六話「イベント発生」
どうやって未来の姑の宝石箱にこの宝石を戻させよう。そればかりを考えながら、エリザはいつもと違うリボンを胸元に、ジョージを探して祭り会場を歩き回る。いつものようにルイスと一緒にいるのだろうが、全校生徒が校庭に集まっていると、探し出すのは大変だった。
「おや、バートレイ嬢」
「殿下!ごきんげんよう」
人込みからふらりと現れたルイスに声を掛けられ、エリザは慌てて頭を下げる。体に染みついたカーテシーは、ふらつく事すらなかった。
「良い天気で良かったね。お祭り日和だ」
「ええ、本当に。来年も沢山の実りがあると良いですわね」
「そうだね。収穫量は本当に大事だから……」
どこか遠い目をしたルイスは、やれやれと細く溜息を吐く。何かあったのだろうかと疑問を抱いた瞬間、頭の中に収穫量の減少の新聞記事が浮かんだ。何日か前に父が読んでいた新聞の一面にそんな記事があった気がする。
「まあ、今日は小難しい話は抜きにしよう。ジョージを見なかったかい?君を探していたのだけれど」
「いいえ、見ておりません。私も探しているのですけれど……」
困った顔で小首を傾げ、右手で右頬に触れる。エリザがルイスの前でいつもする仕草。自然と出た仕草は、この体に染みついたものなのだろう。
「あ……」
少し離れた場所に、ジョージを見つけた。数名の女子生徒に囲まれ、何かを話しているようで、エリザが視線を向けた事に気付いたルイスは気まずそうな顔をした。
「……女子生徒から人気ですのね」
「ああ……前からああだよ」
名門公爵家の次期当主。次期国王であるルイスとも仲が良く、将来は王宮で働く父の跡を継ぎ、国王となったルイスの側近となる。
見た目も悪くなく、顔は少々怖いが、物腰は柔らかい。
おまけに、婚約者とは不仲。
「成程」
それは人気だ。
腑に落ちてしまった事が悔しいような気もするが、胸の奥には「私という者がありながら」という意味の分からない感情が湧いた。婚約者がありながら、他の男を追いかけ回していた女が何を。
「ジョージ!」
エリザと二人でいる事が気まずいのか、ルイスが声を張りながらジョージに向かって大きく手を振る。王族らしからぬ姿に面食らっているうちに、不機嫌そうな顔のジョージが目の前に立った。
「バートレイ嬢がお前を探していたぞ」
ニヤニヤと揶揄うような顔をして、ルイスはそっとエリザから僅かに距離を取る。
「お手間をおかけし、申し訳ございません」
「いやいや。面白いものが見られたから良しとしよう」
「あら、面白い事がございました?」
「ああ。いつの間にそんなに仲良くなったんだい?」
ちょい、と自身の胸元を指差して微笑むルイスが言う「面白い事」とは、お揃いの生地で作ったタイとリボン。それを飾るお揃いの石の事を言いたいのだろう。
「うふふ、ジョージが選んでくれたのですよ。似合いますか?」
そう言って、エリザはジョージの隣に一歩寄り、可愛らしく小首を傾げて見せた。
「ああ、よく似合っているよ」
ルイスに褒められたせいか、胸に渦巻いていた感情がフッと軽くなる。嬉しい、もっと褒めてほしいという別の感情が湧いてきたが、それは気が付かない事にした。
それよりも、ルイスの後ろに見えるピンクの髪だ。不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回しながら一人で歩いている。
イベント発生チャンスだ。
「殿下、婚約者を少しの間お返しいただいても宜しいでしょうか?護衛の任があるのは理解しているのですけれど……折角のお祭りですから」
「ああ勿論!少しと言わず一日二人で過ごすと良い」
「それは俺が困ります」
「あら、私と二人はお嫌?一日中一人で過ごせとでも?」
わざとらしく「一人」という言葉を強調し、一人で歩いているアイラに視線を向ける。ルイスはそれに気が付いたようで、エリザの視線の先を見た。
「では殿下、失礼いたしますわね」
「おい、くっ付くな」
「とやかく言わない!」
ぐいぐいとジョージの腕を引っ張り、エリザは祭り会場を突き進む。周囲の生徒は時々ぎょっとした顔を向けてくるが、にこやかに「ごきげんよう」と挨拶してやれば、引き攣った笑みを向けられた。
「……何だというんだ」
「しっ」
ルイスから距離を取ったが、完全に姿が見えなくなるまで離れることはしない。ルイスがアイラに声を掛ける姿をしっかりと目に焼きつけながら、エリザは会場のあちこちに設置された軽食やドリンクが置かれているテーブルの一つに陣取った。
「腹が減っていたのなら、一人で食べたら良いだろう」
「この私が一人で?冗談でしょう」
ハンと鼻で笑ったが、実際エリザが完全に一人になる事は滅多にない。学園内には友人が多く、一人でいるとすぐに話しかけられるのだ。
友人という名の、取り巻きたちだが。
