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お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
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第二体目

登場人物


静寂秋津しじまあきつ

 就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。


シャン

 『月影乙第七発展汎用型』の人型端末


小野ななおのななこ

 『小町』という別名をもつ美少女コスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ


菅原 すがわらおさむ

 陽気な性格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


柿本海人かきもとかいと

 眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ




 風邪も癒えた日。

 僕はシャンにせがまれ、この辺で一番にぎやかな街に行くことになった。新幹線も停車するターミナル駅の周囲は、僕の住んでいるところとは違って、多くの人が行きかうとても賑やかな場所であった。


「で、どこを見たいの?」


「そうじゃのぅ、できるだけ大きな建物の地下から屋上まで回れるだけ回ってほしい」


「そんなぁ疲れるだろ、何のためなの?」


「せっかくだから見ておきたいのじゃ、わしは上様とこうして一緒にいてとても嬉しいがのぅ、上様はいやか?」


「う……」


 僕の背負うデイパックの中からイヤホンを通してシャンが明るく答える。彼女とのやり取りは時折、本当の人間じゃないかと勘違いしてしまうほどである。

僕は昔からあまり自分の方から他人に対してコミュニケーションをとることが好きではなかった。ただ単に面倒くさいだけで、相手の存在に対し、忌み嫌うとか、断固拒否するというほどの大げさなものではない。何か誘われたら興味があるものだったらしょうがないけど付き合うかぁ程度のものだ。そういう風に生きてきたんで、大学に入ってからは特に友人というほどの者はおらず、皆、顔見知り程度であった。


 人があふれる駅のコンコース。

なぜかこういう日に限って、その顔見知り連中に会うのは何でだろうと思う。で、またそれが、向こうから声をかけてくるような奴なのも本当に解せない。


「おっ、しじまぁ!久しぶり!大学、休みになってから顔を見てなかったんで元気してたのかよ、就活の方はうまくいってる?」


 ゼミ内でも付き合いが広い菅原はとても気さくな奴だが、結構、そういう奴は遠慮なく人の心の境界線を踏み越えてくる。


「あ、まぁ」


「絵にかいたようなその表情、それは失敗したな、でもな、まだ、あきらめるな、死にはしない、楽しいことなら世の中いっぱいあるさ」


 悪意があって言っているのではないことは伝わるのだけど、なぜ、そこまで断言できるか、この手の奴の思考回路はどうも僕には理解しがたい。


「ほんと、ちょうど、いい時に会ったなぁ!なぁ柿本!」


柿本も僕と同じゼミで、一見、少し陰キャは入っているけれど僕ほどではない。彼も菅原と同様、僕の存在に気が付くとメガネの底にある瞳が輝いたように見えた。


「しじま氏、今さぁ、人数足りなくなっちゃって、時間がある、時間があるって言ってくれ、頼む!」


 彼は本当に困った様子で僕に両手を合わせて頭を下げた。


「え?頼むって、いったい何を?」


「しじまくん!私からもお願い!」


「小野さん!」


 彼女の名は『小野なな子』。

渋谷や代官山よりも秋葉原や下北沢が似合う大学の裏アイドルと呼ばれる立ち位置だ。

なぜ、裏なのかというと、普段は薄化粧でありながら端正なその顔立ちから発せられる言葉は通常の若者の想像を逸脱する。

 例えば好きな乗り物は何かという質問をしたとしたら彼女はきっとこう答えるはずだ。


「好きな乗り物なら『シュトルムティーガー』、どっちかというとドレスデンの近くで捕獲されたクビンカ戦車博物館の色の方が好き」


 その深い見識と鋭い洞察に裏付けされた幅広いアングラ知識は既に神の領域である。また、それだけではない。アイドルたる所以ゆえん、彼女の趣味の一つであるコスプレ画像や動画には多くの信者がおり、その界隈では『伝説の天女』とも呼ばれている。


