第従一体目
<登場人物>
静寂秋津 (しじまあきつ)
就活中の大学生、謎の企業から少女の姿をした人型端末『シャン』を贈られる。
シャン
『月影乙第七発展汎用型』の人型端末 通称『月影人形』
小野なな子 (おのななこ)
『小町』という名をもつ美少女コスプレーヤー兼アングラ界のアイドル
鹿内みやび (しかないみやび)
アキツが助けようとした女子高生
菅原 治 (すがわらおさむ)
小野なな子親衛隊 秋津とは同じゼミ
柿本海人 (かきもとかいと)
小野なな子親衛隊所属 秋津とは同じゼミ
小泉 廉 (こいずみれん)
アキツの小学校の同級生 シャンと同型の『月影人形』と共に行動している
地方都市の中では高層な部類に入るマンションの一室がレンの住居だった。
高層階の窓から見る夜景はそれなりにきれいで、新幹線の高架橋がひときわ白く真横に延びている。
高そうなソファーが置いてあるリビングの他に、まだ、いくつか部屋があるようだった。家の中全体が普通の学生ではまず買うことのできないような調度品ばかりであった。
「そこで座って待っていてくれ、今、飲み物でも準備する」
「家族と住んでいるの?」
僕は部屋の中のちょっとした違和感に気になった。言葉ではうまく表現しにくいけれど、この部屋で彼が生活している感じがあまりしないことが不思議だった。
「一人暮らしだ、両親はそろって三年ほど前に他界したよ、飲み物は何がいい?」
レンは壁のかげになっている隣のキッチンで冷蔵庫を開けているようだった。
「ありがと、でも、そんなにのどは乾いていないんだ」
「まぁ、そう言うな、久しぶりの再会じゃないか、アルコールは好きか」
「すぐ吐いちゃうから遠慮しとく、お茶みたいなものがあれば」
レンは同じ飲み物の缶を二本手にし、リビングに戻ってきた。
「飲み口は消毒してあるから」
そう言って、レンは缶を僕の前の薄いガラステーブル上へ無造作に置いた。
シャンは部屋に入ってからすぐにキャビネットの上で彼の人形と両手を直接接触させている。無言でありながら時々、身体のどこかを淡く発光させる様子から、僕は何かしらの情報の共有を行っているのではないかと思って見ていた。
「すごく広い部屋だ」
「大したことないさ、自分のパートナーの言う通りにしていれば、何だって手に入る財力をもつことができる、お前だってそうだろ?」
「そ、そうかもしれないね、ところでさ……」
「俺が何であの場所に来たのか、そう、聞きたいんだろ?」
レンは確かに昔から感が良かったような気がする。彼は次の僕の表情か言葉の反応を確かめているようだった。
「すぐに迎えに行ってほしいと頼まれたんだ」
「誰に?」
「決まっているだろ、『月影人形』の彼女にさ」
シャンに似た顔をした動く人形。彼の視線をやった先にシャンとその人形がいる。
「レン、教えてほしい、あの子たちは何者なんだ?」
「何者って、お前、忘れたのか……みんなとのあの約束を」
少し驚きの表情をレンは僕に見せた。
「ごめん……」
「ほら、マモ、マサハル、カエデ、ワカナ、ジュン、みんな覚えていないのか」
小学校のころの同級生の名前かなと思ったが、約束はおろか、挙げられた名前のうちほとんど顔を忘れてしまっている。
「記憶の喪失、ルナが予言していた典型的なスリップの影響だな……残念だ、お前ならすぐに戦力になってくれると思っていたが」
僕の言葉によって、レンは持ってきた飲み物にも手を付けず、座ったままがくりとうなだれた。
「ちょっと待ってよ、戦力だか、約束だか、全然、意味が分からないんだけど」
「話を止めて悪かった、〇〇に見てほしい、今の俺たちを取り巻く状況だ」
レンがスマホを操作すると、スクリーンが天井から下がり、壁に埋め込まれたプロジェクターが起動を始めた。
レンが見せたのは街の様子を写すただの定点カメラの映像だった。密集する建物の様子から外国の風景であることはすぐに分かった。その建物群の前に延びる片側三車線の道路に車が渋滞している。そして、一番端の歩道には多くの人が行きかっていた。親子連れも混じっているので、よくある休日の一場面であった。
次の瞬間、画面に映っていたものが道路の真ん中に突然できた黒い大きな輪の中に吸い込まれる様子に変わった。十秒も経たないうちに残酷のようだけど、近くの場所から逃げ惑う人々が僕には蟻のように見えた。映像は車や人が密集していた場所に深い穴のようなものができているところで終わっていた。