「あれはハボット嬢か?最近殿下とよく話すようだが」
「そうね」
「殿下もお嫌ではないようだが……珍しいな。お前があれを見ても黙っているなんて」
「割り込むなんて出来ないわ」
用意されていた焼き菓子を摘まみながら、視線はルイスとアイラから外さない。瞬きをする間すら惜しく、じっと静かに凝視し続けた。
「……結局、殿下を見ているのだな」
「ええ、まあ」
「何なんだ?色合わせをしようと言い出したのはお前だろう」
「ちょっと煩いわよ!」
横でごちゃごちゃと煩いという苛立ちに身を任せ、何も考えずジョージの口に新しい焼き菓子を思い切り突っ込んだ。横から「むぐ」と無様な声が聞こえたが、本当に今は忙しいのだ。
ルイスがアイラに向かって微笑んでいる。不安そうな顔で歩いていたアイラが、楽しそうに笑っている。髪を飾っているリボンを褒められたのだろう。恥ずかしそうに、だが嬉しそうにはにかむアイラの表情が、とても可愛らしかった。
「お前……」
隣から殺気を感じる。
はたとジョージの方を見ると、眉間に深々と皺を寄せ、こちらを睨みつけていた。
「あ……ご、ごめんなさい!私ったらつい……貴方甘いもの苦手よね?すぐお水を……その前に吐き出した方が良いかしら?ハンカチ……」
大慌てでポケットに入れていたハンカチを引っ張り出そうとするのだが、焦っているせいかすぐに出せない。ハンカチは諦めてすぐに飲み物を差し出すべきだろうか。
「違うのよ!わざとじゃないの!」
「……これくらい飲み込める」
ぶすっとした顔でそう言いながら、半分残っていた焼き菓子を口に放り込んだジョージは、自分で水を注いで一気に飲み干した。
「本当にごめんなさい……」
しょんぼりと肩を落として謝ると、そんなエリザの様子をまじまじと観察し、ジョージは腕を組んで溜息を吐いた。
「最近のお前はよく分からん。昔からよく分からんやつだが、最近は更に酷い」
中身が違うのだからそうでしょうとも。そう言ってしまうわけにはいかないが、上手いこと反論する自信も無い。
「以前のお前なら、いくら用意されていたとはいえ、素直にそのリボンを身に付けはしなかっただろう」
「だって、折角貴方が用意してくれたから」
わざわざ母の宝石をくすね、自分の分のついでかもしれないが、婚約者の分まで用意をしてくれた。手間をかけたのだから、身に着けないという選択肢はない。
本当は、今朝の身支度の時に「絶対に嫌よ!」と頭の中のエリザは大暴れをしていたが。
「婚約者が用意したリボンを身に付けながら、視線は相変わらず殿下か」
「それは誤解ではないのだけれど誤解よ!」
「どっちだ」
上手く説明が出来ない。まさかあの二人が推しカプなので、二人のやり取りを見たいだけなんですとは言えない。言ったところで、意味がわからんと一蹴されるだけだろう。
「ねえ、見た?あの編入生……殿下とお揃いのリボン付けてるわ」
「見たわ!白地に金の刺繍のリボンでしょう?」
コソコソと話しているつもりなのか、少々声の大きな女子生徒は、軽蔑するような視線をアイラに向けている。その声はジョージにも聞こえたようで、じっと目を凝らしてアイラの方を見た。
「行きましょう」
「ああ」
スッと腕を組み、エリザとジョージはするすると人波を掻き分けてアイラとルイスの元へ戻る。
エリザは反対の手に焼き菓子を幾つか乗せた皿を持ち、口元をゆったりと緩ませ、機嫌の良い令嬢を演じていた。
「殿下、護衛をお返しに……あら失礼、お話中でしたのね」
「あ……こんにちは、バートレイさん」
「ごきげんようハボットさん。今日は……お一人?」
じろじろとアイラを観察しながら、周囲に視線を走らせる。普段ならエリザが近付いた瞬間キャリーが飛んでくる筈なのだが、どういうわけだか今日は姿が見えない。
「キャリーを探していたのですけれど……見つからなくて」
「私も一人だったから、少しお付き合いいただいたんだ」
「まあ、そうでしたの。ところで殿下、美味しいお菓子を見つけましたの。おひとついかがです?」
ニコニコと微笑みながら、エリザはジョージと腕を組んだままルイスに皿を差し出した。
「いただくよ」
「貴方もいかが?」
そう言って、エリザはジョージから離れてアイラの前に立つ。困り顔でルイスを見たアイラの横顔。後頭部には、ピンクの髪を飾る白地に金のリボンが結ばれていた。
成程、これは騒がれても無理はない。ルイスも刺繍の柄は異なるが、白地に金の刺繍が施されたタイをしているのだから。
「あっ」
「きゃ……!」
小さな悲鳴を上げたのはアイラだった。
一つ菓子を取ろうとした瞬間、エリザの手から皿が落ちたからだ。たっぷりのクリームで飾られた菓子が、アイラの制服をべったりと汚す。
「まあどうしましょう!」
わざとらしく声を上げ、口元を手で覆った。どうしましょうはアイラの台詞なのだろうが、今はとにかくこの場からアイラを退場させたい。
