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二話「学生の本分ですね」


紙とペンが存在する世界で本当に助かった。そんな気分で、エリザは書き上げたばかりの数枚のメモを机に並べる。紙とペンへの感謝をするついでに、自室というパーソナルスペースにも感謝を忘れない。


「今がゲームスタートしたばっかりだから……九月ね」


ブツブツと独り言を呟きながらメモを指で辿り、この先のゲーム展開を思い出す。日本の新学期とは異なり、ゲーム内の新学期は夏休み明けの九月から開始となる。新学期が始まったばかりの時期は、イベントが起きたとしても攻略キャラクターとの初対面ばかり。

あとは暫くの間主人公であるアイラのステータス上げをメインで行い、十月の収穫祭が初めての大きなイベントだ。

収穫祭は十月末。今から動けば大体一か月半の猶予がある。アイラのステータス状況によって収穫祭でのイベント分岐が起きるのだが、ルイスルートに入れようとすると、難易度はそれなりに高い。


「まずは毎月末の学力テスト……」


ぐぬぬと唸り声を漏らしたエリザは、どうしたものかと頭を抱えた。

今月末のテストで、アイラは学年で二十位以内の成績に入る必要がある。それを逃すと、収穫祭でルイスに話しかける選択肢が消えるのだ。


「初期ステのアイラじゃ二十位は無理……!」


ステータスは学力以外にも、体力や魅力など、複数の値がある。それらをバランスよく上げて行かなければ、ゲームのエンディングである卒業記念パーティーでルイスと踊る事は出来ない。難易度が高すぎるという理由で、一部のファンたちの間では、ルイス=笑顔の悪魔と呼ばれていた。


「何とかしてステータス上げをそれとなーく学力方面に寄せないと……」


ではどうやって?

悪役令嬢であるエリザが必要以上にアイラと仲良くなってしまえば、ゲームのストーリーが変わってしまう。


「追放エンド回避しようとして、ストーリー破綻させた悪役令嬢いたよなあ……」


前に読んでいた異世界転生ものの作品で、元のストーリーが破綻し、起きる筈のイベントが起こらないというものがあった事をふと思い出す。


「無理無理無理……全部のルイスイベントをこの目で見るのが私の野望なのよ……私のお友達を誘導して仲良くなってもらってサポートしてもらう……いやだめだ皆めっちゃプライド高いお貴族様だ詰んだ!」


わしわしと頭を搔き乱し、天井を仰いだ。小さなシャンデリアが朝日を反射しキラキラと輝いて綺麗だなあ、なんて呆けた事を考えているうちに、使用人の女性が控えめに扉をノックし、そろそろ登校の時間である事を告げた。


◆◆◆


がやがやと賑やかな昼休み。昼食を終えたエリザは、友人たちと仲良く教室で歓談中だったのだが、視線はアイラの後頭部をじっと見つめていた。

編入二日目にして友人が出来たのか、菫色の髪を低い位置でゆったりとしたツインテールにしている女子生徒と話しているようだ。


あの女子生徒もゲームの登場キャラクター。ただし、ストーリーに直接関わるキャラクターではなく、話しかけるとアイラのステータスを確認させてくれたり、各攻略キャラクターとの親密度を教えてくれるNPC。彼と仲良くなりたいのなら、お勉強を頑張った方が良いかも!などと、どのステータスを上げるべきかを教えてくれる有難い存在だ。


