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【百合がだだ漏れの観測記録】クラスメイトがわたしのことを好き過ぎて大変なことになった。  作者: 丹波謙虎


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第5話 『秘密の資料室』

校舎の隅にあるこの部屋は、たまに鍵があいていた。

きっと、最後に使った先生が閉め忘れたのだろう。


そういう日は、私とひよりは二人で忍び込んだ。

何をするわけでもない。

ただ、本を読んだり、ぼんやりしたりするだけだ。


資料室は静かで、少しだけ埃っぽくて、落ち着く。

古い紙の匂いと、閉め切られた空気。

外の世界から、ほんの少しだけ切り離されたみたいだった。

教室や廊下とは違う、二人だけの隠れ場所。

誰にも見つからないまま時間が沈んでいくような、そういう部屋だった。


ひより「リン、膝枕してあげます」


いつもなら、

「いいよ、そんなの」

と返すところだった。


でも、その日はなぜだかわからないが、なんとなくそういう気分だった。

断る理由を探すより先に、少しだけ甘えてみたいと思った。


リン「……じゃあ、する」


ひよりは一瞬だけ、ほんとうに少しだけ目を見開いた。

たぶん、断られるつもりでいたのだろう。

それでも何も言わずに、床に座り直す。


私はその膝に、そっと頭をのせた。

思っていたよりやわらかくて、少しだけ落ち着かない。

落ち着かないのに、離れたくはなかった。


ひより「まさか、本当に乗せてくるとは思いませんでした」

リン「そっちが言ったんだろ」

ひより「冗談半分でした」


下から見上げるひよりの顔は、きれいだった。

静かな部屋の中だと、いつもより近く見える。

近いというだけで、普段なら笑って流せることまで、妙に深刻な意味を持ちそうになる。


リン「……ひより」

ひより「何でしょう」

リン「顔、近い」

ひより「膝枕ですので」

リン「そうだけど」


ひよりは少しだけ笑って、それから私の額に手をのせた。

ゆっくり、前髪をよけるみたいに撫でる。


リン「……」

ひより「今日は大人しいですね」

リン「しゃべると落ちそうだから」

ひより「落としません」


ひよりの手は、とても冷たかった。

冷たいのに、その冷たさが心地よかった。

額を撫でられるたび、変なふうに胸の奥が静かになる。


遠くのほうで、女子たちの笑い声がかすかに聞こえる。

ここは校舎の中のはずなのに、その声だけが別の場所のものみたいだった。

笑い声も、足音も、全部この部屋の外にある。

ここだけが、少し取り残されている。


それからしばらく、どちらも何も言わなかった。

本を読む気も、立ち上がる気も起きない。

沈黙は気まずくなくて、むしろ、何かを壊さないために必要なものみたいだった。


ぼんやりと、ひよりの顔を見ていた。

見上げれば、視線が合う。

ひよりも、目をそらさなかった。


ひよりの指先が、前髪に触れたまま止まる。

その一瞬だけ、部屋の空気が少し変わった気がした。

何かが近づいてくるような、でもまだ名前をつけたくないような、そんな空気だった。


このまま、もしかしたら、ひよりにキスされるかもしれない。

ふいに、そんなことを思った。


思った瞬間、体が強ばるかと思ったのに、そうでもなかった。

むしろ私は、ひよりの瞳をじっと見つめていた。

ひよりの唇が、私の唇に重なるのを想像した。

ただそれだけで、心臓が一度、変な音を立てた。


べつに、このままキスされても構わない気がした。


それが好奇心だったのか、

それとも、いつもの放課後から少しだけ飛び出してしまうような非日常に、ひそかに期待していたのか。

自分でもよくわからなかった。


ひよりの顔が、ほんの少しだけ近づいた気がした。

気がしただけかもしれない。

でも、そう感じるには十分な距離だった。


私は息をするのも少し忘れて、ただ見ていた。

逃げるでもなく、拒むでもなく、ただ待っているみたいに。


ひより「……リン」

リン「なに」


ひよりはそこで、少しだけ困ったみたいに笑った。


ひより「今日は、ずいぶん無防備ですね」

リン「……そう?」

ひより「はい」

リン「ひよりのせいでしょ」

ひより「そうかもしれません」


それ以上、ひよりは何もしなかった。

ただ、またゆっくりと私の前髪を撫でただけだった。


窓の外では、夕方が少しずつ色を薄くしていく。

もうそろそろ、戻らなくちゃいけない。

教室に、廊下に、いつもの時間に。


それでも、まだ少しだけこのままでいたかった。

この部屋の、この距離の、この沈黙の中に、もう少しだけ沈んでいたかった。


誰にも見つからない資料室の隅で、

いつもの放課後は、音もなく別の何かに変わりかけていた。


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