「アイラ!」
「キャリー……」
騒ぎに気が付いたのか、どこからかキャリーが飛び出して来て、アイラとエリザの間に体を割り込ませる。
「また嫌がらせですか!」
「失礼ね、不幸な事故よ」
心底嫌そうな顔をして、貴方も見ていたでしょう?とジョージを見た。別にアイラに皿を投げつけたわけでもなく、ただ足元の窪みに躓いただけだ。
「俺の婚約者は意地の悪い女だが、殿下の前でわざと学友にケーキを投げつけるような事はしない」
「庇うのならもう少しきちんと庇ってほしいわね」
「事故とはいえ、汚したのはお前だろう」
「それはそうなのだけれど……ハボットさん、ごめんなさいね。よろしければ、こちらをお使いになって」
ポケットからハンカチを取り出し、涙を浮かべているアイラに差し出しながら、一歩アイラに近付いた。
「これは私からの忠告です。こういった場ではね、高貴な方々が当日どういった装いをされるかは、調べれば少しは分かることなの。意味のある装いなら特に、ね」
周囲に聞こえないよう声を落とし、なるべくアイラにだけ聞こえるように気を使ったつもりだった。だが、アイラを庇うように立っているキャリーが空気を読んではくれなかった。
「アイラにリボンを勧めたのは私です!きっと似合うと思って……でも、まさか殿下と同じ色になってしまうなんて」
「ええ、ですから少しお調べになられた方が良いとお伝えしているのよ。よくお似合いだとは思うけれどね」
無駄に声を張り上げないでほしいと意味を込めてキャリーを睨みつけるが、どういうわけだかキャリーはひるまない。
それどころか、やけに演技掛った仕草で顔を覆い、さめざめと泣き出したではないか。思わずぎょっとして目を見開くが、キャリーはまだ黙ってくれなかった。
「色が同じだっただけで、ケーキをぶつける方がいらっしゃるなんて思わなかったんです!」
成程、こちらを悪者にしたいのか。
ふむ、と小さく声を漏らした瞬間、エリザの肩を誰かが引いた。ジョージだ。
「先程も言ったが、こいつは確かに意地が悪い。だが、殿下の前で考えも無しにこのような事をする程馬鹿ではない。それに、これ以上この場で騒ぐ事はお勧めしないな」
見てみろと言いたげに、ジョージは周囲に視線を向ける。誰もが騒ぎの成り行きを見守るように、エリザたちを見つめていた。
「……仲が宜しいのですね。人の制服を汚した婚約者を庇うなんて」
数秒前までさめざめと泣いていたくせに、キャリーの目は大きく見開かれ、その目はジョージの胸元を凝視する。
「タイまでお揃いで」
「婚約者が色を合わせるのはおかしな事ではない。何か問題でも?」
「いいえ。少し意外だと思っただけです」
「君にとやかく言われる謂れはない」
「まあまあ、今は揉めるよりもハボット嬢だ。着替えを用意しないとね」
ジョージの眉間の皺が深くなった事に気付いたルイスが、話題を変えようと口を挟む。パンパンと手を叩くと、どこからか学園の世話役が姿を現し、アイラに着替えをしましょうと耳打ちをした。
「あの……失礼します」
ぺこりと頭を下げたアイラは、落ち込んだまま世話役に連れられてこの場を後にする。キャリーも悔しそうな顔をしながらそれを追いかけたが、しっかりとエリザを睨みつけていた。
「お前な、もう少しうまくやれないのか?リボンを外させるだけで良かっただろう」
「咄嗟だったんだもの。たまたまクリームがたっぷりのケーキを手に持っていたし……」
「はあ……面倒な事だ」
やれやれと溜息を吐くと、ジョージは騒ぎになってしまったからとルイスを別の場所に移動させるべくエリザから離れた。
「あとは好きにしろ」
「あ、待って!これ……やっぱりお母様にお返ししなくちゃ」
この後ジョージに会えるかも分からず、返すなら今しかないと思った。もたもたとした手付きでリボンと石を外そうと格闘しているうちに、呆れ顔で溜息を吐いたジョージはするりと自身の首からタイを外す。
「必要は無い。お前の物だ」
外したタイとピンをエリザの手に握らせると、そのままポンと軽く頭を撫でる。
「好きに加工すれば良い」
「え」
「成績上位の褒美とでも思っておけ」
思わず見上げたジョージの顔はとても穏やかで、優しい笑みに言葉が出なかった。口をまごつかせているうちにジョージはルイスと共に人込みへ消え、見守っていたらしい友人たちがススス、とエリザを囲んだ。
「エリザさん、頭!頭を!」
「まあお顔が真っ赤!」
「……何が起きたの?」
「私共にも分かりませんが、素敵な贈り物をいただいているところは拝見いたしましたわ!」
きゃあきゃあと騒ぐ友人たちの声が耳障りだ。
折角推しカプの大事なイベントをこの目で見る事が叶ったというのに、異性に頭を撫でられるというイベントが己に発生した事に頭が追い付かない。
ぎゅっと握りしめたタイは、とても手触りが良かった。