「ど、どうしたんだい、それもあまり見ない組み合わせじゃないか、いったい何があるの?」


「Eスポーツ!これからFPSのイベントがあって、そこに出るんだけどさぁ」


 菅原は、そう言って僕に一名、急病で参加できなくなったこと、四名一組なので人数が足りなくなったことなどを説明し始めた。


「で、これから色々な奴に連絡しようかと思ったところに」


「救世主しじま氏の登場、たしか、しじま氏、ゲーム好きだって言ってなかったっけ」


 柿本はいつの間にか僕の横に並び、しっかりと左腕をホールドした。


「FPSってたしか撃つゲームだろ、そんなのやったことないし、せいぜいパズルとかブロックおとしとか……他の人……」


「ううん、いいの、一人はリザーブだから、ただ、後ろにいてくれるだけでいいから」


 そう言って小野さんは、うるんだ瞳で僕の顔を見つめ手を握った。それもすさまじく強い力で。その華奢な手には「おらぁ、逃げるんじゃねぇぞ、この私が頼んでいるんだ」という強い念がこもっているようであった。


(上様、わしも見てみたくなった、案ずるな、これからのいい練習になる)


 シャンの声がイヤホンに届いた。


「わ、分かったから、やるよ、一緒に行くだけでいいんだろ」


「ありがとう!」


「さすが、しじま、やっぱりお前は話の分かる奴だ!」


 不安げだった小野さんの顔に笑みがこぼれた。

あまり彼女を意識したことのなかった僕でさえ、それはとてもかわいく見えた。



 デパートを改装した多くのテナントが入るショッピングモールがイベント会場だった。そこは僕が想像していたよりもずっと広く、有名なゲーム会社のロゴと大きなモニターがステージの正面に据えられ派手な電飾に彩られていた。

 その人気を証明するように既に参加者を越える入場者が客席を埋め尽くしている。

 僕たちが入場すると、観客席から大きな割れんばかりの歓声が沸き起こった。慌てて周りを見回すと、いつの間にか小野さんがこのゲームに出てくるヒロインのコスプレ姿に変わっていた。

 菅原も柿本も同じチームというポジションの有利性を利用し、近くからその美しさを堪能していた。


「三名の下僕を引き連れて登場するのは!天から舞い降りた天女『小町ちゃん』率いる『チーム小町』だ!まさにその美しさは伝説級!私も今日、会えるのを楽しみにしていたぁ!」


「僕たちは下僕なのか」


 司会の紹介に、僕は少し不愉快だったが菅原と柿本はそれがかえって嬉しいように小野さんの両横にひざまずくパフォーマンスを見せた。

 観客席の声援は一層高まりを見せた。


「姫の相手にはそれはふさわしいものを用意しなければならない、今日の大会の優勝候補、前回の日本チャンピオン『チームリベルタ』だ!前回までの大会ではほとんどのチームを瞬殺してきたぞ、晴れて今シーズンからプロチーム候補として既に活躍、多くのファンを虜にしてきた!」


 敵チームは僕たちよりも少し年長で、チーム名が書かれた同じジャケットを羽織っている、それはいいのだが、周囲を睨み付けるなど、行動の端々がすごくいきがっているように見えた。


「素行の悪さでスポンサーがつかないそうだよ、まぁ、小学生を脅したり、物壊したり、相手が自分たちよりも弱いとみたら言いたい放題らしい、みんな嫌ってるよ」


 菅原は彼らの様子を気にしている僕にそっと教えてくれた。


「今日もすでに世界から競技を見ようとアクセス数が二千万を突破!まだまだ上昇中だ!世界大会本部ワシントン州ベルビューからは嬉しい悲鳴が上がっているぞ!」


 大型モニターには世界地図と現在のアクセス数を示すカウンターが描かれ、その数が一万人ごとに瞬いた。


「何かすごいのぅ、まるで魔宴サバトじゃな」


 シャンは早々とバックから抜け出し、僕のブルゾンの内ポケットにいる。


「僕もこんなところに来るのは初めてだ、さっき、菅原が言ってたのとだいぶイメージが違う」


 そう言って顔を上げると目に飛び込んだのはステージ上に対戦するチーム人数分のゲーム機、その数八台。待てよ?二つのチームずつ対戦するとして六台でいいんじゃないのか。僕の心に一瞬、不安がよぎった。


