03 これが噂の悪役令息ってやつ!!
食堂は賑わしいが、その賑わしさが気にならないほどに殿下が近かった。
「近い、近いですってば。殿下」
「近くない。いつも寝ているときはこれくらいの距離だろ」
言われてみれば確かに。
だが、そういうことではなく人目のつくところではやめてほしい。朝はあれだけつんけんしていたのにどういった風の吹き回しだろうか。
「もう拗ねてたのいいんですか」
「……朝は、見苦しかったな」
「ふーん、認めるんですね」
とろみのついたコーンスープをひとさじすくい、ふーふーと冷ましたあと口へ運ぶ。程よい甘さが口に広がり、クルトンのサクッと香ばしい触感に思わず笑みがこぼれる。公爵家のシェフに負けず劣らず、プリムヴェール学園の食事は美味しい。
今朝、殿下はモリスと顔を合わせたとき、あからさまに不機嫌になって僕を置いていった。そのあとも機嫌が直らず午前の授業を終えたのだが、僕がリュシアンに絡まれていたところ颯爽と現れて助けてくれた。そして現在に至るのだが、彼の行動の読めなささに頭が痛くなっていた。
全学年共用のスペースなのに、殿下は僕を机の端まで追いやってぴったりとくっついて座っている。だから僕が従者になったなんていう噂が広がったんだ。
「でも、さっきはありがとうございました。助けてくれて」
「あの日守るといっただろ。まだ犯人が捕まったわけじゃない。安全とは程遠いだろう」
「リュシアン・ルメルシエ……は、危険なんですか」
僕の言葉に殿下は目を見開くと、そのあとスッと細めた。
彼の父は現国王の弟であり、王位継承争いに敗れ今の地位についたとされている。どうにも、国王陛下と王弟殿下は折り合いが悪く、今でも王弟殿下――ルメルシエ公爵は、国王の政治に対して議会で詰め寄っているらしい。もちろん、その子どもにあたるリュシアンは王太子やディオン殿下と仲良くするなと言われているだろうし、先ほど感じた敵意は明らかに殿下に向けられていた。彼らの仲の悪さ……もしかしたら一方的かもしれないが、リュシアンとディオン殿下の間に何かあるということは一目でわかることだ。
殿下も国王になれと重圧をかけてきた側妃に、自分を目の敵にしてくる従兄に落ち着かないだろう。人間不信になる気持ちも納得な理由がそこにあった。
「別に腐れ縁だ。だが、注意したことに越したことはない。お前に興味があったようだしな……社交界ではカリスマ公子などと呼ばれているが、あいつはほとんどの人間を見下している。品定めし、使えるかそうでないか、身分などを理由に挙げ陰で笑っているような陰湿なやつだ」
「ず、ずいぶんと詳しいんですね……俗にいう悪役令息ってやつですか」
「なんだ、その悪役……とは?」
「最近巷で話題の本に出てくる悪さをするこざかしい令息のことを言うらしいです。ジゼルが好んで読んでいるロマンス小説に出てくると」
「アルヴェス公爵令嬢がか……そういう俗っぽいものも読むのか」
「秘密ですよ。一応、ジゼルは表向きは完璧な淑女なんですから。ああいうのは、こそっと陰で楽しむものなんです」
よくわからないが、と殿下は難しそうな顔をする。
僕も実のところよく知らない。ただ、リュシアンの話を聞いていると少々面倒なやつという印象を受けた。カリスマ的存在だと崇められている一方で、本人は他者を見下す癖があると。先ほど値踏みされたような目を向けられたが間違いじゃなかったようだ。
最も、僕は他人の評価なんて気にしないからいいが、自分を笑ってくるやつに利用されるのは嫌だ。
コーンスープを飲み干し、ふぅと息をついたところでふと視界の端にリュシアンの姿が映った。黄金をまぶしたような髪だからどこにいても目立つ。そして、その横にはシアン色の美しい髪の少女が立っていた。
「……あれって」
「シリル、どうかしたか?」
「ほら、あれ……あ、れ?」
「なにもないじゃないか。なんだ。また珍しい鳥でもいたか」
確かに、レリア嬢がリュシアンの隣にいたはずなのだが、一瞬のうちに席を立ったのか見失ってしまった。
彼女たちは同じクラスだったのだろうか。ジゼルとレリア嬢はクラスが違うのは聞いている。この学年は三クラスあるので、レリア嬢とリュシアンが同じクラスでもなんの不思議もない。ただ、妙な胸騒ぎがするのだ。
人であふれかえっている食堂で彼らを再び探すのは難しい。単に、高位貴族同士世間話でもしていたんじゃないか。それとも、試験の話を――
「そうだ、試験!!」
いきなり僕が声をあげたので、殿下がビクッと肩を大きく揺らす。
「殿下、僕、このままじゃ留年しちゃいます!!」
「試験……ああ、さっきも言っていたな。なにがダメなんだ。お前は勉強は得意だろ。座学ではシリルに軍配が上がるかもしれない。それこそ、リュシアンも抑えてトップに躍り出るかもな」
「別に殿下と点数を競ったりしませんよ! というか、買いかぶりすぎです。そうじゃなくて、実技科目!! 僕、剣術も槍術も弓術も全部無理ですって!!」
引きこもっていたから身体を動かすのは苦手だ。しかも、試験で魔法を使ったらその時点で留年が決定する。
泣きつく僕に、殿下は何とも言えない表情を向け「落ち着け」と鼻の頭をきゅっと摘まんだのだった。




