05 貴方と並ぶならこれくらい
「はあ、はあ……」
射場に響くのは僕の絶え絶えの息遣い。額から汗が滲み、顎を伝って落ちていく。
すでに的の近くには数えきれないほどの矢が突き刺さっているが、肝心の的には一本も命中していない。これじゃ、二日目の実技試験は完璧に落ちた。
もう一回、と矢をとると、後ろでジャリッと靴の裏で砂利をする音が聞こえた。
「練習しているのか?」
「ディオン殿下?」
振り返ればそこにいたのはディオン殿下だった。僕の姿と、無残に地面に突き刺さった矢を見て、はぁ……と小さなため息をつく。
「寮にいないと思えば、ここにいたのか」
彼はそう言いながら近づいてきたが、心なしか息が上がっているように見えた。僕と同じく汗をかいているのか、額が光っている気がする。
もしかして、僕を探して校内を歩き回っていたというのだろうか。
なにも告げずにここに来たが、寮が閉まる前には戻るつもりだった。ただ、僕には前科があるし殿下が心配する気持ちも分かる。
目の前までやってきた彼は、もう一度僕と的を交互に見た。殿下は剣術で試験を受けると聞いた。僕は重いものを振り回せる筋力と体力がないため、比較的軽い弓術を選ぶしかなかった。とはいっても弓も重さがあり、弦を引くにも力がいる。一朝一夕で身に着けられるものではない。
「試験免除はしてもらえないそうだな」
「はい。編入したばかりですけど、在籍している以上は学園のルールに従って」
「珍しいな、お前が頑張るなんて。以前までは中退するなどほざいていた気がするのだが」
「そう、ですけど……」
気が変わったというか、もう少しここにいたいと思ったのだ。
それにまだ、ジゼルと殿下を突き落とした真犯人を捕まえることができていない。しかも、僕も被害に遭っている。最初の事件に関わった人が徐々に被害に遭っているため、愉快犯でないことは確かだが、このまま放っておくこともできない。
視線を下に落とし、軽く結んでいた唇をほどく。
「僕は、貴方のように努力できる秀才じゃないです。魔法の才能があっても、それを人のために使おうとか考えてきませんでした。これといった目標を持たず生きてきた。でも、貴方は違う」
この人は、王太子のために自分が嫌われ役になり、彼しか次の国王にふさわしい人間はいないと兄の地位を固めようとしている。また、兄のためという明確な目標を持ち、犯人を捜そうとしているのだ。
周りのみんなは彼のことを知らない。彼が流した噂を鵜呑みにして、彼を敬遠し、恐怖し、避けている。
本当の彼は努力できる秀才で、その氷の魔法だって使いようによってはいかようにも人を助けられる素晴らしい才能を持っているのに。
この人の本当の優しさを知っている人間は片手で数えられるくらいしかいないんじゃないか。それがすごくもったいなく思うのだ。同時に、僕に優しくしてくれて助けてくれて、ちょっと頼りにしてくれるこの人の役に立ちたいと初めて心の底から思った。
殿下は随分と僕の才能を買いかぶっているようだけど、ならばそれに恥じない人間になりたいと思ったのだ。
「貴方の隣にいる以上はもっと努力して、胸を張って隣にいられる人間になりたいって、自立しなきゃって思ったんです」
「どうしてそこまで……いや、なんでもない。練習に付き合ってやる」
「え? いいんですか。殿下も試験の勉強が」
「お前の練習に付き合えるほどの余裕はある。ほら構えてみろ」
殿下に言われるまま弓を構えると「違う」と言って後ろから抱きしめられるように手が添えられる。
「こ、これじゃできません」
「できる。顎を引け。ちゃんと前を見ろ。感覚が大事だ。そして、成功体験が何よりも重要だ」
低い低音ボイスが耳をくすぐる。唇が耳元のすぐ近くにあるんじゃないかと思うくらい、はっきりと息遣いが聞こえた。
集中するどころか心拍数が上がっていく。だが、せっかく練習に付きあってくれるんだ。彼の時間を無駄にしないためにも、ここでしっかり学ばなければ。
「そうだ。先ほど見ていたが、弓を射るとき目を瞑っていただろ。あれじゃ当たるものも当たらない。しっかり見ろ」
「は、はい……っ」
大きな手が僕の手を包む。照準を合わせ、弦を引く。刹那、風が止み、矢が的にあたる想像が頭の中をよぎる。
今だ――矢が手を離れ、的一直線に進んでいく。矢は見事真ん中に命中し、追い風が僕と殿下の髪を揺らした。
スパンと気持ちよくど真ん中に突き刺さった。
「……やった」
「今の感覚だ。分かったな?」
「はい。し、試験までに何度も練習します」
「俺が教えたんだ。落ちるなよ」
「すごい自信……でも、ご期待に添えるような結果を出すので、殿下大船に乗った気持ちでいてください」
「お前こそどこからそんな自信が出てくるんだ。さっさと片付けて帰るぞ」
何事もなかったように、殿下は僕から離れる。
僕は二人で放った矢を見つめ、それから殿下のほうを見た。彼の銀色の髪の隙間から、真っ赤な耳がちらりと覗く。瞬きすれば、また彼の耳は銀のカーテンに隠れてしまい見えなかった。今、殿下がどんな顔をしているのか気になり、僕は速攻で片づけを済ませ、彼の後を追いかけた。