「ファーストステージはアリーナだ!ルールはご存じ四対四のデスマッチ、多くのキル数を稼いだ方がセカンドステージに進むことができる。セカンドに進めるチーム数は四チーム!」


「柿本、おい柿本、なんか聞いていたことと違うぞ」


「あぁ、姫が勘違いしていたようだね、でも、心配しなくてもいいよ、姫はすげぇうまいから、相手が世界ランカーになるくらいでやっと対等だと思うよ、俺たちは固まってできるだけ逃げ回っていればいい、あ、それとしじま氏、ヘッドホン使うから、イヤホン外しておかなきゃ、ルール違反になるよ」


 ここに誘われた経緯をまったく気にしていない柿本は、僕のイヤホンを指さした。


「えっ、イヤホンを外すと、シャンと連絡がとれなくなるじゃないか」


「シャン?」


「い、いや何でもない」


 世界ランカー、小野さんは勘違いしていた訳じゃない。

 多分、これもパフォーマンスの一つとして見せたいんじゃないのか。きっと、素人の僕や他の二人をかばいながら鮮やかに戦うその姿を世界中に見てもらいたいんだ。だから、それは下手であればあるほど、オロオロと味方が動くほど効果的なのかもしれない。が、仮に負けたとしても最後までけなげに仲間を守り戦った乙女として彼女の名声はまた上がる、負けた要因は僕たち下僕だ、彼女にとってどちらに転んでも損はしない。


(彼女は天女なんかじゃない、世界ランク級の魔女だ)


 そう思いながら小野さんの方を見ると、彼女はさっきとは正反対の冷たく妖しい笑みを浮かべながら僕たちの方を見ている。


(心配するでない)


 僕の頭の中に直接シャンの声が聞こえてきた。


「上様の体を通して直接呼びかけておる、上様の肌は見た目と違ってすべすべじゃのぅ」


「そのスリスリをやめろ」


「そうかもっとこうしていてもいいのにのぅ、人体は不思議じゃ、バッテリーもないのに、こうして温かさを効率的に保つ、そうじゃ、ゲームが始まったら上様の脳波にオーバーコミットさせてもらう。たいして気にしなくてもよい、アクセスする瞬間は少し痛みが走るかもしれないがのぅ、じゃが、多くの臨床実験で無害は証明済みじゃ」