「これは昨年に東ヨーロッパで撮影されたものだ」
「CGじゃないの?これだけの事故があればニュースだってSNSだって大騒ぎだろ」
「説明は後だ、他にも見てもらう」
レンの見せた映像は、同じように街中や山中で似たような現象が起きているものばかりであった。黒い大きな輪ができた後に地面をえぐる深い穴は何かを暗示しているように見えた。
「これが本当の映像なら誰がこんなことをしているんだ」
「『客人』(まろうど)、異世界からの侵略者だ」
「異世界って、それも侵略なんて」
僕はレンの口にした冗談のような言葉に思わず吹き出しそうになった。
「そんな、冗談はやめてくれないか」
「冗談、お前こそふざけないで聞いてくれ、嘘であるなら、この『月影』やお前が米軍に捕らわれそうになったことはどう説明する?今までに彼女のような存在と出会ったことはあるのか?」
身体をソファーから半分乗り出したレンの目に怒りの色が一瞬浮かんだことを僕は気付いた。
「わ、わかったよ、僕が言いすぎた、謝るよ、その客人はどんな姿をしているのかだけでも教えてくれないか」
レンは落ち着きを取り戻したのか、再びソファーに腰を下ろした。
「俺の方こそ冷静さを失ったのは悪かった、もしかしたら記憶を消されていたのかもしれないのに」
記憶を失ったという記憶がない僕はそれでも腑に落ちてはいない。
「客人の姿を見たものはいない、なぜなら、見たものすべてが命を失っている」
「録画とかをしている人はいなかったの」
「試みた者がいたことにはいた、しかし、どれもが撮影に失敗したか、こちらが回収する前にデータを消去されていた」
「マスター、終了しました」
僕の後ろでレンの人形の声がしたとほぼ同時にシャンが僕の傍らに座った。
「上様、用事は済んだ、すぐに帰ろう」
「まだ、こっちの話が終わっていないんだけど」
「〇〇の記憶の再生にもう少し時間がかかりそうだ、彼女には俺の連絡先を知らせてある、治療が終了次第、また会おう、その時は昔の友達も呼んでおく」
僕はまだ昨晩から今までの流れが整理できないでいた。なぜ、僕が米軍に追われたか、『月影人形』が何なのか、それをコントロールしている組織は何なのか、その疑問は一つも解けていない。
「エントランスから出れば駅まではすぐだ、始発の新幹線には十分間に合う」
「ありがとう、みんなにもよろしくって」
「ああ、必ず迎えに行く」
懐かしい同級生には少し会いたいと思っていたけれど、あまり深入りしたくないのが僕の本音だった。
レンの部屋から出て僕はエレベーターに乗った。高層マンションの階数が書かれたいっぱいの押しボタンを見て、いつもの僕だったら驚いていたかもしれない。でも、今の僕はこの場所から一刻も早くすぐに逃げ出したくなっていた。
自分が知らないところで自分の大切なものが何かこねくり回されているような何ともいえない気持ちがずっと続いている。
シャンは僕の気持に気付いてか部屋を出てから何も話しかけてはこない。
マンションのエントランスから表に出ると、まだ空は暗く街灯がこうこうと道を照らしていた。僕は足早に駅へと向かっていた。
ホームで観光らしき人に混じり、僕は六時七分発の新幹線を待っている。そのころには僕の胸の動悸も少しおさまっていた。
先頭車両がホームに速度を落としながら滑り込んできた時、突然、花火の音のようなものが遠くから聞こえてきた。
(上様、すぐに乗って)
シャンの声が頭の中に聞こえてきた。
僕はそのつもりだったので、何の疑問ももたずに車両に乗り込み、窓際の席に座った。
(これから何を見ても声を慎むのじゃ)
シャンが何を言いたいのか分からないけれど、僕は言われた通り口をつぐんだ。言われなくても話し相手はここにはシャンしかいない。僕の乗った車両は定刻通りに出発した。
動き出してすぐに車両の前の方から女性の短い悲鳴が聞こえてきた。周囲にいた何人かの乗客は何かを見ようと僕の席側の窓の方に席を立って移動している。
僕が何気なしに外の風景に目をやると、さっきまで僕がいたレンのタワーマンションの上階が大きく崩壊し、炎と黒煙を噴き上げているのが見えた。
「あ!」
ここでも僕はシャンの言いつけを守ることができなかった。でも、シャンは僕の胸の中で何も言わず小さく体を震わせているだけだった。




