第一体目
静寂秋津
就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。
シャン
『月影乙第七発展汎用型』の人型端末
「さて、慎重な選考の結果、誠に残念ですが、この度は採用を見送らせていただくこととなりました。ご希望にそえず申し訳ございませんが、あしからずご了承ください。貴殿の今後のご健勝を心よりお祈り申し上げます。略式ながらメールにてご通知申し上げます」
スマホを持つ僕の手から力が一気に抜けた。
冬晴れの空。
僕が立ち止まった道の脇には、昨晩に降ってとけた雪が泥にまみれて小さく固まっていた。学校帰りの小学生たちが先を争ってそれを踏もうと僕の横を笑いながら何人も通り過ぎていった。
(この先、バイトだけで乗り切れるのか……僕の人生)
大学同期の友人たちは、大なり小なり、就職先が決まり、実家の近くに帰るもの、大都市に出ていくものばかり。緑多い自然豊かなキャンパスが売り物の大学のあるこの街はというと、ぐるりと周りを見渡せば里山ばかり、かろうじて首都圏直通の特急が二時間に一本しかない私鉄駅がセンター街だ。
バイト先の数だってたかが知れている。そのバイト先で大学の後輩が就職浪人の僕に後ろ指で笑う光景がすぐそこに見える。
「はぁー」
僕の口からは、ただただため息しか漏れない。
(いっそ風になりたい……)
ありきたりなフレーズを思う僕の顔に涙代わりの鼻水がつたった。
(本当に風邪になってしまった……)
その日の夜から僕は高熱を出して寝込んだことは言うまでもない。
解熱剤が効きすぎたのか、昨日から寝込んでいた僕は宅配員のドアチャイムでようやく目を覚ますことができた。
「すいません、風邪気味なので、えーっとドア空いているので、前に置いておいてもらえますか」
宅配員の青年は軽く返事をして荷物を置き、すぐに帰っていった。
ドアを開けた僕の前に十六ロール入りのトイレットペーパーくらいの段ボール箱が、ワンルームの狭い玄関を塞ぐように鎮座している。
国際宅急便の送り主は『ダブリュービレッジコーポレーション』。住所は台湾基隆と書いてある。
海外にはまるで縁のない生活を送ってきた僕に、そのような会社や住所はまったく身に覚えがない。ただ海外から勝手に荷物を送り付け法外な値段を請求する違法な行為は、ネットニュースか何かで見たことがあったので、普通であれば受け取りを拒否して引き取ってもらうのだけれど、この時だけはどうしても開けずにはいられない気持ちに変わっていた。
送り状の宛名には僕の名前の後ろに括弧付きで『○○へ』と記されている。
その奇妙な言葉だが、何のことはないそれは中学校の時の自分のあだ名であった。
僕の名は「しじまあきつ」なので、自分でも何でそんなあだ名が付いたのか不明だった。でも、小さい頃から中学を卒業するまで、周りの友人は皆、僕のことをそう呼んでいた。高校は父の転勤の関係から離れた所に行ったので、過去を知っている連中はいない。
昔のあだ名を見聞きすることは、ここしばらくはなかったことだ。
「結構、重いな」
床を引きずるようにして部屋の中央までずらし、箱にかかったバンドを切り、そして、しっかりと貼られたガムテープを一枚ずつ引きはがした。
「何だ?」
樹脂製の白いケースが緩衝材に埋もれていた。
ツルツルとした表面で手を滑らせないよう慎重に箱の中からそれを持ち上げた僕は、パイプベッドのマットの上に何とか載せた。緩衝材のかけらが床にパラパラと散らばった。でもその後片付けよりも、僕はその白いケースの中身の方がまず気になった。側面の留め金は六か所もあったが、これは思っていたよりも軽く外すことができた。
「うわっ!」
蓋を開けた僕は、大きな声をあげて後ろにのけ反り、思い切り壁に頭をぶつけた。
一瞬、子供の死体が入っているように見えたが、よくよく見ると非常に良く出来た人形だった。
「驚かせやがって……ただのフィギアじゃないか」
薄い萌葱色というのだろうか、そんな髪の色をした少女の人形がフワフワなクッションの中に眠っているように収められている。その少女の人形はまるで、外国のおとぎ話に出てくるような姿に見えた。
