6 元相棒
とにかく、向こうで話そう。そう言うと、高遠は秘書に電話して急ぐ必要のない午前の仕事をキャンセルし、隣の応接室に如月を案内した。
手にしていた銃は素早くデスクの中に収めて鍵をかけておく。
だが、先に立って応接室に入り、高級ソファに腰を下ろした高遠は、続いて向かいに腰を下ろした如月が、先ほど仕舞ったはずの自分の銃を手にしているのを見て、唖然とした。
いったい、いつの間に……。久しぶりに見る仲間の、神業のような腕に改めて驚嘆する高遠社長だった。
「なあ、この銃、どうしたんだ?」
如月が銃をあちこち弄りながら聞く。彼が銃を扱うのを見たことは一度しかないが、こういった武器の類にも詳しいのだろうな、と高遠は思った。
いや、そもそも、高遠には、如月に知らないものがあるなんて全く考えられない。それほど、彼はこの年下の元相棒のことを信頼していた。
だが、せっかく友人のところで楽しい休暇を過ごそうとわざわざやってきた彼を、ごたついている自分の事情に巻き込むことはしたくない。
「ああ、それか。単なる護身用さ。社長ともなればときどき物騒なお客も訪ねてくるからな。まあ、脅しに使うだけだ」
「脅し、ね。確かにそのようだな。これ、モデルガンみたいだし」
如月が銃を放って寄越す。
実際、それは精巧に作られているものの、実弾の出ないモデルガンだった。本物の銃を手に入れるルートが無いわけではないが、素人の高遠に銃の類を扱えるはずがない。逆に、本物を持つことはそれだけ自分を追い詰めることになる。
「で、どんな輩を脅そうとしていたんだ? なにかまずいことに関わっているのか?」
如月はすっと目を細め、真剣な表情を見せた。
確かに予告もなく、いきなりではあったが、如月はただ社長室の扉を開いただけだ。それなのにとっさに銃を突きつけてくるなんて、余程の状況だ。
如月に尋ねられ、本当のところ、高遠は自分が困った立場にあることをこの元相棒に言ってしまいたかった。そうすれば、彼はきっとその天才的な能力で何とかしてくれるだろう。
だが、高遠はその思いを押し込めて、話題を逸らせた。
「別に、たいしたことじゃないさ。……それより、如月。エイプリルをどこに連れて行くか、観光スポットの目星はついているのか。最近話題の、女の子が喜びそうな場所を紹介してやってもいいが」
本来なら、そんなわざとらしい話題転換に騙される相手ではないのだが、彼の泣き所である少女のことを持ち出せばきっと無視はできないだろう。その高遠の思惑は的中した。
伊達に如月と二年近くも付き合ってきたわけではない。さらに、もう一押しする。
「それに、親友の和海君への手土産は準備できてるのか。会う前に何か用意しておいた方がいいんじゃないか」
如月が、あっ、という顔をする。慌てて出国してきた彼は、高遠が指摘するようなものは何も準備していなかった。というより、それどころではなかったのだ。
(よし、うまく引っかかったな)
たちまち困った顔になる如月に、高遠は何食わぬ顔で都心のお勧め観光スポットや、絶対に喜ばれると言われる人気の手土産の紹介を始めるのだった。
「社長さん、助かったよ。俺、何にも準備してなかったからさあ」
如月は、高遠に紹介された膨大なお役立ち観光情報をあっという間に頭に入れ、ほっとした顔で礼を言った。その言葉に、高遠は、いやこれくらい構わないさ、と笑みを浮かべた。
「それにしても、社長さん、女の子が喜びそうな場所にずいぶん詳しいよね。ひょっとして、ゆりさんとデートしたりするときのため? 結構付き合いは順調なんだ?」
からかいを含んだ如月の言葉に、高遠はさっと赤くなった。
