奔走!救世主タチ!3日目
名物グルメ発売日前日。
八重とともに彼女の祖父に会いに行った。
活動と僕の存在を知った彼が、何かの役に立てればと街について話してくれるらしい。
電車に一時間ほど揺られ、辿り着いたのは地元よりも遥かに大きいターミナル駅。
ホームから見える街並みに圧倒されながら、八重に手を引かれバス停へと向かった。
駅からバスで15分掛けてたどり着いたのは、街を望む山の中腹。やけに人が多いと思えば、周りには温浴施設や旅館が立ち並んでいた。
そこからタクシーで五分。さらに山を登る。温泉街を見下ろす高地に五階建ての施設が斜面にどっしりと構えていた。
周りにはそれ以外、何もない。
どうやら、この施設に彼女の祖父が居るようだ。
受付で手続きをして、部屋が並ぶ広い廊下を進む。
休日の昼前の時間帯ではあるが、すれ違う人はまばらで、微かに聞こえる部屋からの音以外の音がない。
強いていうなら、風の音と野鳥のさえずりくらいだ。あと1ヶ月もすれば、蝉が活動を始める。自然に囲まれたここは、とてもうるさそうだ。
「はぁ、やっと着いた…」
疲れた様子のまま、ノックをする。
「おじいちゃん、来たよ~」
声のトーンを上げて、おじいちゃんに報告する。
「どうぞ」
優しそうな声が中から聞こえてきた。
「いらっしゃい。よくぞ来てくれた。八重ちゃん、久しぶりだね」
八十代前後の優しそうなおじいちゃんが出迎えてくれる。
目が合ってしまい、途端に緊張の度合いが増す。
「は、はじめまして、私は船場船穂と申します。よろしくお願いいたします!」
深く頭を下げた。
結婚の報告にでも来たのかというくらいに、大げさで堅苦しい挨拶になってしまった。何より、ひとつひとつの動作がロボットのようにぎごちない。
その様子を見て、うっすら笑みを浮かべながら言った。
「これはこれは、どうも。船場さん、ご足労をおかけして申し訳ない」
「いえいえ、そんなことは…」
「まぁ、立ち話は疲れるから、そこに掛けなさい」
「はい。失礼します」
部屋に入るとワンルームマンションのような間取りだった。
入るとそこは玄関。少し広めの作りで、トイレや洗面台に繋がる。そこから奥は畳が敷かれている。ベッドや椅子、ちゃぶ台、テレビとちょっとした収納棚が備わっている。
僕たちは、ちゃぶ台のところに座った。
「何のもてなしもできないが、いいかい?」
「大丈夫だよ。こっちから頼んだようなものなんだから、気にしないで」
八重が言う。
「そうか…」
窓際に置かれた椅子から立ち上がり、窓の外を見つめながら話し始めた。
「あの街…藤花市は商業で栄えた。明治の初め頃に、ある商家が海上運送業を始めたことがきっかけだった……」
その頃から次第に農村の面影をなくし、次々に建物が立ち並ぶようになった。しかし、海に近い地域が栄えたに過ぎず、山側の地域は何も変わらなかったようだ。海に近い場所に商店が立ち並ぶ通りがあり、それが街の商店街の原点とも言われているらしい。
それから、戦争が起きるまで栄え続けた。
戦時中の空襲で街は多大なダメージを受けた。
しかしながら、終戦とともに闇市が開かれ、様々なものが取引された。それが藤の花商店街の前身と言われている。
程なくして鉄道が開通すると駅近辺に建物が建ち始め、闇市があった場所に藤の花商店街が出来た。
近隣でも復興が進み、何倍も大きな街が出来上がった。
それが今見下ろしている街、菊平市だ。
「ここは経済成長とともに区画整理がなされて、急激に都市化が進んだよ。県庁が移るんじゃないかって噂が絶えなかったくらいだよ。今や50キロ周囲を見渡したって、この規模に勝る街はないさ」
そして、バブルがはじけて様子は変わった。
古くからある小さな工場や商店は潰れ、郊外に新たな街が形成されていき、藤花の人口は一気に減った。
逆に菊平は、少し開発のスピードが落ちたくらいだったという。