「脳波に何するんだ」


「上様の言語で適当なのは『愛撫』かのぅ、わしにすべてをゆだねるのじゃ」


 僕は恥ずかしくてその場で聞き返すことができなかった。

イベントコンパニオンの女性が僕たちをそれぞれのゲーミングチェアに誘導していく。机上にはプレイヤー専用のモニター画面とゲームパッドが一個。


 ヘッドホンをセットした僕はどのボタンが何をするのかさえ分からない。たかがゲームに何でこんな緊張しているのだろうか、たかがゲーム……。

 観客席が静寂に包まれた。


「ファーストステージ、カウントダウン!」


 司会の声にあおられるようにして、観客がカウントを絶叫する。

 小野さんや菅原、柿本は今までとはまるで違う顔つきになっている。


 たかがゲームじゃない、これは真剣勝負の場所だということに、僕はようやく気が付いた。


 ゲームが始まって三秒もしないうちにパッドを持つ僕の手が汗でにじんだ。僕の操るキャラクターはその場をただクルクルと右回りで回るだけであった。


「進め、何を回っているんだ」


 ボタンを適当に押すとライフルを発射したり、ジャンプをしたりしていて一向に走り出さない。それを見て、観客は悲鳴に似た笑い声をあげている。


「コネクション」


 シャンの力強い声が頭の中に響く。

 一瞬、強制的に瞬きをさせられたように僕は感じた。

 音が聞こえなくなり、僕の視界の中に入るものはすべての動きがゆっくりとしていた。


「上様、コントロールはこちらが承ります」


 シャンの声だが、いつもの高飛車な様子とは異なり、その声はとても優しかった。

 僕の意思に反して、両手の指が早く動く感覚に包まれた。


「シャン?」


「上様が冷静でいてくれるほど、わたくしが上様と一つになれます、どうか落ち着いてくださいませ、では敵とお手合わせさせていただきます」


 僕の操る、いや、操られているキャラクターは襲ってくる相手の攻撃を左右によけ、ヘッドショットを正確に決めた。

 会場のどよめきが振動となって椅子から伝わってきた。


「簡単すぎてしまいます、上様にとってお稽古にならないかもしれません、どうかお許しを」


「シャン、お前どうしたんだ」


「上様、お戯れを、いつものわたくしですよ」


 僕の問いかけをシャンは軽く受け流した。


「上様の思い人が危ないようです」


モニター内のレーダーを見ると、小野さんのキャラクターは他の三人に囲まれ、苦戦しているように見えた。


「別に思ってなんかいないよ」


「それを聞いて少し安堵しました」


(何を安堵したんだ?)


「調子にのってるお嬢ちゃん、プロをなめるんじゃねぇぜ、これは世界大会だぁ、一人で戦えるほど、甘いものじゃないんだよ」


 相手チームは挑発するため、わざと誰でも聞くことのできるオープンチャットにしてきた。小野さんのキャラクターは防御のための壁から動くことができなくなっている。


「ほら、見えてるぜぇ、逃げてみろよ、くそビッチ!」


 さすがに見かねて助けに来た菅原と柿本のキャラクターは瞬殺された。ダブルキルされたのでペナルティとして二人の復活までにはまだ十数秒はかかる。

 会場の盛り上がりは凄まじかった。お姫様が暴漢にいたぶられるこのシチュエーションを期待している者も多かったに違いない。


「おい、下僕がまた一人飛び込んできたぜ」


「恥ずかしいなぁ、そんな奴隷みたいなポジション本当に恥ずかしくないのか……俺だったら自殺するね、死ねよ」


(こっちにも色々と事情があってさ)


「やられた!」


「何?うわ!」


 僕のキャラクターは、調子にのる敵プレーヤーキャラクターを次々と倒していった。


「こ、こいつ、この動き、チートじゃねぇのか!」


 そのセリフには観客から大きなブーイングが上がった。主催者の用意したゲーム機にそのようなバグを忍び込ませることは不可能であったからだ。

でも、僕の心の中は相手チームに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(ごめんなさい……チートです)


「畜生!こんなところで負ける訳にはいかねぇんだよ!」


 僕たちチームのおさえた建物に焦る敵チームは近付くことすらできなかった。

 タイムアップした後の結果は、最初に菅原と柿本のキャラ二人倒されただけの完勝であった。


「ディスコネクト、上様、どうであった、愉快このうえなかったろぅ」


 いつもの元気なシャンの声に続き、会場のざわめきが歓喜に変化したことが僕の耳にようやく伝わってきた。


「しじまくん……あなたって……」


 小野さんの瞳から妖しい光が消え、憧れの対象を見つめる濡れた瞳にこちらも変化していた。それと菅原と柿本の僕を見る目も……。


 セカンドステージからは僕は小野さんのサポートに徹し、余計なことはできるだけ避けた。彼女の実力もあり、その日の大会は僕の、いや、彼女のチームが優勝したことは言うまでもない。


 同日、僕の国では五人、世界では千五百人が犠牲となったと聞いた。



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