僕みたいにフィギアの類に興味がない者が一目見ただけでも、それはとても精巧に作られているのが分かった。頬の色や質感は本当に生きている人間を小さくしただけのよう。着ている蒼いドレスやアクセサリーもおもちゃとは思えないほど繊細に仕上げられ、高価な芸術品と言ってもいい出来映えだった。
「ん?」
一瞬だけ、人形の長いまつげが少し震えたように僕には見えた。初めは見間違いだと思っていたが、確かめるごとに動きがはっきりしてきた。
「ん?ん?」
僕がさらに確かめるように見ていると、寝ている人形が小さくあくびをした。
(もう少し……眠らせ……)
「うわぁ!」
僕は開けていた蓋を勢いよく閉じた。
(僕は夢を見ているのか?女の子、間違いなく女の子の声だ。誘拐、僕は誘拐犯か?いや待ってほしい、僕は届いた荷物を開けただけだ、宅急便のお兄さんだって知っている、って待てよ、お兄さんは中身を見ているわけじゃない、後から入れたなんてこと言われたら、どうやって弁解したらいいんだ)
数秒の間に僕の頭の中に様々な状況が沸き上がっては消えた。
(でも、冷静に考えろ、考えるんだ)
白い箱は今も目の前にある。
(よく考えてみろよ、あんな小さな箱に生きた女の子が入るはずはないじゃないか、はは……馬鹿だなぁ、見間違いっていうこともあるし、そうだ、よく出来たフィギアだったもんな、そうだ、自動で話す機能くらい普通は付いているんじゃないか、私、何とかちゃんくらい、昔のおもちゃだって話していたもんな)
僕は棚の上からスマホをつかみ、発送元の会社をすぐに調べてみることにした。
「ダブルブレッド……コープ」
「ダブルビレッジコーポレーションじゃ、この愚か者」
「そうだ、ダブルビレッジコーポレーション、ダブルっと、あれ?ないなぁ」
「多分調べてもヒットしないぞ」
「どうして?」
(あれ?僕は誰と会話しているんだ)
顔を上げた僕の視線の先に、ケースのふちに座り、膝の上で頬杖をつく人形と目を合わせた。
「全く、新しいマスターとはいえ、最近の日本の若者は挨拶もしない礼儀知らずじゃ、ましてや初対面なのに、何で人形が話せるんだぁとか、僕は夢をみているんじゃないかぁとか、ありきたりな反応はしてもらいたくはないものじゃ、がっかりするわ」
そう言いながら人形は、両手を腰にあててその場にバランスよく立ち上がった。スポーツ選手のようにキビキビとしているその動きは人形ではなく、本当に生きた人間そのままであった。ただ、その大きさは除くが。
「わしの型式は月影乙第七発展汎用型である、製造番号も今は省略じゃ、早くセットアップを済ませたい。おぬしのことはあらかたもうメモリーされておるので、自己紹介はいらぬぞ。人体識別呼称『シジマアキツ』では言いにくいので、以後『上様』と呼ばせてもらうことについて創造主からの了承済みじゃ」
そう早口で話す人形少女は右手の人差し指を使って、床に座ったまま動けない僕の鼻に狙いを定めるように指さした。
「まず、ベースとなるわしのコミュニケーションタイプを選択しろ、今は初期設定の『扈三娘』になっている、『顧大嫂』、『静』、『紫』、『寧々』、『ヒミコ』、『アン』、『マリー』、『ジャンヌ』、『ミリ』など数えきれないほどあるぞ、好きなのを選べ」
「選べって言われても、どれがどんな話し方をするのか教えてくれてもいいんじゃないか」
「上様とはいえ世話のやける者よのう、例えば良妻型は顧大嫂、静は愛人型、紫は妹、寧々は姉型じゃ、特にミリなどはわしにとって特に便利じゃ、面倒くさい質問にはよく分からないと返すだけでいいからのう」
「それなら、うーんと……迷うな、何があったっけ……寧々にしよう……かな」
「残念だが、時間切れじゃ、初期設定のままでいかせてもらう、決断の鈍い者は老若男女問わず危機をより自分の近くに招き入れるぞ」
「えっ、まだ考え中なんだけど」
「やかましいのぅ、では次の質問じゃ、わしのことをどう呼ぶか、製造型の『月影』は母国では『ユェィニン』と発音するが上様の言語力や活舌に合わせ、『カゲ』や『ニン』などと適当に呼べば反応するようにもできる、さぁどうする」