「十年前、菊平の駅ビルとデパートの建て替えが終わってから、かろうじて踏みとどまっていた商店街は持ち堪えられなかった。毎月のようにシャッターを閉める店が増えたよ……」と懐かしむように語った。
「その頃、商店街を含めた再開発構想か出た。再興の起爆剤になると一部の店主は喜んだ。しかし、蓋を開けてみれば、完成イメージに商店街の文字はどこにもなかった。ひとつのビルにまとめられていた……」
「自分の店が我が家であり、店主の大切な資産であることも少なくなかった。それはそれは、みんな難色を示したさ。居住スペースを失われた店主たちは同じ地区に建つ予定だったマンションに移るよう言われたからな」
「結局、財政難を理由に白紙撤回。そのまま計画も組織も消えた。で、単に再生だけを目的とした今の組織が出来上がったわけだ」
話し終えると、椅子にゆっくりと腰掛けた。
「何か、ワシに訊きたいことがあれば、遠慮なく言ってくれ」
こちらを見ながら言った。
「それでは……あの商店街には、何が足りないのでしょうか?」
ざっくりとした質問だが、興味本位で訊いてみた。
「さぁ……ワシにはよくわからんよ。だが、商店街というものは人が居ないと成り立たないもんだ。常に人が出入りを繰り返さなければ、同じ顔ばかりになる……」
「確かに人が変わらない気がする……」と八重が呟く。
彼は腕をゆっくりと伸ばし、窓のほうを指し示す。
「商店街は“街”ってついてるだろう?大きさこそ違えど、根本から言えば、この街と一緒なんだ。人が常に出入りを繰り返す街は寂れない……」
「新しいお店を呼ばないといけない、ということですか……」
「……きっと、出て行くばかりでも、入るばかりでも駄目なんだろう。基礎を築き、それを保つ者と、新しい風を取り入れ、まだ見ぬ風を吹かせる者。その両方を常に絶やさず、対等な関係であり続けるための努力と工夫が足りんのだろう………。こんな感じでいいかな?」
「興味深いお話を聞けてよかったです。ありがとうございました」
「大した話はしてないさ。礼には及ばんよ。あぁ、そういえば、隣町のシャッター通りをデパートが丸々買い取ったらしい。通りを生かした街づくりをするそうだ…」
ため息を吐きながら続けた。
「このままではうちも同じような末路を辿りそうだ。そうならないよう、なんとか藤の花商店街を救ってやってくれ」
「もちろん、みんなそのつもりです!」
自信を持って応える。
「それなら、安心だ…。まぁ、あいつが頑張って店を続けないと意味ないがな」と言いながら笑った。
「私が絶対、閉めさせないから!」
今度は八重が強く言った。
「頼もしい孫を持ったもんだ…。でも、二人とも程々にな」
僕らを眺めて、目を細める。
「うん。分かった。おじいちゃんも無理しないでね」
「心配には及ばん。この老体じゃ、したくてもできんよ」
「まぁ……そうだけど……」
思い立ったように引き出しから札を取り出し、八重に押しつける。
「さて、もうこんな時間だ。こんな山に居たってつまらんだろう。街へ降りてデートでもしてこい。そこの温泉には混浴風呂があるそうだ…行ってみるといい。温泉はいいぞ。身も心も温めてくれる。一緒に入れば愛も深まるぞ」
話しを終わらせるついでに八重をからかう。意外とユーモアもあるらしい。
「なっ、何を言ってるの!そういうんじゃないから!」と全力で否定される。否定されるのは結構辛い。
「まぁ、そういうことだ。二人とも気をつけてな」
「……元気そうで何よりだよ。話ありがとね。それじゃ」
「本当に、ありがとうございました」
「あぁ。じゃあな」
二人は祖父にお礼を言って部屋を後にする。
眩しいほどの陽ざしが部屋に注ぐ印象的な窓は、腰ほどの高さから天井まで全て一枚のガラスだ。そんな窓からは街の眺望が独り占めできる。
その窓の前の椅子に腰掛けて見送る、彼の姿は印象的だった。




