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お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
16/55

第従六体目

<登場人物>


静寂秋津 (しじまあきつ)

 就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。


シャン

 『月影乙第七発展汎用型』の人型端末


小野なな子 (おのななこ)

 『小町』という別名をもつ美少女コスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ


鹿内みやび (しかないみやび)

 アキツが救おうとした女子高生


菅原 治 (すがわらおさむ)

 陽気な性格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


柿本海人 (かきもとかいと)

 眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


小泉 廉 (こいずみれん)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行動している


大椛マサハル (おおなぎまさはる)

 アキツの小学校の同級生 レンと活動を共にする


上野カエデ (うえのかえで)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の男性タイプの『月影人形』と共に行動している


播磨ヒロト (はりまひろと)

 アキツの小学校の同級生


森脇イツキ (もりわきいつき)

 ベンチャー企業『クトネシリカコーポレーション』の代表取締役 


長井成美 (ながいしげよし)

 公安調査庁公安調査官 連続爆破テロ事件の犯罪組織を追う


木戸浦 淳司 (きどうらあつし)

 公安調査庁公安調査官 連続爆破テロ事件の犯罪組織を長井と共に追う

 ここ数日、事故現場に向かう幹線道路は、がれき撤去作業のための交通規制が敷かれていた。荷台にバリケードやポールなど、工事道具が満載された中型トラックはその渋滞につかまっている。車中の作業服姿の二人の男は、歩道を行きかう人々に目をやりながら時を持て余している。


「すべての人間が幸せに生きることができる世界の実現……」


 好青年という言葉がふさわしい印象を誰にも与える男の公務上の名は木戸浦と言い、同じ担当の長井にとっては初めて組む相手だった。木戸浦は長井の説明をメモすることなく、時々、宙を向くような視線を繰り返すしぐさを続けている。若いキャリアでこの部署の任務を任されたということは、それなりの実力を持つ者であるには違いなかった。


「よし、覚えました、中野の情報と統括のお話を拝聴しながら思考していたのですが、それが事実であっても、私には理解しがたいですね」


 初老に差し掛かろうとする長井は、この役職に異動してくる者は二種類の人間がいると常々思っている。純粋に使命感に生きる者と自分の知識の欲求を満たすためだけの者、木戸浦は後者のタイプに違いないと言動と態度から確信している。


「一言で表すのなら『稚拙』ですね」


「だが、行動理念が単純であればあるほど、それが人々に浸透し原動力となる、特に政治家や富裕層が狼狽するほど痛快劇だ、そして活動家は義の行動と錯覚し、また愚行を繰り返す、テロ行為であったとしてもな、いつの時代も繰り返される茶番だ」


「概ね統括の意見に同意しますよ、民衆はいつもどこかで退屈していますからね、自分が選択した生き方の失敗を人のせいにしながら、あぁ、ここで降ろしてください、この込み具合だったら地下鉄の方が早いと思います」


 木戸浦はグローブボックスに脱いだ作業服を丸め入れながらそう言い、バックミラーで助手席の後方を確認した。


「気を付けていけよ」


「当然じゃないですか、仮の長井さんこそ職質受けないように、二台後ろのセダンは桜田門ですね、一時間のうち、これで十台目だ、ほら、そこの路駐のやつも、後部にあんな特注アンテナ付けていたら丸分かりなのになぁ、もう彼らはこんなところにいる訳ないのに」


 嘲笑しながら降車した木戸浦は、地下鉄駅の階段へ人の流れとともに消えていった。

 

 ダッシュボードの上に張り付けただけの安物の時計の針が十五時を指した。地下の通信ケーブルに長井と木戸浦が設置した盗聴装置が作動を開始する時間である。

 犯行グループに関わる情報を収集する二人が対象とした団体は、大学生が立ち上げたサークルを母体とするITベンチャー企業である。

 『クトネシリカコーポレーション』カリスマ学生起業家「森脇イツキ」を中心としたこの企業が開発した最新の人工知能には西側諸国から技術供与のオファーが殺到しているという情報が長井のような末端の職員の耳にも届いていた。


 同時刻、地下鉄のホームで壁を背に電車を待つ木戸浦は、「平和と環境」を大きく謳った『クトネシリカコーポレーション』の液晶広告パネルを冷めた目で見ている。

 広い緑の草原で戯れる白い子犬と少女、遊び疲れた少女の頭上へ天から差し伸べられる女神の両の手のひらにはバビロニア古代神を表す楔文字に似た企業ロゴが描かれている。


(一機の戦闘機は一人の天才デザイナーがすべてを作り上げるという、まさにそれを地でいく企業だな)


 木戸浦がこれから参加するのは、当の企業がスポンサーとなって開催される環境保護イベントである。会場となる大規模コンベンションホールには駅の出口付近から既に長蛇の列が出来ている。イベントには芸能人も多く出席しており、それ目当ての参加者が大半であると木戸浦は見ている。

 来場者には参加証代わりのバングルが配布され、端末アプリと情報を連動させることで様々なグッズやポイントが受け取れるようになっている。


(これだけもらえるのだったら、本名や住所なんていくらでも売るだろうな)


