03 放課後の襲撃
人気のない廊下は永遠に続いているようで端がみえなかった。
午後最後の授業のあと魔工学の先生に捕まってしまい、モリスとの約束に四十分以上も遅れてしまった。急いで図書館に向かっているが、彼はもう帰ってしまっただろうか。
図書館が開いているのは五時まで。もう数十分もしないうちに閉館時間だ。
図書館で本を探せなくても、モリスには遅れた理由をちゃんと話さなければ。初めてできた友だちに愛想をつかされたら、一生立ち直れなくなって学校へ通えなくなってしまう。
少し走っただけでも息が切れ、壁を伝いながら図書館を目指す。無駄に広いこの学園はどこになにがあるのかいまだによくわかっていない。
引きこもっていたせいか体力はジゼルよりない。以前、身体強化魔法で身体をごまかていたが癖になるからやめろと父上にこっぴどく叱られた。およそ一時間にわたる説教を食らったので、以降身体強化魔法はここぞというときにしか使っていない。
廊下を走っていると、ふと開いている窓に珍しい黄金の鳥が二羽肩を寄せ合っているのが見えた。それはかの有名な星降る夜にしか現れないという貴重な鳥に似ていた。
足を止め、そろりと窓に近づく。鳥たちは僕に気づき小さな黒い双眸をこちらに向けた。だが飛び立つ様子はなく、ジッと様子を窺っている。
「まさか、プリムヴェール学園で研究対象として飼われてるとか? それとも偶然ここに?」
放し飼いにされているとしたらあまりにも不用心だ。この鳥は小さい身体のわりに一日に数百キロ飛べる体力を持っている。そのため、一度逃がしたら捕まえるのは困難だ。
偶然ここに通りかかったとしたらそれは奇跡である。王都のような温暖な気候はあまり好まないから、僕の知っている鳥に似たなにかという可能性もある。しかし、それにしてはあまりにも酷似しすぎているのだ。
人間に対して警戒心がないところを見ると、やはりここで飼われているものなのだろうか。研究のために一羽くらい譲ってほしい。
怖くないよ~と声をかけながら近づき指をスッと差し出す。すると、一羽がちゅ、ちゅんと僕の指にすり寄ってきた。
「あは~かわいい。それにこの黄金の羽根。鳥なのに羊みたいにフワフワしてて――っ!?」
鳥に気をとられていると、誰かがドンと僕の身体を押した。窓の外に上半身が押し出されると、追撃と言わんばかりにばたつかせていた足をグイッと持ち上げられてしまう。あっという間に体勢が崩れ、空中へと投げ出された。
バサバサバサ!! と、鳥たちは落ちていく僕とは違い空へと羽ばたいていく。
ここは三階。頭から落ちているため、このままでは致命傷を負って最悪死ぬ。
慌てて詠唱をし、落下の速度を押さえる。
「『風よ』――!!」
なんとか詠唱は間に合ったものの、身体が羽根のように軽くなり落下の速度が想像以上に軽減されてしまった。とっくに落ちているところを僕はまだ二階と三階あたりをフワフワと漂っている。地面が遠い。
地上に着地できるまでもう少しかかりそうなので、改めて三階を見る。しかし、角度的に落ちてきた窓が開いていることしかわからず、誰が僕を突き落としたのか犯人の姿を見つけることはできなかった。
一人でいるところを確実に狙った犯行だ。
ディオン殿下の言っていた通りになってしまった。
「はあ……」
「――シリル!!」
ため息をつくと、切羽詰まったような声で名前を呼ばれた。下を見れば氷の狼を従えたディオン殿下が走ってくるのが見えた。
「殿下!?」
「なにしてるんだ。魔法、なのか……いい、俺が受け止める。魔法を解除しろ!!」
いきなり現れたかと思えば鼓膜を震わすような怒号が飛んでくる。
僕は従うしかないなと魔法の解除を試みる。でももし、これで僕が怪我をしたらどうしてくれるんだ。
「行きますよ。殿下、落としたら一生恨みますからね」
「お前一人くらい容易に受け止められる」
『解除』と一言唱えれば、僕の身体を包んでいた風が霧散し、とたんに重力に引っ張られ下へ真っ逆さま。
なぜ今、僕は彼の言葉に従ったのだろうか。魔法を解除せずとも時間が経てば安全に降りることができたのに。
いきなり速度が速まったため、怖さから強く目を瞑る。だが、次の瞬間すぽんと少し硬さのある何かに抱き留められる。続けざまに、ズザザザ……と地面をするような音が聞こえた。
「シリル、無事か」
「……でん、か……」
「ほら、しっかり受け止めただろう?」
目を空ければ彼と目が合った。逆光で暗く表情がはっきりしないが、優しいロイヤルブルーが僕を見下ろしているのだけはわかった。
安心しきったその顔に心臓がトクンと脈打つ。
――今のはいったいなんだ?
僕は慌てて胸元をまさぐる。一瞬大きく心臓が打った。落下の衝撃で? それとも別の要因?
「おい」
「ひっ、な、なんですか。ディオン殿下」
「……はあ。その間抜け面なら大丈夫そうだな。まったく、心配をかけて」
殿下は安堵を浮かべながらも同時に心配そうな顔していた。それから、乱れた僕の前髪をフッと横へ払いのけると目を細めたのだった。




