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第32話:【王子視点】王子の戦慄、あるいは銀河クジラという名の福音

王立セント・ルミナス魔導学院の午後の授業が終わり、凡庸な生徒たちが「今日も生き残れた」と安堵の溜息を漏らす中、私、エドワード・フォン・グランディアは、魂の震えを抑えるのに必死だった。


目の前には、12歳にして世界の理をその指先一つで書き換える「真の管理者」、アルス・ルーフェウス様が座っていらっしゃる。


アルス様が「放課後はお魚釣りがしたいな」と仰った。その一言で、人類の歴史はまたしても予測不能なターニングポイントを迎えることになったのだ。


「……アルス様。こちらが本日用意した、魔力結晶を極限まで圧縮した『黄金のミミズ』にございます。……どうぞ、この針にお掛けください」


私は跪き、王家の家宝よりも価値のあるエサを捧げた。アルス様は「わあ、キラキラしてて美味しそうだね!」と無邪気に笑い、自作の釣り竿を学院の小さな観賞用の池へと投げ入れた。


アルス様本人は、ただ「晩ごはんのおかず」を求めていらっしゃる。だが、その背後に立つ執事アスタロト殿の目は、明らかに「宇宙の獲物」を狙うハンターのそれだった。


「……アスタロト殿。まさか、この半径三メートルの池に……」


「ええ、王子。アルス様の釣り竿(権限)が届く範囲であれば、この池は銀河の果てにある『次元の海』と直結します。……さあ、何が掛かるか楽しみですね」

アスタロト殿が眼鏡を指で直した瞬間、池の水面が真っ黒な「虚無」へと書き換わった。


次の瞬間。


アルス様の竿が、これまでのどんな魔法障壁よりも強固なしなりを見せ、空気がピキピキと音を立てて軋み始めた。


「わあ、きたきた! すっごく重たいよ! これ、きっと家族みんなで食べられるくらい大きいお魚だね!」


アルス様が踏ん張るたびに、王都全体の重力が不規則に変動し、学院の校舎が数センチ浮き上がる。


私は確信した。今、この池の底には、人類が一度も目にしたことのない「概念的な巨大生物」が掛かっているのだと。


「……アルス様、お助けいたします! 全魔力を解放……ッ!」


私が加勢しようとしたその時、池の中から「それ」が飛び出した。


全長百メートルを優に超える、白銀の鱗を持つ巨躯。

宇宙の真空を泳ぎ、星々の欠片を主食とする伝説の魔獣――『銀河クジラ』だ。


「……グオォォォォォォォォン!!」


クジラの咆哮が王都の空を震わせ、雲をすべて吹き飛ばした。


学院の生徒たちはパニックに陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる……はずだった。


だが、アルス様は違った。


アルス様は空中に浮かび、クジラの巨大な鼻先にトコトコと歩み寄ると、まるで近所の飼い犬に接するかのように、その白銀の肌に優しく手を触れたのだ。


「よしよし、びっくりしちゃったね。……お外に出たら苦しいでしょ? 僕が『ふわふわ』にしてあげるからね」


その瞬間、私の視界は白濁した光に包まれた。


【万物創造(管理者権限)】の発動だ。


アルス様の目には、銀河の脅威とされるクジラも「息苦しくて困っている、お掃除が必要なお友達」に見えているらしい。


(えーと、このお魚さん。……お空を自由に泳げる『パステルカラーの風船』になぁれ! ……あ、あとね。お腹が空いてる人がいっぱいいるから、君のヒレのところから、食べても痛くない『最高級のトロの果実』を実らせてあげる!)


パシュゥゥゥ……ッ!


光が収束したとき、空にはあまりにもシュールで、しかし美しい光景が広がっていた。


凶暴だった銀河クジラは、綿菓子のようなパステルブルーの「浮遊バルーン」へとリフォームされ、そのヒレには、一口食べれば不老不死、二口食べれば神格に到達すると言われる『トロの果実』が鈴なりに実っていた。


「……なっ……ななな……ッ!!」


駆けつけたイザベラ閣下が、魔導板を投げ捨てて跪いた。


「生態系の超越……! 攻撃魔法を食文化に置換し、宇宙の天敵を『移動式レストラン』に書き換えたというの!? 師匠、これでは我が国の食糧問題が、向こう三万年分解決してしまいますわ!!」


「あはは、イザベラ先生。これ、すっごく美味しいよ! 王子様も食べてみて!」


アルス様が、クジラから「ぽろん」と落ちた果実を私に差し出してくれた。


それを口にした瞬間、私の脳内に全宇宙の調和ハーモニーが流れ込み、積もり積もった王務の疲れが、一瞬にして消え去った。


「……ああ、なんという慈悲。なんという救済……。アルス様、私は決めました。今日からこのクジラを『王立セント・ルミナス号』と命名し、国民全員を救う聖なる船として登録いたします!!」


「ええー、王子様、ただのクジラさんだよ?」


アルス様はニコニコと笑いながら、クジラの背中に乗って空のお散歩を始めてしまった。


そのクジラの潮吹きから降る「魔力水」を浴びた王都の住民たちが、「病気が治った!」「若返った!」と歓喜の声を上げる。


私は、アルス様の背中に向かって、深く、深く頭を下げた。


王族として、私は今まで「力」を競うことしか考えていなかった。


だが、アルス様は違う。


彼は「遊び」と「リフォーム」という無邪気な手段で、誰も傷つけることなく、世界の構造そのものを幸福の形へと作り替えてしまうのだ。


「……アルス様。……あなたがいれば、この世界に『不可能』も『絶望』も存在しない。……私は一生、あなたの開拓する道(廊下)を、全力でお掃除し続ける所存です」

アルス・ルーフェウス、12歳。


彼の「放課後の暇つぶし」は、一国の航空産業を誕生させ、国民の健康寿命を倍増させ、またしても神話のページを物理的に増やしてしまったのである。


私たちがクジラの背中で最高級のティータイムを楽しんでいるその時、隣でシャルロッテ王女が「このクジラごと私とアルス様の愛の巣(新居)にいたしますわ!!」と絶叫していたが、それもまた、この平和な世界の一部だった。


しかし、このクジラの幸福な鳴き声は、世界のさらに深層に眠る「別の存在」を呼び覚まそうとしていた。

アルス様。あなたの無自覚な福音は、ついに「神々の領域」を本格的に侵食し始めたようですね。

次回明日12時更新

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