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お月様はいつも雨降り  作者: みみつきうさぎ
15/55

第従五体目

<登場人物>


静寂秋津 (しじまあきつ)

 就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。


シャン

 『月影乙第七発展汎用型』の人型端末


小野なな子 (おのななこ)

 『小町』という別名をもつ美少女コスプレーヤー兼アングラ界のアイドル アキツとは同じゼミ


鹿内みやび (しかないみやび)

 アキツが救おうとした女子高生


菅原 治 (すがわらおさむ)

 陽気な性格で人の心に遠慮なく踏み込んでくる小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


柿本海人 (かきもとかいと)

 眼鏡をかけ鋭い観察眼をもった小野なな子親衛隊員 アキツとは同じゼミ


小泉 廉 (こいずみれん)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行動している


大椛 マサハル (おおなぎまさはる)

 アキツの小学校の同級生 レンと活動を共にする


上野カエデ (うえのかえで)

 アキツの小学校の同級生 シャンと同型の男性タイプの『月影人形』と共に行動している


播磨 ヒロト (はりまひろと)

 アキツの小学校の同級生



長井成美 (ながいしげよし)

 公安調査庁公安調査官 連続爆破テロ事件の犯罪組織を追う


木戸浦 淳司 (きどうらあつし)

 公安調査庁公安調査官 連続爆破テロ事件の犯罪組織を長いと共に追う



 カフェテラスの一番通り側が小野さんの選んだ席だった。日差しがちょうどよく差し込み、近くの海から流れてくる風は初夏の香りを運んでくるようで、僕にはとても気持ちよく感じた。

 みやびさんは、私服だったので年齢よりもずっと大人びて見え、はじめて出会った頃の暗い表情はどこかに消えてしまったようだった。


「みやびちゃん、高校を今月から通信制に変えたんだって、私はすぐに賛成したんだ」


 来ている服の印象か、化粧の仕方を変えたのか、雑誌のモデル度が増した小野さんは椅子に座る姿もどこか普通の人と違う。その横で静かに笑うみやびさんもとても可愛く見え、僕にはまったく不釣り合いな二人だった。


「で、それで見てよ、今日のコーディネート、私が選んだんだけど、ね、しじまくん、この子は間違いなく美少女の部類よ、そう思わない?」


 確かに異論はない。


「でも、まだ今のところ私が上かな?」


 それは個人の趣味の問題だが、僕は愛想笑いでその場をうまく切り抜けた。


「あの、わたし、ずっと怖かったの、友達とか、将来の進学のこととか……誰かに話そうとしても自分からはずっと無理だった……親にも……でも、周りは私のことを完璧な人間だ、頭がいいし、何でもできてうらやましいねって……」


「で、無理しちゃったのよ、自分の思っていることや行動が本当の自分とは違うことを演じちゃうことに、分かるなぁ、そこまで心が疲れちゃうとさぁ、かけてくる言葉もみんな妬みや嘘のように思えちゃうんだよね、うん、この新作のフラペチーノは傑作だわ」


 大学の頃の小野さんは、多分、そのギャップを楽しむことが出来た稀有な性格だったのだと思う。


「わたしだってネットとか新しい人間関係がなければここにいないと思うよ、その点は同じよ、だから、みやびちゃんに言ったの、いい、これは逃げるんじゃなくて、新しい自分づくりの挑戦だって」


「わたし、なな子さんの言葉にすごく元気をもらっています、まだ、ちょっと不安なところはあるけれど、少しずつだけど自分を出していこうって……あの屋上にいた時、わたし、ただただこの世界から消えちゃいたかったんです、でも、こうしていられるのも全部しじまさんのおかげです」


 別の世界の君はそう思って消えてしまったんだ。だから、小野さんの横で、おずおずとはにかみながら話すみやびさんの笑顔は今の僕にはとても愛らしく感じている。いつものディバックの中のシャンは、今日は一言も僕に語りかけてこない。


「今日、しじまくんに来てもらいたかったのは、みやびちゃんのこの言葉を直に聞いてもらいたかったんだ」


「あ、ありがとう、僕も嬉しいよ」


 僕の短い返事にみやびさんは瞳から大粒の涙をこぼした。僕は最近、相手を泣かせてばかりのような気がしている。嬉しいのだけれど、とても複雑な感じが止まらなかった。


(この世界から消えちゃえばいい)


「!」


 さっき、みやびさんの話した言葉の一部が脳裏をよぎった。何だろう、この言葉は……僕は同じ言葉をどこかで聞いたような気がする。



 砂場……金属製の鳩の飾りがてっぺんについたのぼり棒……ブランコ……そうだ、公園の真ん中に大きな滑り台があった……確か薄いピンク色だった。滑り台の上には小学生のマサハルがいる。