公務のため木戸浦自身も本名ではない。


 華やかなステージ衣装に身を包んだアイドルグループが歌い終えると、会場に昔の居酒屋で飛び交うような「一気」のコールが沸き起こった。


「盛り上がってきたね!さぁ、ここでみんなに紹介するよ!今日のこのフェスのホスト、僕たちの蒼い地球の守護神!イツキさんです!」


 男性リーダーの呼び声に一瞬、暗くなった会場が大きくどよめいた。ピンスポットで照らされたステージの一点に青年が立っている。

 奇抜な衣装を着ているわけでもないただのスーツ姿の青年ではあったが、アイドルグループのメンバーの一人とも言っても見分けがつかないほど美しい出で立ちであった。

 青年が右手の人差し指を口の前に当てて、静かにするような動作をすると、観客は見る間に静かになっていく。


「ありがとう、マイピープス、僕の大切な人たち」


(詐欺師の登場か)


 熱狂しているようなふりをしながらも木戸浦はカリスマ経営者の観察を続けていた。この定期的に開催されているイベントで、多くの者が未知の体験を味わったという報告書を木戸浦は目にしていた。それがどのようなものであるか、自分自身で確かめたい衝動をずっと抑えている。


(彼の言葉、一挙一動すべてカルトや極右、極左セクトの指導者と同じ行動パターン、思っていたよりも単純すぎる、もう少しためになるご高説を聴きたいところだが)


「僕たちの愛するこの地球は今、人間同士の争いが絶えず行われている、国境がない世界に国境を描き、そして、異なる見た目や意見の者たちを虐げることを続け、そして再び悲しみを連鎖させる、みんなそんなことがやっちゃいけないこと、繰り返してはいけないことだと分かっているんだ、でも、現実はそうすることしかできない……」


(くだらない道徳の授業だ)


 木戸浦の周りの聴衆は、その青年の流ちょうな言葉に時折うなずいている。


「みんな本当はどこかで救いを求めている、苦しんでいる……でも、君たちは十分に悩んできたのだから、学校にいたって、会社にいたって、部屋の中で一人でいたって、もう耐える必要なんてないよ、死の恐怖を克服する必要なんてない……僕たちはもう戦う必要なんてないんだ」


 空間に投影されたスクリーンには、友情や愛など、ありふれた単語と共に聴衆の顔がリアルタイムで次々と映し出されている。青年の言葉はだんだんと熱を帯びていく。

 そういう演出が余計に木戸浦の心を冷ましていった。


「しかし、救いはあるんだ!ここにいて、僕たちのことを信じている人、そして心のどこかで信じられない自分という存在に気付いている人、どんな者にも等しく、救いは誰にでもあることを証明してあげる、それを少しでも感じられたら僕や大切な仲間が言っていることが偽りではないと気付いてくれるはずだから!」


(死すことの試練を知らせ給えよ?……これはたしか……モーツァルト)


 ロウソクを模した幾千ものかすかな光の点灯に続き、モーツァルトの『アヴェ・ベルム・コルプス』の弦楽付きの合唱が次第に会場に響き渡っていく。


 我は永遠にあなたと!


 木戸浦の頭に直接、言葉が飛び込んできた。事態が呑み込めていない他の聴衆も声の主を探すようにあたりを見回している。


 信じよ!さすれば与えようカーネリアンの光と言葉を!


 耳からではない、直接、頭の中に文字が刻み込まれていくような今までにない感覚に木戸浦は驚愕した。あまりの興奮に泣き出し失神する人、恍惚の表情を浮かべ放心している人、青年の名の絶叫を続けている人、会場の中は木戸浦が予想していた以上の行動をするそういった人々によって、別世界のように変貌した。


 ステージ上では、両手を翼のように広げて天を仰ぐ青年と、足元にひれ伏すようにうずくまるキャストの姿があった。


「感じられたでしょうか、この地球と僕たちをお守りくださる神の言葉を……」


 ほんの一時だけ静まり返った会場が、聴衆の歓喜の声で大きく震えた。木戸浦は先ほど自分が体験したことの無い感覚に対し、すぐに疑問を抱いた。


(耳からの情報ではない……間違いなく、頭の中を引き裂くようにあの言葉が割り込んできたのは事実としてとらえる必要がある、そのようなことが技術的にできるものなのか)



 木戸浦が奇跡のイベントで頭を悩ましている時に、長井は小さな工務店を模した建物の車庫に軽トラックを駐車した。そこには工員姿の同僚が待っていた。


「盗聴は失敗だ」


 同僚は軽トラックの窓越しに短く結果を伝えた。


「まさか、すべて設計通りに仕掛けてきたはずだ」


「ああ、それは長井さんだから俺も信じている、だが、イベントの開催時も含め、通信は一言だけ」


「一言?どんな言葉だ」


「トレジャーハンターの皆さん、お誕生日おめでとう」


公安おれたちも馬鹿にされたもんだ」


 長井は苦虫を潰したような表情で、同僚と顔を見合わせた。


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