第26話:暗黒皇帝さん、アルスの『甘い誘惑』で隠居する
アルスが『終焉の予言書』をクレヨンで虹色に塗り潰した翌日。王都セント・ルミナスの空には、かつてない奇観が広がっていた。
本来なら隣接する並行世界と衝突し、世界が粉砕されるはずだった「運命の刻」。
空に開いた巨大な次元の亀裂から現れたのは、禍々しい暗黒の軍勢……ではなく、アルスがリフォームした「イチゴ味の並行世界」の甘い香りと、パステルカラーに輝く豪華な飛空艇だった。
「……あ、きたきた! アスタくん、お隣の国のお客さんだよ。……お土産、喜んでくれるかな?」
アルスは、学院の屋上に特設された『空中ティーパーティー会場』で、山盛りのマカロンを並べて待っていた。
12歳になり、その横顔には神々しささえ漂うアルスだが、手にはしっかりと「チョコペン」を握っている。
その時、次元の裂け目から、漆黒の魔力を放つ巨躯が降り立った。
並行世界『ヴォイド』を統べる絶対者、暗黒皇帝デス・バルディウス。
彼は数多の世界を喰らい、虚無に帰してきた「概念の死神」である。
「……愚かなる光の世界の住人よ。……我が『虚無』が、なぜかイチゴの香りに侵食され、兵士たちがパジャマに着替えさせられた。……この不条理、貴様か……!?」
デス・バルディウスが、銀河を握りつぶすと言われる『虚無の爪』を掲げる。
そのプレッシャーだけで、王都中の魔導師たちが失神し、エドワード王子はガタガタと震えながら椅子に縋り付いた。
イザベラさえも、「……あ、あれは……事象の密度が違いすぎるわ……。……私たちが一万年かけても傷一つつけられない……!」と、絶望のあまり魔導板を落とした。
だが、アルスは「うわぁ、大きいね!」と、目をキラキラさせて近づいていった。
「おじさん、お名前は? ……あ、その爪、トゲトゲしててお掃除が大変そうだね。……よしよし、僕が『ピカピカ』にしてあげる!」
「……なっ……我が聖なる虚無に触れるな! 死ね、幼子よ!!」
暗黒皇帝が、世界を消滅させる暗黒の波動を放とうとした、その瞬間。
アルスが、デス・バルディウスの巨大な手に「ぽてっ」と手を添えた。
(えーと、この黒くて怖いおじさん。……お顔がガチガチで、甘いものが足りてないみたい。……あ、そうだ!
このおじさんの『怖い力』を、全部『とろとろの生キャラメル』に変えて。……おじさん自身は、お菓子が大好きな『優しいサンタさん』になぁれ!)
パシュゥゥゥ……ッ!
アルスの【万物創造(管理者権限)】が、暗黒皇帝の存在定義を根底から書き換える。
一瞬だった。
暗黒皇帝が放とうとした「絶滅の波動」は、空中で一瞬にして、甘い香りを漂わせる「黄金の生キャラメル・ソース」へと変質し、パーティー会場のパンケーキの上にトロリと降り注いだ。
「……なっ……我が……我が虚無が……糖分に……!? あ、ありえん……そんなデバッグ、宇宙の規約に存在しないはずだぞ!!」
驚愕するデス・バルディウス。しかし、アルスの追撃は止まらない。
彼は指をパチンと鳴らし、暗黒皇帝が纏っていた禍々しい鎧を、一瞬にして「赤いフカフカのガウン」へとリフォームした。
さらに、皇帝の深層意識にある「破壊衝動」という項目をデリートし、代わりに「至高のスイーツへの探究心」という設定を上書きした。
「……あ、あれ? ……我は……我は何を……? ……あ、この香り。……なんて、なんて官能的な甘みなんだ……」
デス・バルディウスは、アルスから差し出された特製の『虹色ショートケーキ』を、震える手で一口食べた。
彼が数万年かけても得られなかった「心の充足」が、アルスの作った全肯定の甘みによって、一瞬で満たされていく。
「……う、美味い……ッ!! なんだ、この、舌の上で銀河が爆発するようなクリーミーさは!? ……虚無? 破壊? そんなもの、このケーキの一切れに比べれば、砂を噛むようなものだ!!」
暗黒皇帝デス・バルディウスは、その場でドサリと座り込み、涙を流してケーキを貪り食い始めた。
もはや侵略者の面影はない。そこにいるのは、ただの「初めて美味しいものを食べて感動しているおじいちゃん」であった。
「あはは! おじさん、気に入ってくれた? おかわり、いっぱいあるよ!」
「……アルス様……。……我は、愚かであった。……世界を壊すことばかり考えて、こんな素晴らしい『創造』を知らずにいたとは。……我、もう皇帝なんて辞める。……今日から、あなたの『お菓子試食係』として、月面の別荘で隠居させてもらえぬか……?」
「いいよ! 月面には、神様おじさんも寝てるし、シロちゃんたちもいるから、寂しくないよ!」
こうして、二つの世界を滅ぼすはずだった「星域衝突」は、アルスのケーキ一つで「暗黒皇帝の引退パーティー」へと昇華された。
暗黒皇帝は、マッサージチェアに乗って月へと旅立つ創造主(神)を追いかけるように、大きなケーキの箱を抱えて空へと消えていった。
「……し、師匠。……ついに『並行世界の王』まで、胃袋と概念で買収……いえ、救済なさいましたか」
イザベラが、震える手でその歴史的快挙(食レポ)を魔導板に刻む。
「……アルス様。……これで、二つの世界は『お菓子同盟』として統合されましたね。……もはや、この宇宙に敵はいません」
エドワード王子が、涙を拭いて空を見上げた。
「あはは、よかったね! ……あ、アスタくん。お隣の世界の人たちにも、お菓子のレシピを教えてあげてね!」
「畏まりました、我が主。……並行世界『ヴォイド』を、全域『お菓子工場』として再編いたします。……さて、新しい世界の名前はどういたしましょう?」
「うーん……。みんなが仲良しだから、『アルスのおもちゃ箱』でいいかな!」
アルス・ルーフェウス、12歳。
彼の「ティーパーティー」は、宇宙の枠組みさえも「甘いおもちゃ箱」へと書き換え、全次元に永遠の平和(と糖分)をもたらしたのであった。
……しかし、平和になった世界のさらに外側。
「全宇宙のバランスが、あまりにも糖分に偏りすぎている」
そう危惧する、さらに高次元の『宇宙管理者』たちが、ついに実体を持って動き出そうとしていた。
次回明日12時更新