「ここが一番高い場所だ、ここだったらすぐに四次元人が来ても分かるぞ、第三基地はこの場所がいい」


「馬鹿だなぁ、そんなところ登らなくてもレーダーがあれば一発じゃん、それにその基地は狭くてマサハルがいたら誰も登れないよ」


 気持ちよさそうに話すマサハルの言葉を遮ったのはレン、子供の頃のレンだ。


「レン、お前は裏切り者だ、そうだよなぁ〇〇」


 ブランコの前に均等に並べられた地面に半分埋まったタイヤの上に僕は立っている。


「え、僕は……」


「お前も四次元人の仲間だな」


「ち、違うよ」


「ねぇ、何してるの?手つなぎ鬼でもしない?」


「ねぇ、手つなぎ鬼しようよ!」


 同じクラスのヒロトともう一人の女子が僕たちの間に割り込んだ。もう一人の子はカエデ、確かそういう名前だった。


「ヒロト、聞いてよ、レンが俺の決めた場所を馬鹿にしたんだ」


「あの狭い所を基地だっていうから、マサハルの方が馬鹿だよ、もし、基地をつくるんだったら違うところの方がいいって思ったんだ」


「変なのぉ基地だって、何で公園に基地なんてつくるの、みんな馬鹿みたい、マサハル、あんた太っちょなのに分からないの」


 男子の会話を聞いていた女の子は冷たく笑って、わざと僕たちに聞こえるように言った。


「何だと!」


 マサハルの矛先がカエデに向かった。マサハルはブスだの馬鹿だの、ありとあらゆる罵詈雑言を彼女に浴びせた。


「ヒロトの友達、みんないじめっ子だ、先生に言いつけるから!」


「どっちも悪いよ、みんなごめんって謝れよ」


 泣き出すカエデを見て、ヒロトは何とかその場をおさめようとしたが一人では無理なようで、僕に助けを求めてきた。


「な、そうだよな、〇〇!」


「うん……」


「消えちゃえ!みんなこの世界から消えちゃえばいいんだ!みんな死んじゃえ!」


 そうかこの言葉はカエデが言ったんだ……。


「しじまくん、しじまくん」


 小野さんが僕を呼ぶ声に気付いた。


「大丈夫?一瞬、ぼっとしていたようだったんだけど」


「あ、ごめん、みやびさんの言葉に嬉しくなって、それで、とても気持ちよくって」


「もう、でもしじまくんがこんないい人だって分かってたら、大学ももっと面白かったんだろうな……」


 テーブルの上に片肘をつく小野さんの言葉を鵜吞みにしてはいけないとは分かってはいるが、心がとても疲れていた僕にとってはとてもいい時間のように思えた。


 建物の間をすり抜けてくるように大きな汽笛の音が辺りに鳴り響いた。建物の屋上で休んでいた鳩やカラスたちが一斉に空の上に飛び立っていく。


「何の音かしら?」


 小野さんもみやびさんも顔を上げ、その音の正体を確かめようとしている。


(上様!すぐここから離れた場所に!)


 シャンの叫び声が僕の頭に直接聞こえてきた。


「小野さん、みやびさん、こっちへ!」


 僕は椅子を後ろに転がして立ち上がり、シャンの入ったバッグを肩にかけ、まだ座ったままの二人の手を力強く握った。


「どうしたの?」


「すぐに逃げなきゃ!」


 二人は僕の突然の行動に目を丸くした。周りの他の客はまだその音を不思議そうに聞いている。金属がこすれ合うような音、それはファンファーレのような美しいハーモニーではない。


(地獄門の開く音)


 まさにその音のように僕には聞こえる。


(数値が上昇中!あと、三分以内!できるだけ遠くへ!)


「どっちに!」


(この通りを海の方へ!)


 僕は二人の手を取り、シャンの言う通り、海の方へ向かって駆けだした。


(手つなぎ鬼)


 逃げ出す僕の頭に急にそんな単語が浮かんだ。


(ねぇ、手つなぎ鬼しようよ!)


 無我夢中に逃げる僕たちの上で、一段とあの音が地響きを伴って轟音になる。

 岸壁に面した車道にたどり着くまで、僕は二人の手を放さず前ばかりを見て走り続けた。


「だ……大丈夫?」


 僕は息を切らせつつ、二人に何とか声をかけた。


「わたしもみやびちゃんもオーケー……でも、いきなりどうして……」


僕たちの後方で無数のガラスの弾ける音が聞こえてくる。


「あ……あれ……」


 みやびさんはそう言った後、その場に立っていられなくなり小野さんに倒れ掛かった。


 多くの人たちの悲鳴の中に僕たちがさっきまでいた場所のすべての建物が、海に落ちた氷河が溶け出すように崩壊していく。


(上様!みんなと伏せるのじゃ!)


「小野さん!」


 僕は小野さんとみやびさんの上に覆いかぶさるようにしてアスファルトの地面に伏せるとすぐに、僕の手や頭に無数の石つぶてが当たった。鼓膜の痛みと、つんとした油まじりのにおいが鼻を衝く時間がずっと続く。


「な……何、何があったの……?」


 小野さんの震える声を聞き、砂誇りまみれの僕が顔を上げて最初に見たのは、たくさんの建物に遮られていて今までその姿を見ることができなかった西の空に赤く染まる太陽だった。


「シャン……夕陽……夕陽ってこんなに大きかったっけ……こんなに赤かったなんて、まるで血の色じゃないか……」


(上様にしてはずいぶん詩人じゃのぅ……本当は何が聞きたいのじゃ?)


「僕は……僕はもっと僕のことを知りたい……このまま……このまま何も知らないまま死んでしまうなんて嫌だ……教えてくれないか……こんなことを早く終わらせるためにも……僕は僕にできることを知りたい……」


 二人の身の安全を確かめ、僕はフラフラとしながらもがれきの方に歩みを進めた。この中には多くの犠牲者がまだ埋まっている。一刻も早く動ける者が動くしかない。


向き合わなければならない真実という刃物を、僕はこの場所で喉に突き付けられた気がした……。



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