7 襲撃
TAKATOカンパニー本社ビルの裏にある社員用地下駐車場の出入り口は大通りからは一本入った狭い道に面している。その地下駐車場の隣に社員用通用口がある。そこは、正面入り口よりは小さいものの、ロータリーがあり車を回せるようになっている。
裏口のすぐ前には、高遠の私有車が停められていた。自分で運転して美咲を迎えに行くつもりなのだろう。
デートの現場につき合わされる前にと、そのままこっそり立ち去るつもりだった如月だが、何となく立ち去り難いものを感じていた。静まりかえった裏口付近の様子が気になってしょうがない。
如月は素早く辺りに視線を走らせた。
何となく人がいた名残は感じられるが、今は周囲に誰の気配も無い。始めにここを訪れたとき張りこんでいた刑事の姿も見えない。
空腹で飛びそうになる意識を総動員して集中させ、如月は辺りの気配を探った。
(……何か、妙だ)
不意に、誰かがこの辺りを食い入るように見つめている視線を感じた。如月自身に向けられたものではなかったので、見ている対象が何なのかまでははっきりと感じられない。だが、嫌な感じの視線だった。
如月の視界の中に動くものが入った。裏口の自動ドアを通って出てきたのは、高遠だ。その瞬間、今までどこを見ているかはっきりしなかった何者かの視線が、一気に高遠に向かうのが感じられた。
狙いは彼だな、と合点がいった如月は、次の瞬間、それまで何者かがじっと見ていたものに思い当たり、一気に血の気が引いた。
見ていたのは、あの車だ!
高遠がきょろきょろと辺りを見回して如月の姿を探しつつ、車にキーを差し込むのが如月にはスローモーションのように鮮明に見えた。
「社長さん、車から離れて!」
叫びながら如月が高遠に駆け寄るのと、高遠が車のドアに手をかけるのとが同時だった。
バチバチ…… ドォン!
火が爆ぜるような音がして、爆発音が響いた。
如月が間一髪、高遠にタックルをかけて地面に引き倒す。一瞬後に、運転席側のドアが吹っ飛んでロータリーの隅に転がった。
運転席のドアの下に戸が開くのに反応する爆発物が仕掛けられていたらしい。爆発はドア一枚を吹き飛ばすくらいで大規模なものではなかったが、高遠が知らずにその場に立っていたらただではすまなかったに違いない。
「……如月、すまん」
「いいから、とにかく早く車から離れて」
如月はぱっと身を起こすと高遠を引っ張って車から遠ざけた。まだ他にも爆発物があるかもしれない。万が一、燃料タンクに引火でもしたら惨事になる。
車と距離をとり、社員用地下駐車場の入り口付近まで下がりながら、如月は高遠に鋭い目を向けた。
「高遠社長、さっき部屋で物騒な輩がいるって言ってたよね。どういうことか説明してもらえる?」
そうだ。和海とエイプリルの話を持ち出されてすっかり誤魔化されてしまっていたが、高遠はモデルガンとはいえ、銃を持っていた。たしか護身用だと言っていた。自分が何者かに狙われているという、身に覚えが何かあったに違いない。
今更ながらそのことに思い当たり、如月は自分の察しの悪さに苛立っていた。
巻き込みたくは無かったんだが、と心の中で呟きつつ、高遠は口を開いた。
「ああ。実は、三日ほど前に、社に脅迫状が届いてね。ある要求と、従わなければ社長を殺す、と」
「警察には?」
「話した。実は捜査が進んでいて、もう犯人の目星はついていたんだ。後は絞り込むだけって所だった」
「今までにもこういうこと、あったのか?」
「ああ。俺の退社時を狙って何度か。上から植木鉢を落とされたり、エアガンで狙われたり」
「……なんか、古典的だな」
オーソドックスな手口に、如月が呆れ顔になる。だが、ドアが壊された高遠の車に視線を移すと眉を顰めた。
「でも、今回は爆発物だろ。まあ、ちゃちいものだったけど。ちょっと、手が込んでるんじゃないのか」
「ああ、こんなこと初めてだ」
高遠も苦い顔になる。少し甘く見すぎていただろうか。
「……そう言えば、担当の刑事が、警護のため裏口に捜査員を配置するって言っていたのに、誰もいないな。ったく、いい加減なこと言いやがって」
怒る高遠に、いや、さっきまでは居たんだけどね、と如月は呟く。如月がこの会社を訪れたときには、確かにこの建物を刑事が張り込んでいた。だが、今は影も形も見えないところをみると、何らかの陽動で誘い出されたのかもしれない。
犯人は、警察を遠ざけておいて、車のドアに細工をしたのだろうか。これも古典的ではあるが、周到さが感じられる。そして、犯行は徐々にエスカレートしてきている。
だいぶ、犯人の方が焦ってきたんじゃないのか、と、言おうとしたとき、背後の地下駐車場の暗がりから飛び出した影が二人に向かって突進してきた。
「な、……うわっ」
驚いて身をかわした如月だったが、こんなときに空腹が祟り、ふらりとよろめいた。
体がとてつもなく重く感じられ、膝に力が入らない。思わずその場にしゃがみこむ。相手を見上げる格好になった如月はその影が手に刃物を持っていることに気づいた。
刃物を持った手は微かに震え、その目は高遠と地べたの如月の間をゆっくりと行き来する。やがて、手近な方に狙いを定めたのか、如月の正面で腕が振り上げられた。
転がって避けるつもりでタイミングを計るが、腕にも足にも力が入らず、狼狽する。
如月は、暗闇の中でやけに白さが目立つナイフの刃が迫ってくるのを見ているしかなかった。




