだ。王族を没落を狙ったものであったとしても……俺の側にいると危険が付きまとうだろ」
首を傾げた僕に近づき、そっと頬を撫でる。その瞳は寂しく揺れており、彼の手のひらから不安が伝わってくるようだった。