「……ああ、成程」


にんまりと口角を上げてしまった。しまったと慌てて表情を戻した時にはもう遅い。友人たちは怪訝そうな顔をして、突然笑ったエリザの視線の先に目を向けた。


「ハボットさん?何かありまして?」

「いえ、何でも無いわ」

「ねえ、ハボットさんって孤児院で暮らしていたのでしょう?何故この学園に……」

「それがね、なんでも赤ん坊の頃に誘拐されて孤児院で育ったけれど、生みの親である男爵家のご両親が見つけ出して迎えに行ったんだとか……」


コソコソと小声で話しているつもりなのかもしれないが、声が大きい。孤児院という言葉に反応したのか、アイラが気まずそうにちらりと視線を此方に向ける。


「誘拐が本当のお話なら気の毒ですけれど……本当に生まれは男爵家なのかしら?」

「体のどこかに変わった形の痣があるそうよ」

「あら、私は傷だと聞きましてよ」


噂話に花を咲かせる友人たちは、クスクスと小さく声を漏らしながら嫌な笑みをアイラに向ける。


「あの!言いたい事があるなら直接仰ったらどうなんですか!」


アイラの隣で話していた女子生徒が、怒りを露わに此方にツカツカと寄ってくる。ステータス確認画面での彼女しか知らなかったが、どうやら正義感に溢れた優しい人のようだ。


「何か御用?ええと……」

「キャリー・ホップスです!公爵家のお嬢様は人の名前を覚えるのが苦手なんですね」


キッときつく睨みつけてくるキャリーの瞳は、髪と同じ美しい色をしているのに、怒りに染まっているせいか台無しだ。


「あら失礼。貴方のお父様のお顔はすぐに思い出せるのだけれど」


ふふんと鼻を鳴らして挑発する友人を横目に見ながら、エリザは小さく溜息を吐く。折角良い事を思いついたと思ったのに、ほんの一瞬で敵対心を抱かせてしまった。これでは、キャリーに協力を仰ぐ事はほぼ不可能だろう。


「よしなさいな。同じクラスで学ぶ友人なのだから、喧嘩をするなんて良くないわ。ごめんなさいねハボットさん。悪気は無いのだけれど……皆貴方に興味があるの」


にっこりと微笑み、少し離れた位置で困ったように立ち尽くしているアイラに向けて声を掛けた。謝られたアイラは、手をもじもじと動かしながら小さく頷く。


「孤児院にいたのは、本当の事ですから……」

「アイラ!気にする事無いわ。あの人達、たまたま運良くお金持ちの貴族の家に生まれただけで自分は特別だと思ってるのよ」


フンと鼻を鳴らし、アイラの元へ戻って行くキャリーの背中に、友人たちは怒りの声を上げる。


「煩いわ」


不機嫌そうな声でそう言うと、友人たちはすぐさま口を噤んでアイラとキャリーの背中を睨みつける。

キャリーはあんな事を言うような子だっただろうか。ストーリーに関わりが無いとはいえ、会話をするシーンではもっと柔らかい物言いをしていた筈。

アイラがルイスと仲を深めるにつれ、エリザに気を付けろと忠告してくる事もあったが、そんな時でさえ「あの方はちょっと……激しいところがあるから」と口ごもる程度だった筈。


何かがおかしいという違和感は抱いているが、それよりも頭の中に吹き出した「格下のくせに」という言葉を抑え込む事に忙しい。

元のエリザは公爵令嬢である事を誇りに思っており、友人は全て上級貴族令嬢で固めている。選民意識が強い、と言えば良いのだろうか。


「お父様に抗議していただこうかしら」

「おやめなさいな。この程度で」


友人の一人が憎々し気にそう言うが、エリザは面倒くさそうに溜息を吐いて頬杖を突く。

ちろりと視線をその友人に向けると、ぎくりと肩を震わせて「冗談よ」と返された。


「いつまでもお父様に助けを求めるような人、私は嫌いだわ」

「そんな……本気で言っているわけでは」

「本気でないとしても、言葉にしてしまえば本気であると捉えられると思いなさいな。社交の基礎を学び直したらどう?」


もっと回りくどく、上品に言ってやれば良かったものを、どうにも上手く言葉が出て来ない。あまりに直接的な言葉と、低く冷たい声色で委縮させてしまった事に気付き、エリザはコホンと咳払いをして声色を変えた。