「ちょっと待って」
「チヨ?ずいぶん古風な名じゃのう、データ上では三百年以上昔に流行した名じゃ」
僕は昔から急な選択を迫られた時は迷う性格である。オロオロと迷う僕を見て、父や母はいつも僕にしゃんとするように言っていた。
「こういう時こそシャンとしなくちゃ……」
「そうか、記録する、『シャン』、わしに合った名じゃな」
人形少女は頭の横に指をあて、首を少し左に傾けた。
「え、ちょっと、そういう意味で言った訳じゃ」
「うむ、これも設定終了じゃ、その他の細かな設定はおぬしの生活様式に沿った形で一番合ったものを順次調整していく、よいな」
「は……はい……あの質問をいいかな」
手を挙げる僕は自然と人形に敬語を使っていた。
「うむ、認めるが、少し堅苦しいのう、もそっと軽く話せ」
人形少女は、腕を組み、両足を大の字に広げて箱の淵に立ち続けている。
「何でお前は……」
「『シャン』と呼べ、上様が決めたのじゃろう?」
「あっ、ごめん、何で『シャン』はここにいるの?」
「ごめんもいらぬ、それはのう……すまぬが、その質問の答えには創造主様よりプロテクトがかかっている。今、言えるとすれば『上様を守りともに戦うため、その他はいずれ明らかにする』が適当な答えじゃ」
「守る?おもちゃに守られるようなことなんて」
「『おもちゃ』などとそのようにわしを軽く言うな、恥ずかしい。わしはこう見えても超技術的少女型端末試作新第五世代じゃ」
「端末?よくできたスマホみたいなもんなのか」
シャンは高速で宙に飛び上がると、そう言う僕の頭を思い切り殴った。小さなこぶしの割に目の前の視界が真っ白になるほど痛みが走った。
「痛ぇ」
「そういうイヤらしい言葉を使う男とは記憶されていなかったぞ、わしの大切な上様とは言え、はしたない言葉を使う姿を見過ごすことはできぬわ」
シャンは、本当の生きている人間のように顔を真っ赤にしながら僕に抗議した。
「スマホがそんなイヤらしい物なのか、そんなのは聞いたことがない」
「上様はあんな風にじっと見つめられたり、握られたり、指で撫でられたりすることに何の感情も抱かぬのか?」
「いや、全然……」
「そ……そうか、それが上様の願い……命令なら、仕方ないか……少しなら我慢する……好きにしてよいぞ」
シャンはうつむいたまま両腕を前にからませ恥ずかしそうに身体をくねらせた。
「まて、まて、まってよ、分かった、分かったから話を戻すよ、僕は何で守られるんだ?そして、シャンを作った創造主っていったい誰なんだ?」
「今は上様に話すことはできない、ネットでいくら検索しても無駄じゃ、ヒットしてもそれはすべてダミー、全く意味のないものじゃ、ただ、わしは上様のために存在する、それがすべてじゃ」
シャンはそう言いながら床に降り、散らかったままの梱包材を小さな体で集め始めた。
「巣の中を汚くしているところには、異なる性は寄り付かぬ、上様も鳥類を見習うがよい、わしのベッドはあの遺跡時代のパッドを置いてあるところがよい」
「あれ、バイトの金で買ったばかりなんだけど」
「当然、廃棄するには忍びない、姿形は違えど同種だからの、わしのベッドの横に置くがよい、折を見てリファインしておく」
僕はそのケースを机の上に移動した。
「念のため中央サーバーに初期のバックアップをしておく、ベッドでしばし休ませてもらうが、ボディへのお触りは厳禁じゃ、変なノイズが混じるからのぅ。どうしても我慢できぬのであらば下着を少し見るくらいなら問題はない」
「見ないよ!」
僕が慌てて否定するのを見て、シャンはニコリと笑い、ケースのベッドの中に仰向けの姿勢で休んだ。人形とはいえ、瞳を閉じたその表情は本当の少女のようであった。
シャンが静かになったのを見計らい、僕は送られてきた企業の住所をネットで検索した。
「え?」
予想していたとおり、そのような企業はなく、会社の住所を示した場所は街中から少し離れた小高い場所の公園であった。
後から聞いたことだけど、僕とシャンが初めて出会ったその記念すべき日、この国から最初の犠牲者が出たらしい。




