04 貴方はどうしてそこまで
「間抜け面って、別に殿下がいなくたって無事に着地できてましたよ……ふぎゃっ!?」
失礼なことを言われたから文句を言い返しただけなのに、ぎゅっと鼻を摘ままれてしまう。
本当にこの人はなんなんだ。
でも、僕もおかしい。この人の助けがなくったって、魔法でどうにかなった。なのに、どうして彼の「魔法を解除しろ」という一言に従ったのだろうか。
「そういう問題じゃないだろ」
「そういう問題なんですよ!! 僕には魔法があって……そりゃ、ちょっとは油断しましたよ。だから、落ちて――犯人は!!」
殿下の登場で忘れていたが、僕を突き落とした犯人がいるはずだ。
僕は殿下の腕の中で顔をあげ、三階の窓を見る。そこには人影らしいものはなくすでに犯人は去った後らしい。
殿下はすぐさま氷の狼たちに追跡するよう指示を出していた。狼たちは主の命令に頷くと、壁を駆け上がり三階の窓から校舎へと侵入する。魔法生物であっても元の動物が追跡に優れた獣ならその特徴をトレースしている。犯人の痕跡か何かが残っていればすぐに見つかるだろう。
ひとまずできることはこれくらいだ。
「殿下、おろしてもらっていいですか」
「ダメだ」
「な、なんで!?」
「このまま寮に戻る。念のため怪我をしていないか確認する必要があるからな」
「そんな過保護な……殿下が受け止めてくれたんですから怪我してませんよ。それに、なんで殿下がここに……今日は公務で一日明けるって」
「なんだ。俺がいなくて寂しかったか?」
「ど、どうしてそうなるんですか!!」
反応するということはそうなんだろ? と、殿下は意地悪げにくつくつと喉を鳴らした。
今日はモリスという友だちができたんだ。殿下がいなくても全然これっぽっちも寂しくなかった。僕が睨み返せば「なんだその顔は」と睨み返される。
そんなふうに言いあっていれば、三階の窓からぴょんと二匹の狼たちが戻ってくる。殿下の周りにシュタッと着地した彼らは、くぅんと収穫なしというように耳を垂れ下げた。
「ダメだったんですか」
「きれいに痕跡が消してあったらしいな。アルヴェス公爵令嬢のときも、俺のときもそうだった。計画的な犯行だな。敵は魔法や隠ぺい工作に長けた人物らしい」
「前途多難ですね……って、このまま寮に戻るんですか?」
出会った当初は、僕と殿下の立場は逆だった。僕が落ちてきた殿下をお姫様抱っこし、僕の腕の中に殿下がいた。でも、今はその反対だ。
殿下は「ああ」と短く返し、立ち上がるとすたすたと寮に向かって歩き出した。この姿を誰かに見られたらとても困る。とくにモリスに見られるのは嫌だ。
サッと頭をかくし身を丸めると「次はなんだ」と機嫌の悪そうな声が降ってくる。
「今日友だちができて。彼にこんな姿見られたくないって……あ、約束!! やっぱり殿下、下ろしてください。図書館で待ち合わせをしてて」
「もうとっくに閉館時間だ。明日朝一で謝ればどうにかなるだろう」
「なんか怒ってます?」
口調がどうも荒々しい。いつも不愛想で冷たい声色をしているが、今日はそこに怒りの感情が乗っている気がする。
僕の訊ね方がまずかったのか、ふいっと視線を逸らされてしまった。舌打ちされなかっただけでもましと思うしかない。
結局お姫様抱っこの状態で寮へ戻り、あの日のように優しくベッドへ下ろされる。そういえばあの日は担がれていたからそれと比べれば丁重に運んでもらえたほうなのか。
公務が終わって学園に戻ってくるのは理解できた。明日からは普通に学生として授業に出ることになるからだ。公務だからと何日も学園を空けていればいくら殿下でも留年してしまう。
殿下は丁寧に僕の身体を調べていた。本当にどこも怪我をしていない。風魔法で空気抵抗をやわらげ、最終的には殿下が受け止めてくれたから怪我なんてするわけがない。
ちらりと彼のほうを見ると、膝がすりむいているのが見えた。僕を受け止める際に足をすったみたいだ。
「殿下、足が……」
「これくらい平気だ。お前は……」
「僕は大丈夫です。殿下が受け止めて下さったので……僕のことよりも先に犯人を追いかけるべきだったんじゃないですか」
「どうせあの状態で追いかけたとしても結果は変わらなかっただろう。本当にどこも打ってないんだな?」
念を押すように聞いてくる彼に首を縦に振ることしかできない。
ジゼルでもここまで過保護じゃない。
不覚をとった僕を叱りつけてもいいのに、どうしてここまでしてくれるのだろうか。
「殿下はなんで僕なんか……」
「なんかじゃないだろう。お前は才能があるのに自己肯定感は地底の底より低いな。お前を見ていると過去の自分を思い出すんだ」
「殿下の過去ですか?」
はあ~と大きなため息をついたあと、殿下はどさりと隣に腰かけた。ベッドのスプリングがギシィと大きな音を立てる。
彼は僕と目を合わせるでもなく天井を仰ぐ。それからぽつりぽつりと話し始めた。
「俺も昔はお前みたいに一人でなんでもできると思い込んでいたし、他者なんてどうでもいいと思っていた」




