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【百合がだだ漏れの観測記録】クラスメイトがわたしのことを好き過ぎて大変なことになった。  作者: 丹波謙虎


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第17話 『港まつり。花火』



 港の端まで来ると、人の流れは少しだけゆるくなった。


 屋台の明かりは、もう背中のほうにある。

 さっきまで夜店の通りを満たしていた赤や金は、ここまで来ると地上の色になって、そのぶん空の暗さがひどく大きく見えた。

 その何もなさの真ん中に、もうすぐ花火が咲く。


 浴衣の列。

 小さな子どもの肩車。

 レジャーシートの端を押さえる手。

 みんな同じほうを見ながら、まだ始まっていないものを待っている。


 手は、まだつないだままだった。

 ひよりの手は、わたしの手の中で静かだった。

 少し冷たくて、細くて、今はもうそこにあるのが当たり前みたいに収まっている。


 少しして、低い音がひとつ響いた。

 地面の奥から夜そのものを押し上げるような振動だった。

 河原に集まっていた人たちの気配が、いっせいに上を向く。

 その直後、黒い空の真ん中に赤がひらいた。

 夜の真ん中が急にほどけて、その裂け目から熱の色だけが噴き出した。

 赤の外側に金が散る。そのあとに細くこぼれる。


 ひよりも黙って見ていた。

 花火の色がひらくたび、その横顔に違う色が乗る。

 赤のときは頬のあたりがあたたかく見えて、金の残りが消えるころには、また夜の白さへ戻る。


 次にひらいたのは、青だった。

 さっきの赤とはまるで違う。

 夜に深く沈んでいた色が、突如として浮き上がってきた青。

 その外側で白い火が細く震える。


 やがて、空から金が垂れはじめた。

 高く上がった火が頂点でひらいたあと、ほどけながら垂れてくる。

 細い金の糸が夜の中に何本も長く残って、しばらく消えない。


 光の下で、ひよりの指がわずかに動いた。

 手をほどくためではなく、確かめるみたいに。


「今、少しだけ強く握りました」

「いいよ」


 次の花火は、空のあちこちに小さな光をこぼした。

 ひとつの大輪になるのではなく、細かな星の粒がぱちぱちと弾けて散る。

 赤が散る。

 緑が散る。

 金が瞬いて、白があとから震える。

 夜空いっぱいに誰かが色の粒をばらまいて、それが落ちる前に光る。


 花火の色が変わるたびに、ひよりの頬に乗る色も変わる。

 赤のときはやわらかく、青のときは静かで、金のときは輪郭だけが浮いて見える。

 空を見上げる目元も、口元も、そのたびに違って見えた。

 花火を見ているはずなのに、気づくとその光を受けたひよりのほうを見ている。

 

 ひときわ大きな花火が、夜を真っ白にした。


 その光の中で、ひよりが一瞬だけこっちを見た。

 でも、すぐまた空へ視線をもどす。


「手、まだつないでいていいですか」


 わたしは一瞬だけ息を止めた。

 そんなこと、聞かなくてもよかったはずなのに。


「……離れたら困るし」

「もう、そんなに人は多くありません」


 ちょうどそのとき、大きな音が空から落ちてきた。

 その音に助けられて、わたしは返事をしなくて済んだ。


「もし、かまわないのなら、このままがいいです」


 ひよりはそれ以上何も言わなかった。


 そして、最後の乱れ打ちが始まった。


 それまでの花火の全部が前置きだったかのように夜空が咲き乱れる。

 赤がひらく。

 その横で金が裂ける。

 青が咲く。

 白が弾ける。

 緑が散って、また金が降る。

 咲いて、砕けて、また重なる。

 河原の人たちがいっせいに息をのむ。

 歓声がひとつの大きな波になる。


 その光の連なりの中で、ひよりの横顔が何度も照らされた。

 白くなり、赤くなり、金に染まり、また闇へ戻る。

 

「わたしは、きっと忘れないと思います」


 そう言うひよりに、わたしは何も言わなかった。

 

 最後の花が、夜空いっぱいにひらいた。

 遅れて、大きな音が胸の奥まで届く。

 歓声が上がって、拍手が重なって、それから、少しずつ静かになる。


 ついさっきまで、あんなに明るかった空が、するすると元の夜へ戻っていく。

 あとにはもう、空だけが残る。

 闇へ沈んでいく。


 人の流れが動きはじめる。

 誰かが立ち上がり、誰かが笑って、誰かがもう帰り道の声でしゃべっている。

 世界は何事もなかったみたいに、日常へ戻っていく。

 まだ続くみたいな顔をして、終わりは静かに始まる。


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