四話「いちばんに、ならなくちゃ」
自分の立ち位置を忘れてはならない。
自分の役目を忘れてはならない。
自分の目的を忘れてはならない。
何度も、同じ事を自分に言い聞かせた。
エリザ・バートレイは悪役令嬢。この世界は、主人公であるアイラ・ハボットが幸せになる為の世界。
廊下に張り出された成績順位を見つめながら、エリザは細く溜息を吐く。
「やった!凄いわアイラ!十五位!」
「本当に!ありがとうキャリー!貴方のおかげよ!」
きゃあきゃあと甲高い声がする方を見ながら、エリザは静かに目を細めた。
嬉しそうに飛び跳ねながら喜びを分かち合うアイラとキャリーは、エリザが見つめている事にも気が付かない。それで良い。
「随分と賑やかだこと」
カツカツと靴音を響かせ、意地の悪い笑みを浮かべながら二人の元へ歩み寄る。素直に「おめでとう」だとか「頑張ったわね」だとか、アイラを祝福するような事を言ってやれば良いのに、今のエリザはそんな優しい事を言ってやる為に二人に近付いているのではない。
「流石編入試験を突破してきただけのことはありますわね。でも、ここは音楽ホールじゃなくってよ」
要は、「煩い」と文句を付けに来たのだ。
今更こんな事をする必要は無いのだが、本来のゲームシナリオでは、ここがエリザの初登場シーンなのだ。
二十位以内に入れなければ「編入試験を突破してきた方だから優秀だと思っていたのだけれど」と嫌味を言い、入れれば今のように厭味ったらしく「煩い」と口を出しに来る。
何とも、嫌な女だ。
「ご、ごめんなさい……」
「あら、謝る必要はないわ。貴方、やっぱり優秀なのね」
にこにこと顔は笑っているが、エリザの目は鋭くアイラを睨みつける。
胸の奥底から湧き上がる「孤児院出身のくせに」という感情を、そのまま突き刺す様に。
「そんな、私なんて……」
「あら……謙遜のおつもり?まるで、貴方よりも下の成績だった生徒は幼い頃から学んでいても、最近学び始めた方よりも劣ると言っているように聞こえるのだけれど」
何とも無理な言いがかりをつけている自覚はある。悪役になりきるのは難しいのだ。
「そんな!そんな事言ってません!」
「うふふ、冗談よ。貴方が毎日努力していた事は知っていますもの」
「嫌味な方ね。気にしなくて良いわよアイラ。この人、いつも学年上位だから鼻にかけてるだけ」
フンと嫌そうに鼻を鳴らし、キャリーはアイラを庇うように肩を抱きながら歩き出す。エリザの隣を通り過ぎながら、しっかりと睨みつける事も忘れずに。
教室に戻って行く二人から視線を外し、張り出された順位表に目を向ける。
十五位、アイラ・ハボットという表記を見つめ、小さく拳を握りしめた。これで、第一関門は突破できた。シナリオ通りなら、来月末には収穫祭でのルイスイベントが起きる筈。
「順調……」
小さく呟いた声に誰も反応はしない。
五位、エリザ・バートレイという表記に心躍る事はないのに、アイラの名前だけでこんなにも心が躍る。
飛び跳ねて喜びたいのをぐっと堪え、エリザは満足げに微笑んだ。
◆◆◆
一日の授業を終え、担任から受け取ったテストの点と順位を纏められた紙を持ち、エリザはカツカツと高らかに靴音を響かせて廊下を進む。いつも通りピンと背中を伸ばし、口元は少し緊張させながら。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
普段領地の屋敷にいる両親が、珍しく王都の屋敷に来たからだ。学園が王都にある為、生徒の殆どは親と離れ、王都の別邸や親戚の家で暮らしているのだ。エリザは別邸で暮らしていた。
「ああ。何事も無いようだな」
「はい、問題ございません」
「なら良い」
父親は久しぶりに会った娘に興味は無いのか、新聞に目を向けながら言葉を投げかけるだけ。母親も久しぶりに会う友人との食事だと言って、エリザが戻るより先に出掛けたそうだ。
エリザの頭に浮かぶ記憶は、どれもこれも両親の横顔や後ろ姿ばかり。正面からこちらを見ている顔は思い浮かばなかった。
「……今日、毎月のテスト結果が出ましたの」
「そうか」
「ご覧になりますか」
「いや、良い。問題無いのだろう」
「……はい」
いつものこと。何を期待しているのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
そんな感情を胸に抱え、エリザは黙って父の部屋を出る。学年で五位という成績なら、普通の親ならば少しくらい褒めてくれるものだろう。だが、この親はこの程度では褒めようともしない。興味すら持たない。
「一番にならなくちゃ」
口からぽつりと零れた言葉に、はたと動きを止めた。何故、一番?と首を傾げた瞬間、頭の中に過去のエリザの記憶が濁流のように流れ込んだ。
どうして私を見てくれないの。
こんなに頑張っているのに。
どこまで頑張ったら認めてくれるの。
一番になったら見てくれる?
期待されるよりももっと、もっと上に行けたら。
私が、両親よりも上に行けたら。
そうしたら、無視されない?
「う……っ」
クラクラと目の前が揺れる。こみ上げる吐気を堪えるように、手で口元を覆って目を閉じた。
一番になりたい。
一番にならなきゃ。
一番にならなければ認めてもらえない。
一番になるって何?私になれる一番良いものってなに?
そうだわ、すぐ近くにいるじゃない。
いつか、この国で一番貴い身分になられるお方が。
「なーるほど……」
流れ込んできた記憶のエリザは、真っ白な拳を握りしめ、震えていた。ぶるぶると震える拳を、涙の雫で濡らしながら。
ゲームをプレイしている間、どうしてエリザはルイスに執着するのか分からなかった。ジョージという次期公爵の婚約者ならば、身分としては申し分ない。
婚約者がいる身で、他の男にしつこく付きまとうなんて事をする意味が理解出来なかったのだ。
これが、本当にエリザの過去の記憶なら。
「何て、可哀想な子なの」
認められるために。見てもらうために。ただそれだけのために、ルイスを追いかけていたのだろう。
「馬鹿みたい。親に認めてもらう為にルイス追いかけてたの?破滅エンドまっしぐらのくせに」
鼻を鳴らして笑ったエリザは、自身の胸に手を当てる。
今のエリザだからこう言える。元のエリザにとっては、馬鹿な事という言葉で片付けられる事ではない。
—何が分かるの
頭の中に響いた声は、少しだけ震えているように聞こえた。




