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【百合がだだ漏れの観測記録】クラスメイトがわたしのことを好き過ぎて大変なことになった。  作者: 丹波謙虎


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第14話 『テスト日』


そうして、そうやって、期末テストがやってきた。


来るまでが長いくせに、来てしまえばあっけない。

机を引く音が少しだけ固くなって、答案用紙の上に名前を書くたびに、なぜか自分の価値まで一緒に差し出している気がする。

テストなんて、そこまで大袈裟なものじゃない。

それでも、数字で返ってくるものには、妙に心を小さくする力がある。


わたしは、自分でやった分はできた。

完璧ではないけれど、何もしていない顔で何もしていない結果を受け取るほどの後ろめたさはなかった。

それだけで、今回は十分だった。


ひよりは、国語以外はもともとできていた。

だから、問題はずっと国語だった。


返ってきた答案を見て、ひよりは少しだけ黙った。

こういうときのひよりは、うれしいのか、そうでもないのか、顔だけではわからない。

でも、そのあとで答案を置く手つきが、前より少し軽かった。


「どうだったの」と聞くと、ひよりは答案をこっちに向けた。


「前より上がりました」


声が、ほんの少しやわらかかった。


「よかったじゃん」

「はい」

「ちゃんと勉強した成果だね」

「リンのおかげです」


ひよりは少しだけ笑った。


点数が上がったこともそうだけど、それ以上に、問題文を見る顔が前より少し変わっていた。

ひよりはたぶん、作者の気持ちが急に全部わかるようになったわけじゃない。

人のことは昔から基本わからない、と本人も言っていた。

それはたぶん今も変わっていない。

でも、前はただ遠いものとして文章の前に立っていた。

今は、わからないなりに前後を読む。言葉の置き方を見る。どうしてそう書かれているのかを考える。

前より少しだけ、文章のほうへ手を伸ばしている。

その変化は、点数よりちゃんと本物に見えた。


ありすは、予想どおり破滅的だった。

ただし、ありすにしてはかなりよかった。


「見て!」と、返却された答案を何枚も抱えてやってきた顔が、やけに明るい。

最初は高得点でも取ったのかと思った。

でも、そういう意味ではなかった。


「赤点の教科、前の半分になった!」


その言い方が、ばかみたいにうれしそうだった。

威張っているような、泣きそうなような、妙にまっすぐな顔だった。


「前が何個だったの」

「そこはいいじゃん!」

「よくないでしょ」

「大事なのは減ったってことなの!」

「まあ、そうだけど」


ありすはほんとうに喜んでいた。

百点を取ったわけでもない。

劇的に生まれ変わったわけでもない。

それでも、前よりましになった、というだけで、人はあんなふうにうれしそうな顔ができるらしい。


「補習も減ったんだよ!」

「よかったじゃん」

「わたし、ちょっと感動した」

「なにに」

「勉強したら、ちょっとだけ現実って変わるんだなって」


今さらそんなことを、と思った。

でも、その今さらの顔が少しだけまぶしかった。


ひよりも答案をのぞきこんで、「努力の方向性は間違っていなかったようですね」と静かに言った。

ありすは「ひよりちゃん、その言い方ちょっと先生っぽい」と笑っていた。

その笑い方が、前より少しだけ胸を張っていた。


勉強会は、いつも脱線ばかりだった。

それでも、意味はあった。

ひよりは国語を少しずつ読み始めて、ありすは赤点を半分にした。

あの放課後たちには、ちゃんと答えが返ってきていた。


そして、わたしたちは、テストよりも港祭りのことが気になっていた。


いや、正確には、わたしはそうだった。

ひよりも、たぶんそうだった。


でも、わたしにとっての港祭りは、もう少し別のものになっていた。

ありすの部屋の、あの短い静けさの中でできた約束。

誰にも聞かれていないのに、妙に本物みたいに残る約束。

それが、テスト期間のあいだ、問題集のすみにずっと置いてあった。


答案がだいたい返ってきた日の帰り道。

ひよりは先生に呼ばれて少し遅れるらしく、先にありすとわたしだけで校門を出た。


