第28話:宇宙怪獣さん、アルスの『おやつ』で飼い慣らされる
宇宙管理者たちをキャンプに誘い、月面の横に『キャンプ星』をリフォームしてから数日。アルスの周囲は、宇宙の平和を象徴するような穏やかな魔力に満ちていた。
だが、その「美味しそうな平和」の匂いにつられて、遥か数億光年の彼方から、一匹の「とてつもない影」が迫っていた。
――グオォォォォォォォォン!!
銀河系の端が、物理的に「噛み千切られる」ような衝撃が走った。
現れたのは、星系一つを一口で飲み込むと言われる伝説の宇宙怪獣、『ギャラクシー・イーター』。
その体は超新星爆発のエネルギーを纏い、尾を一振りすれば数百の惑星が塵に帰す、歩くブラックホールとも呼ぶべき存在である。
「……な、何だ、あの巨大な口は!? お空の星が、どんどん吸い込まれていくぞ!」
父グランツが、王都の城壁の上で腰を抜かした。
「……辺境伯、あれは……『宇宙の天敵』ですわ。……私たちの魔法理論では、あんな質量保存の法則を無視した化け物、解析すら不可能です……!」
イザベラが、真っ白な顔で魔導板を投げ出した。
怪獣の巨大な口が、アルスたちの住む地球型惑星に狙いを定めたその時。
アルスは、執事アスタロトと一緒に、庭に作った『宇宙観測用の特大望遠鏡(という名の魔法の万華鏡)』を覗き込んでいた。
「……あ、アスタくん。あっちのお空に、すっごく大きいワンちゃんがいるよ! ……でも、なんだかお腹を空かせて、ワンワン泣いてるみたい」
「……左様でございますか、我が主。……確かに、あの個体からは数万年分の『空腹データ』が溢れ出しておりますね。……放っておけば、この銀河を前菜代わりにされてしまうでしょう」
アスタロトが、眼鏡を指で押し上げ、冷徹な視線を宇宙の果てへ向ける。
「えー、お腹空いてるなら、僕がおやつを作ってあげなきゃ! ……あんなに大きい子なら、普通のクッキーじゃ足りないよね。……よし! 『お肉の惑星』をプレゼントしてあげよう!」
アルスが、宇宙に向かって小さな手を掲げた。
【万物創造(管理者権限)】が、近くにあった誰も住んでいない不毛な小惑星帯を、一瞬にして再定義する。
(えーと、この岩石の塊を、全部『霜降りの特級ステーキ肉』に変えて。……真ん中には、噛み応えのある『巨大な軟骨の芯』を通して。……仕上げに、宇宙一美味しい『デミグラス・ソース』の海でコーティング……えいっ!)
パシュゥゥゥ……ッ!
光が爆発した。
一瞬にして、数千キロ規模の小惑星が、宇宙空間に浮かぶ「こんがり焼けた超巨大な骨付き肉(惑星サイズ)」へとリフォームされた。
香ばしい肉の匂い(という名の魔力波動)が、真空を越えて銀河中に広がる。
「……グルアッ!?(な、なんだこの抗いがたい香りは……!?)」
地球を食べようとしていた宇宙怪獣が、ピタリと動きを止めた。
そして、涎(という名のプラズマ)を垂らしながら、アルスが作った『お肉の惑星』へと猛スピードで突っ込んでいった。
――バクゥゥゥゥン!!
怪獣が惑星サイズの肉を一口で頬張った。
その瞬間、怪獣の全身から立ち昇っていた破壊の炎が、一瞬にして「幸せそうなピンク色のオーラ」へと書き換わった。
「……クゥゥゥン(……美味い。……我、こんなに美味い星、食べたことない。……もう破壊とかどうでもいい。……この肉、一生噛んでたい……)」
銀河を滅ぼすはずだった怪獣が、肉の惑星に齧り付いたまま、宇宙空間でゴロンと横たわり、尻尾(という名の星間ガス)をブンブンと振り始めた。
それは、ただの「飼い主に懐いた巨大な子犬」の姿であった。
「あはは! ワンちゃん、喜んでくれたね! ……よしよし、いい子だね。……あ、お名前は『ポチくん』ね!」
アルスが宇宙に向かって指を鳴らすと、怪獣の首元に、銀河の星々を繋ぎ合わせた巨大な『迷子札付きの首輪』が出現した。
【個体名:ポチ / 所属:アルスの遊び相手】
この瞬間、宇宙最強の天敵は、アルスの「番犬」として再登録されたのである。
「……し、師匠。……ついに『銀河の捕食者』まで、お肉料理で餌付けなさいましたか」
イザベラが、震える手でその「惑星調理法」を魔導板に刻む。
「……アルス様。……これで、我が銀河は宇宙で最も安全な場所になりましたね。……最強の番犬が、門番をしていますから」
エドワード王子が、涙を拭いてポチ(怪獣)の尻尾が作る美しいオーロラを眺めた。
「あはは、ポチくん、お庭で遊んでもいいよ! ……あ、アスタくん。ポチくんが飽きないように、次は『お魚の小惑星』も作っておいてね!」
「畏まりました、我が主。……銀河の端に『宇宙のペットショップ(食料保管庫)』を建設しておきましょう」
アルス・ルーフェウス、12歳。
彼の「おやつ作り」は、ついに宇宙の生態系さえも「飼い主とペット」という平和な関係へと書き換え、銀河系を世界一安全な「ドッグラン」に変えてしまったのである。
……だが、ポチが懐いたその時。
銀河のさらに外側で、ポチを「猟犬」として操っていた『次元の狩人』たちが、怒りに震えていた。
「……我らのポチを、勝手に去勢(無力化)したのは誰だ……? ……取り返しに行くぞ」
アルスの「平和な日常」に、今度は組織的な「悪意」が牙を剥こうとしていた。




