第34話:全次元対応型・お昼休みのピクニック
アルスが指をパチンと鳴らし、講堂の全座席が「浮遊する最高級ラウンジチェア」へと書き換えられた瞬間、学院内の魔力密度は通常の数千倍へと跳ね上がった。
かつては石造りの冷たい学び舎だった講堂は、今やアルスの【万物創造】によって、一秒ごとに新種の魔導植物が芽吹き、壁からは知恵を授ける聖水の滝が流れる「超魔導空間」と化していた。
「な、ななな……ッ!! 師匠、この椅子の反重力制御……! 物理学の定数が『座り心地の良さ』という主観的な数値に固定されていますわ!! 意味が分かりません、でも最高にリラックスできますわ!!」
宮廷魔導師長イザベラが、鼻血を出しながら自分のラウンジチェアに深く沈み込み、震える手で魔導板を操作する。彼女がこれまでに積み上げた魔法理論は、アルスの「みんなの肘が痛そう」という慈悲深い一言によって、またしてもゴミ箱行きとなったのだ。
「あはは、イザベラ先生。そんなにカリカリしちゃダメだよ。……ほら、机さんも『もっと優しくなりたい』って言ってるから」
アルスが軽く机を撫でると、大理石の机面がふにゃりと波打ち、生徒たちが使っている羽ペンに「全自動・正解記述機能」が付与された。生徒が問題を考える前に、ペンが勝手に宇宙の真理を記述し始める。
「……アルス様。これでは、試験という概念そのものが消滅してしまいます。……しかし、学びとは本来、苦しみではなく喜びであるべきもの。……あなたが定義したこの『遊び場』こそが、教育の最終形態なのですね」
エドワード王子が、もはや悟りを開いた聖者のような表情で、空飛ぶ椅子に揺られながら涙を流した。
彼は既に、王都の行政システムをアルスが作った『全自動・幸せ判子』に任せ、自分はアルスの護衛(という名の付き人)に専念することを決意していた。
「さて。……アスタロトくん。みんなお勉強を頑張って、お腹が空いたみたいだ。……お昼休みは、予定通り月面の別荘でピクニックにしようか」
「畏まりました、我が主。……では、全校生徒および教職員、計二千名。……次元転移ゲートを、講堂の黒板に接続いたします」
執事アスタロトが眼鏡をクイッと上げると、講堂の正面にある巨大な黒板が、ドロリと銀色の液体のように溶け出した。
そこには、アルスが七年前にリフォームした、今や「イチゴ味のクレーター」と「チョコレートのお城」がそびえ立つ、桃色の月の絶景が映し出されていた。
「わあ、美味しそうだね! シャルお姉さんも一緒に行こう!」
「もちろんですわ、アルス様! あなたが行く場所なら、次元の果てでも太陽の核でも、私はドレスの裾を翻してついて参りますわ!!」
シャルロッテ王女が、アルスの腕をギュッと抱きしめ、周囲の女生徒たちに「これ以上近づいたら、あなたたちの存在確率をゼロにしますわよ」という凄まじい眼光を飛ばす。彼女の愛は、15歳になった今、一国の軍事力をも凌駕する「物理的圧力」と化していた。
二千人の生徒たちが、呆然としながらもアルスの後に続き、黒板のゲートへと足を踏み入れる。
一歩。
その瞬間、彼らの肺には、地上よりも遥かに清浄で、吸うだけで全魔力が全回復する「月面の特製酸素(バニラの香り)」が流れ込んだ。
「……な、何よこれ!? 重力が……重力が『飛んでいるみたいに軽い』のに、地面にはしっかり足がつくわ!!」
「見てくれ! クレーターの中に、本物のプディングが詰まっているぞ!!」
「あそこに座っているおじいちゃんは……伝説の創造主(神)様じゃありませんか!? マッサージチェアで寝ておられる!!」
月面に降り立った生徒たちは、そこが「宇宙」であることを忘れ、アルスが作り上げた「銀河系最大のレジャーランド」に狂喜乱舞した。
月面別荘の管理人として再起動された古代ゴーレムの『ポンくん』が、巨大なトレイを抱えて出迎える。
『アルス様、お帰りなさいませ。……本日のピクニック・メニューは、太陽のプロミネンスでじっくり焼き上げた「恒星間バーベキュー」と、彗星の尾を凍らせた「次元シャーベット」でございます』
「わあ、ポンくん、ありがとう! 美味しそうだね! ……あ、あっちにいるシロちゃんやキラくんにも、たっぷり分けてあげてね」
「きゅ、きゅぅぅ……!!(主様、待ってた!)」
「グルァァァン!!(肉だ! 太陽の肉が来たぞ!!)」
白銀の古龍シロと、ハムスターから「光り輝く神獣」へと成長した星神竜キラが、月面の大地を揺らして駆け寄ってくる。そのプレッシャーだけで宇宙の軸が微かに傾くが、アルスの周囲だけは、そよ風が吹く春の午後のような安らぎに満ちていた。
アルスは、チョコレートの城のテラスに座り、アスタロトが用意したティーセットに手を伸ばした。
目の前には、地球が青く美しく輝き、その隣にはアルスがリフォームした「お菓子工場の並行世界」が、パステルカラーの輪を描いて浮かんでいる。
「……平和だね、アスタくん」
「左様でございますね、我が主。……あなたの無邪気な『リフォーム』のおかげで、もはやこの宇宙に、悲鳴を上げる者は一人もおりません。……あるのは、次のデザートを待つ幸福な期待だけです」
アスタロトが不敵に、しかし深い忠誠を込めて微笑む。
だが、その時。
アルスが一口食べた「次元シャーベット」のあまりに強すぎる幸福の波動が、全宇宙の『愛の概念』を揺さぶった。
銀河のさらに外側。概念の海から、一つの巨大な「熱」が、月面に向かって急速に接近してくる。
「……見つけた。……数億年、私が探し求めていた、真実の愛の輝き。……あの少年を、私のプライベートな『旦那様』としてコレクションに加えたいわ」
多次元の恋の概念を司る女神が、ついにアルスの「全肯定魔力」に惹かれ、実体を持って降臨しようとしていた。
「……あら? なんだか、お空がピンク色になってきたわね。……アスタロト。あれ、不愉快ですわ。今すぐデリートしてくださらない?」
シャルロッテ王女が、本能的なライバル心を爆発させ、空に現れた女神の予兆を睨みつける。
「……同感です、王女殿下。主のピクニックを邪魔する者は、神であろうと概念であろうと、我が消滅魔法の塵にするまで」
アルス・ルーフェウス、15歳。
彼の「のほほんとしたお昼休み」は、ついに次元を超えた「痴話喧嘩(神話級)」へと発展しようとしていた。
本人は、「あ、お空がイチゴジャムみたいだね」と、呑気にかき氷を食べていた。
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