第31話(閑話):神童の放課後、学院の池で『クジラさん』を釣る
王立セント・ルミナス魔導学院の午後の授業が終わり、エリート生徒たちが今日の「アルス師匠の驚愕理論」を必死に復習している頃。
当のアルスは、学院の中庭にある、かつては「観賞用の小さな池」だった場所で、のんびりと釣り糸を垂らしていました。
12歳になり、座っているだけで聖画のような美しさを放つアルスですが、その手にあるのは、そこらの木の枝を【万物創造】でしなやかなカーボンファイバー(風の未知の物質)に変えた自作の釣り竿です。
エドワード王子が、跪いてエサの「黄金色に輝く特製ミミズ(実は魔力結晶の塊)」を針に付けながら、うっとりとアルスを見上げていました。
「……アルス様。……今日の放課後のアクティビティは、魚釣りですか。……素晴らしい。……殺生の中にある命の循環、そして待機という名の瞑想……。……これも、高次魔力制御の訓練なのですな!」
「えー、王子様。……ただ、晩ごはんのおかずが欲しかっただけだよ。……アスタくんが『今日は海鮮がいいですね』って言ってたから」
「畏まりました、我が主。……では、この池の『生態系パラメーター』を一時的に一万倍へ拡張し、深海一万メートルの超巨大生物を『ポップ(出現)』させますね」
アスタロトが眼鏡を指で直すと、半径数メートルの小さな池が、物理法則を無視して「底なしの深淵」へと書き換えられました。
次の瞬間、アルスの竿が、しなりすぎて円を描くほどの猛烈な力で引き込まれました。
「わあ、きたきた! ……すっごく重たいよ、アスタくん! ……これ、きっと美味しいお魚だね!」
「……アルス様、お気をつけください! その引き……伝説の『海神の主』クラスの質量エネルギー反応が……!!」
駆けつけたイザベラが、魔導板を振り回しながら絶叫します。
アルスが「よいしょ!」と竿を振り上げると、池の中から現れたのは、全長百メートルを超える、白銀の鱗に覆われた『宇宙空間も泳げる伝説の銀河クジラ』でした。
クジラが地響きのような咆哮を上げ、王都の上空を巨大な影で覆い尽くします。
学院の生徒たちは「空からクジラが降ってきたぁぁ!」と、教科書を放り出してパニックに陥りました。
「……グルゥォォォォン!!(我は万物の海を司る――え、何だこの心地よい針の感触は!?)」
アルスが、空飛ぶクジラの鼻先にトコトコと歩み寄り、優しく「よしよし」と手を添えました。
彼にとって、世界の脅威とされる超巨大生物も、ただの「釣られちゃってびっくりしている、お腹の空いたお友達」に過ぎないのです。
(えーと、この大きいお魚さん。……お外に出ちゃって苦しそうだから、お空でもスイスイ泳げる『風船さん』に変えて。……あ、お味は最高級の『トロ』なんだけど、本人は痛くないように、食べられる分だけ『果実』として実らせて……えいっ!)
パシュゥゥゥ……ッ!
光が爆発し、銀河クジラは一瞬にして、ふわふわと宙に浮く「パステルカラーの巨大なバルーン」へとリフォームされました。
さらに、クジラのヒレの先には、アルスの意志によって「一房食べれば不老不死になれる、最高級の切り身(果実)」が鈴なりに実り、本人はちっとも痛そうにせず、むしろアルスの魔力を浴びて「きゅぅ~!」と幸せそうに鳴いています。
「わあ、可愛い! ポチくん(宇宙怪獣)の遊び相手にちょうどいいかも。……はい、お礼に特製の『魔力入りビスケット』だよ!」
アルスがクジラの口にビスケットを放り込むと、クジラは喜びのあまり王都の上空で虹色の潮を吹き上げました。
その潮(実は高濃度の魔力水)を浴びた王都の住民たちは、「腰痛が治った!」「魔法の才能が開花した!」と、再びアルス様への感謝の祈りを捧げ始めます。
「……師匠。……放課後の暇つぶしで、絶滅種をペットにし、ついでに国民の健康寿命を一気に百年引き上げましたか」
イザベラが、震える手でその「トロの果実」を収穫し、その糖度を測定し始めました。
「あはは。王子様もこれ食べてみて。……すっごく脂が乗ってて、美味しいよ!」
「……ああ、なんと、なんと慈悲深いお味……。……アルス様、私は決めました。……今日の夕食会の議題は、『クジラさんと歩む、新しい航空産業の発展』についてにいたします!!」
「だから、ただのお魚釣りだよー!」
アルスの「ほのぼのとした放課後」は、結果として、王国の食文化を革命し、空の交通手段を「クジラタクシー」へと進化させ、またしても歴史の教科書を百ページほど書き換えてしまったのでした。
当の本人は、クジラの背中でアスタロトが淹れてくれた紅茶を飲みながら、夕暮れに染まる王都を眺めて、のんびりとあくびをしていました。
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