05 殿下の心
ディオン・オラージュ第二王子殿下は、プライドの高い側妃から生まれた王太子の腹違いの弟だ。
側妃は結婚が決まる前、現在の正妃と現国王の婚約者候補として争っていた。最終的に正妃が選ばれ、側妃は甘んじてその座についた。
しかし、側妃の座についてからというもの自分の子どもを次の王の座につかせようとディオン殿下にスパルタ教育を施した。優秀であれば第二王子であっても、先代の国王が第二王子ながらもその座についたように国王の座につくことができる。
だが、あまりに完璧すぎる王太子を前にディオン殿下は二番手の烙印を押された。何をやっても王太子の劣化でしかない彼は、その類まれな氷の魔法ですら王太子の炎の魔法に及ばない。
次第に、ディオン殿下に期待する人は減っていき側妃は嫉妬に飲まれていった。
ディオン殿下は、幼いころかそんな側妃と彼女の息のかかった侍従たちに育てられ、王太子は敵なのだとすり込まされ続けてきた。
ディオン殿下も最初こそ、自分が成果を出せば側妃が認めてくれると努力したが、自分を見ていないことに気づいたらしい。
誰にも期待されなくなった彼は心を閉ざしていった。
だが、彼にも転機が訪れる。
ある日、ディオン殿下が木に登っていたとき謝って足を滑らせ落ちてしまった。そのとき王太子はディオン殿下を受け止めてくれたらしいのだ。ただ、彼の足には擦り傷があり、ディオン殿下は自分のせいで彼を傷つけてしまったと不快自責の念に駆られたらしい。
しかし、自分の傷よりも王太子はディオン殿下のことを優先し「大丈夫?」と優しい声をかけてくれたというのだ。
初めて人の温もりに触れた。
それから、ディオン殿下は自分に優しくしてくれる、剣術や魔法を教えてくれる王太子に心を開いていった。同時に側妃は彼への関心をなくしていったが、ディオン殿下にとってそれはもうどうでもいいことだった。
彼の世界の中心は敵だとすり込まされ続けてきた王太子に代わっていき、いつしかこの人の役に立ちたいと子どもならがらに強く決意したのだとか。
ディオン殿下は一人で生きる術を叩きこまれていたが、実際は一人で生きるなんていうのは不可能で、人は孤独に耐えられなくなると壊れてしまうことを知った。
自分は壊れる前に王太子に救われたのだと。
「……前にも温室で言った通りだ。お前も、類まれな魔法の才能があるが結局は一人じゃ生きていけないだろう。俺にとっての光が兄上であるように、お前にとっての光は姉である彼女なんじゃないのか?」
指を組み替えながらそう言った殿下はほんの少しだけこちらに視線を向けた。
どこか雰囲気やまとう空気が似ていると思っていた。
僕も、由緒正しい公爵家の次男に生まれ期待されてきた。ずっと人見知りでデビュタントでは失敗し屋敷に泣き帰り、魔法の才能が開花してからは勉強そっちのけで魔法の特訓に励んで周りが見えなかった。見かねた父上は、なんでもそつなくこなす兄とジゼルばかりをかまうようになった。
別に寂しくなかった。でも、兄とジゼルと比べて文句を言われるのだけは辛かった。
そんな僕に双子の姉であるジゼルだけが優しくしてくれた。
僕と違ってなんでもできるのに、威張ることもなく、僕に魔法を教えてと言ってくれたし、研究の成果を一番に喜んでくれた。今だってそうだ。彼女の存在に僕は救われていたし、ジゼルがいなかったら家を出ていたかもしれない。
殿下と僕は似ている。殿下はそれを瞬時に感じ取ったのだろう。そして、似ている僕に信頼を寄せ、うちに閉じ込めていた心を話してくれた。
孤独は辛い。
僕も本当は誰かに分かってもらいたかったのかもしれない。けど、誰にも理解されないと内側に籠っていた。
「けど、僕は殿下ほど強くないですよ」
「強いか、強くないかはどうでもいいだろう。鍛錬を積めば強くなる」
「いや、心の話です」
「……似ていると思った……だから、目が離せない。自分と重ねてしまうし、心配になる。お前は消えてしまいそうな危うさがある」
大きな背中が小さく見える。
僕は無意識に彼の手に自分の手を重ねていた。殿下はピクリと反応したものの、こちらを向くでもなく黙っていた。
「心配をかけてごめんなさい。それと、話してくれてありがとうございました」
「感謝されることなどしていないだろう」
「い、いえ。これまで殿下のことよくわからなかったので、よくわかって嬉しいというか。殿下のこと怖いって思いますけど、嫌いじゃないですよ。感謝は、その、落下時に受け止めてくれたことです!」
わざと怖く見せているのか、本当に怖いのかは微妙なところだけど。
慌てて付け加えると「わざとらしい」と小言が飛んでくる。そういうところは嫌いだ。
でも、出会ったときから感じていたこの人の優しさ、その根源に触れられた気がしてすっきりした。
僕が先ほど魔法を解除したのは、この人を信頼していたからだろう。絶対に受け止めてくれると確証があったからだ。
殿下はようやくこちらを向き、口をへの字に曲げていた。
「嫌いじゃないか」
「嫌いじゃないです。けど、寝るとき抱きしめるのはちょっと簡便です」
「なぜだ?」
「寝にくいからです。緊張して」
僕がそう言うと、殿下はぷっと噴き出し「シリルのことはいい抱き枕だと思っている」と冗談めかして笑ったのだった。