「そういえば、月末には恒例のテストだったわね。皆さんお勉強はしているのかしら」

「毎晩寝る間も惜しんでおりますわ。エリザさんはいつも学年五位以内ですし、今回も心配御座いませんわね」


張り詰めた空気を一瞬で変える事が出来るのは、貴族ならば当たり前に出来なければいけないこと。その場の空気を読み、言葉を選び、笑顔で本心を隠せなければ、社交界を渡り歩く事は出来ないのだ。


「あら、私だって毎日必死にお勉強しているわ。御覧なさいな、この隈を」

「よく眠ったような顔をしているじゃない」


コロコロと上品に笑う声は、時計塔から響く大きな鐘の音にゆっくりと掻き消されていった。


◆◆◆


「つ、疲れた……!」


帰宅したエリザは、着替える間もなくベッドに突っ伏す。昼休みにテストの話題へ流す事には成功したが、キャリーに喧嘩を売られた事が気に入らない友人たちは、「編入出来る程優秀な方のようですし」と、何故かアイラに聞こえるように嫌味を言ったのだ。


「そこはキャリーに向けて言いなさいよ性格悪いな!」


ボスボスと枕を拳で殴りつけながら、あの場で怒る事が出来なかった自分の不甲斐なさにも怒りを覚える。その場で咄嗟に「人の心配の前に自分の心配をなさい」と窘めはしたが、恐る恐る盗み見たキャリーの目は酷く恐ろしかった。


「私何も言ってないのに!なんなら庇ったのに!完全に嫌な令嬢たちのボス扱いされてるじゃん!子分が何かしたらボスの責任みたいに思われてるでしょこれ!」


わあわあと一人で大騒ぎをしても仕方がないのだが、もしかしたらキャリーがムキになってアイラの順位を押し上げようと勉強を教えてくれるかもしれない。どうかそうであれ。頼むから。


ごろりと仰向けになり、目を閉じて手を合わせた。神様仏様キャリー様、どうかアイラの成績が学年二十位以内に入りますように。ついでに、自分の成績も期待されている通り五位以内でありますように。


正直、今の所授業を聞いていても何となく理解は出来るが、この理解力で五位以内の成績を叩き出す自信はない。昼休みに冗談のつもりで目の下の隈を見ろなんて言ったが、本当に隈を作る事になるかもしれない。


「うーん……エリザって普段どうやって勉強してたんだろう?」


目を閉じたまま、どうやって勉強をしていたのかを考える。頭の中に浮かぶのは、ランプに照らされた机と、ペンを動かし続けるエリザの手元。部屋は暗く、目はしぱしぱと渇いており、ベッドに飛び込みたい感覚に襲われた。


きっと、本当に寝る間も惜しんで勉強していたのだろう。机の下には、古いノートが綺麗に並べられているのを見た。学園に入ってからずっと、学年上位の成績をキープする為に隠れて努力をしていた記憶は、確かにエリザの中に残っていた。


「悪役の癖に、意外と努力家なんだな、エリザって」


ぽつりと呟き、エリザはゆっくりと体を起こす。元のエリザがこれだけ努力していたのなら、今のエリザがそれを壊してはいけない気がした。


「お風呂とご飯!終わったら勉強!何とかなれ!」


よし、と気合を入れて拳を握ったエリザは、机の下から元のエリザが残したノートを引っ張り出し、ぺらぺらと捲りながら目を通す。

思った通り、記憶はきちんと体に残っているようで、数学のノートは見ればどういう解き方をしているのか分かったし、歴史のノートもどういう流れでどのような事が起き、現在に繋がっているのか思い出す事が出来た。


「絶対に負けられない戦いって感じ?」


誰と、何と戦うのだ。

自分の言葉に自分で突っ込みながら、食事の時間だと使用人に呼ばれるまで、エリザは床に座り込んだまま黙々とノートを読み続けた。


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