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買いかぶらないでください氷狼殿下、僕はただの胃弱引きこもり公爵令息です!!  作者: 兎束作哉
第5章 引きこもり公爵令息の充実した学園生活

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02 一瞬の出来事

 食堂も試験結果に一喜一憂する人であふれていた。


 殿下の距離が近づいたのはもう慣れたとして、相変わらず僕たちに話しかけてくる人はいなかった。

 殿下が王太子殿下のためにわざと悪役ムーブをしていることもあって、人が寄ってきそうな場面ではあの氷の狼を出現させ人払いをしている。この狼たちは全然怖い子たちじゃなくて、頭を撫でられるのが好きな子と、顎の下を撫でられるのが好きな子と性格が違ってかわいい。殿下は名前を付けていないらしいが、先ほど道中で近日中に名前を付けないかと僕から提案してみた。


「そうだ。殿下に渡したいものがあったんです」


 かぼちゃの冷製スープを食べていた手を止め、胸ポケットから小さな袋を取り出す。


「なんだこれは」

「開けてみてください」

「……胃薬でも入っているのか」

「殿下には必要ないでしょ。いらないなら返してくれてもいいです」


 要らないとは言っていない、と口を尖らせ袋を開ける。小さな袋から取り出されたのは彼の髪色と似た銀色のリングだった。

 実はオーダーメイドでリング状の魔道具を作ってもらったのだ。殿下はその強い魔力から身体が冷たい。これをつけることで、体温や魔力の巡りをよくする効果があるのだ。

 ぺらぺらと説明をすれば、殿下の顔が次第に柔らかくなっていくのが見えた。


「どの指にはめればいいんだ?」

「右手の人差し指ですね。あ、僕がつけます」


 一旦殿下の手から僕の手に渡ったリングを、そっと彼の手を取ってはめてみる。サイズは思った通りばっちりだった。


「なぜ、お前が俺のサイズを知っているんだ」

「え? ああ、殿下の手に触れる機会が多かったので。僕、測量好きなんですよね。魔法研究時の必須スキルですから」

「そう何度も触れただろうか? ……感謝する。大切に使わせてもらう」


 殿下は食堂のシャンデリアにリングをかざした。きらりと彼の右手の人差し指でリングが煌めく。

 これで少しは殿下の魔力が循環すればいいのだが、彼の有り余る魔力に魔道具が耐えられるかが問題である。丹精込めて作ったもので、僕も制作に関わっているためまず大丈夫だと思う。


「まさかプレゼントをもらえるとは思っていなかった」

「誕生日に貰ったりしないんですか?」

「兄以外からもらったことはない。他人からのプレゼントはこれが初めてだ……シリル、お前の指にもあうリングを今度贈ってやろう。だから、十本すべてあけとくんだぞ」


 トンと、彼は左手を指した。

 僕は研究する際に邪魔になるから要らないんだけど……そう思っていると、パリン!! と陶器が割れるけたたましい音が響いた。

 反射的に振り向けば、見慣れたベビーピンク色の髪とシアン色の髪の少女が顔を突き合わせて睨みあっている光景が飛び込んできた。


「ジゼル……?」


 そこにいたのはまごうことなき姉・ジゼルで、彼女の対極にいるのはレリア嬢だった。

 騒ぎを聞きつけやじ馬が集まってくる。

 あっという間に食堂全体に険悪な空気が広がり、一触即発のピリ付いた空気に代わる。


「アルヴェス公爵令嬢か?」

「はい。それと、レリア嬢が……」


 目を凝らしてみれば、レリア嬢の制服がスープで汚れているのが見えた。足元には二人分の食器が散乱している。ぶつかったのはジゼルのほうだろうか。

 不注意――でも、ジゼルがそんなへまをするわけがない。

 ガタッと椅子を下げて立ち上がり、人の波をかき分けて騒ぎの中心へと躍り出る。


「ジゼル!!」

「シリル? どうして……」


 ジゼルは目を吊り上げていたが、僕に気づくとペリドットの瞳を丸くした。

 何があったのかと問えば、彼女はあからさまに視線を逸らした。

 僕らをぐるりと囲むように人だかりができている。そして、こそこそと「わざとジゼル嬢がぶつかったんじゃ」、「ほら、王太子殿下の婚約者候補だったけど選ばれなかったから」、「まさか腹いせ?」とあちこちから聞こえてくる。なぜかジゼルが悪者扱いされており、同時にレリア嬢を気遣う声が飛び交った。

 食器の位置や彼女の服を見る限り、ジゼルのほうがぶつかったように見える。だが、本当にそうなのだろうか?

 血縁者だから庇っているというわけではない。なにか様子がおかしいのだ。

 ジゼルの顔は俯いていることもあってよく見えない。ただその手はふるふると震えていた。


「なにがあったんだ」


 周囲のどよめきを一掃するような凛とした声が響く。

 やじ馬たちがモーセのように左右に別れたかと思えば、眩い銀髪の王子が現れる。


 王太子――オスカー・オラージュ殿下だ。


 彼はあたりを見渡し状況を瞬時に理解すると、サッと羽織っていた制服を脱ぎ、レリア嬢にかけた。


「ヴェルソー侯爵令嬢、このままでは服がシミになってしまう。それにやけどをしているかもしれない。一旦保健室に行こう。みなはいつも通り昼食をとってくれ」


 オスカー王太子殿下が一言言うと、みな魔法にでもかかったように散り散りになっていく。

 オスカー殿下に肩を抱かれながらレリア嬢は食堂の出入り口に消えていった。それは一瞬の出来事のようにも感じ、気が付くとみな何事もなかったかのように食事ととり始めていた。

 夢でも見ていたのだろうか。ぼーっと状況が理解できずにいると、隣からトサッと軽い音が聞こえる。


「……ジ、ジゼル!!」


 ジゼルは額に手を当てその場にしゃがみこんでいた。


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