夕方の空気は軽かった。

テストが終わったあとの解放感というのは、それだけで少し人を甘くする。


「でもさあ」と、ありすが言う。

「わたし、今回ちょっと好きなんだよね」

「なにが」

「前よりましな自分」

「急にいいこと言うじゃん」

「でしょ?」


その横顔を見ながら、言うなら今だな、と思った。


黙っていてもよかった。

絶対に言いたくない秘密、というほどでもない。

でも、わたしが口にしなければ、あの約束はいつまでも、ありすのいない部屋の静けさの中にだけある気がした。

ひよりとわたしのあいだにはあるのに、まだわたし自身の現実にはなりきっていない。

そんな感じだった。


「ありす」


そう呼ぶと、ありすがこっちを見る。


「なに」

「ひよりとさ」


そこまで言って、少しだけ続きが詰まる。

たったそれだけのことなのに、変に言いづらい。

ありすは一瞬だけ、何かを察したみたいな顔をした。


「うん」


その相づちが、妙にやさしかった。


「港祭り、行くことになった。二人で」


ありすは二秒くらい黙って、それから、すごく納得した顔をした。


「やっぱり」

「やっぱりってなに」

「いや、そうなると思ってたし」

「なんで」

「だって、ひよりちゃんがあんなイベント逃す訳ないと思ったし」


少し黙ってから、わたしは言った。


「誘ったの、わたしからなんだけど」

「そうなの?」

ありすは目を丸くした。

「それはちょっと意外」

「……そう?」

「うん。ひよりちゃんに誘われたんだと思ってた」

「……」

「なんか、いいね」


その言い方が、妙に無邪気だった。

からかっているというより、見つけたものをそのまま喜んでいる顔だった。


「りんちゃん」と、ありすが言う。

「なに」

「わたし、ちょっと安心した」

「なにに」

「ひよりちゃんだけが一方的なわけじゃないって」


その言葉に、少しだけ黙る。


「ちゃんとさ、お互いなんだなって」


ありすはそこで少しだけ笑った。

でも、それはからかう笑いではなかった。

見つけたものを、ちゃんと見つけたと言う笑いだった。


たぶん、ありすは、わたしとひよりのあいだにある、うまく名前のつかないものを、最初に外から見て、ああそういうことかと受け取った人。

ひより本人ではなく、わたしでもなく、その少し外側で、でもちゃんと近くで。


「ひよりちゃんがね、リンにグイグイいくのはわかってた。でも、りんちゃんのほうは、まだそこまでじゃないのかなって思ってた」

「……」

「でも、今は違う」


ありすは、こっちを見た。


「りんちゃんが、自分から言ったんだよね」

「……まあ」

「それって、大きいと思うよ」


その言葉は、思っていたよりまっすぐ入ってきた。


わたしが言った。

わたしの口で。

ひよりと港祭りに行くことを。


「そっかそっか。じゃあ、あたしは別の友達と行くことにしよう。二人の邪魔なんてできないからね」


ありすがにやっと笑う。

その軽さに助けられる。

茶化しているのに、ちゃんと線を引いてくれる。


「浴衣、ちゃんと着るんでしょ」

「着るよ」

「ひよりちゃん、絶対見るね」

「うるさいな」

「りんちゃんも見るでしょ」

「……うるさい」


ありすが大笑いする。

それにつられて、わたしも少しだけ笑ってしまった。


夕方の道は、いつもと同じだった。

車も通るし、信号も変わるし、部活帰りの生徒が少し騒いでいる。

期末テストが終わったからといって、世界は何も変わらない。


それでも、自分たちの中だけは少しだけ先へ進んでいる気がした。


ひよりは、国語を理解し始めていた。

ありすは、前よりましな自分を本気で喜んでいた。

わたしは、港祭りの約束を自分の口で人に言った。


それでたぶん、十分なのだと思う。

少なくとも、今は。


交差点の手前で信号が赤になる。

わたしたちは立ち止まって、なんとなく空を見た。

夏はまだ少し先なのに、もうその気配だけはある。


港祭りも、浴衣も、花火も、まだ来ていない。

でも、来るものとして、もう確かにそこにあった。


テストは終わった。


わたしたちは少しだけ進んだ。


次は、夏だ。




つづく。


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