如月の泣き所が和海とエイプリルなら、高遠の泣き所は間違いなく、如月たちの仕事上の元協力者、如月が在籍していた高校の養護教諭の美咲ゆりだろう。
以前、まだ如月と高遠が組んで危ない橋を渡りながら仕事をしていたときは、彼女の安全のため、高遠も頻繁に接触を持つことはなかった。でも、主犯だった如月が足を洗った今、高遠も美咲も真っ当な生活に戻っている。
そうなれば、高遠も遠慮なく、気になる美咲へのアプローチができるというものだ。
ここ数ヶ月、高遠は美咲ゆりに猛アプローチをかけていた。始めはエイプリルの治療のために世界的に名の知られた医師を紹介してくれたことへの礼という理由をつけて、食事に誘った。散々迷って選んだプレゼントも謝礼という名目で渡すことに成功した。
それ以後も、何かと理由をつけて、二週間に一度くらいのペースで高遠は彼女と会っている。
状況的には交際をしているといってよい状態なのだが、まだ肝心の告白の言葉を、本命相手には超のつくほど純情な高遠は言い出せないでいた。実は、今日も彼女とランチをとる約束を取り付けてあるのだが……。
「社長さん、そろそろしっかり決めろよ。言うときには、びしっと言わなきゃ。女性はそれを待ってんだからさ」
そうアドバイスめいたことを言う如月も、実は恋愛関係にはまるで疎い。
特殊な環境で育った彼は普通の男女交際の経験もなければ、そういった恋愛を楽しむ感覚もない。これまでの如月の人生にはそういうことに没頭する余裕がなかったのだ。だから高遠に言った言葉も完全に何かの受け売りである。
全く、好き勝手言いやがって、と渋い顔をした高遠をひとしきりからかった後で、如月は、席を立った。
「そろそろ、行くよ。エイプリルたちの映画が終わる前に、和海への手土産を買っておきたいから」
ちょっと、待て、と高遠も続いて立ち上がり、さっさと部屋を出ようとする如月の腕を掴んだ。
「俺も、今から美咲と約束しているランチに出るから、途中までお前も車に乗って……、っおい、どうした?」
高遠に軽く腕を引っ張られて引き戻された拍子に、如月の体がふらあ〜と揺れた。
思わずたたらを踏む体を支えてやりながら、高遠は眉を顰めた。
「おい、どこか具合でも悪いのか? ひょっとして怪我でも?」
心配げな高遠に、平気平気、と返しつつ、如月は、向こうを発つ前の結婚披露パーティーの準備やら何やらで三日間まともに食べていなかったことを思い出した。
思い出した途端、急に力が抜け、目の前が霞んでくる。
「大丈夫。ちょっと腹が減ってるだけ」
ちょっと、っていったいどれくらい食べていないんだ、と、この年下の元相棒の以前の生活の不摂生さを知っている高遠は心配になる。
睡眠不足は当たり前。忙しくなると睡眠を確保しようと食事を忘れる。彼の言う『ちょっと』は一般的に言う『ちょっと』とは落差があるのだ。
「大丈夫だって。あ、ほらほら、ゆりさんと約束があるんでしょ。遅れたら大変だぜ」
ビジネスにおいては冷静沈着、冷酷無比と言われる高遠が、身近な人間に対しては鬱陶しいほどの心配性だということを知っている如月は、慌てて高遠を促した。
「だが、お前、よく見ると顔色も悪いぞ」
「気のせいだって」
「そうだ。ランチ、もう一席予約するからお前も来い。とにかく何か食え」
「ええっ、冗談だろ。さすがにデートについていくほど野暮じゃないよ……」
言い合いながら社員用エレベーターでロビーまで下りた。高遠は入り口のカウンターに歩み寄り、窓口の女性社員に、食事に出ることを告げた後、秘書への伝言を幾つか残す。
そんな高遠からさっと離れた如月は、さり気なく人目に付かない場所を通って裏口に回り、外に出たのだった。




