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緑の拳士~ゴブリンハーフは魔法が使えない~  作者: ハンドレットエレファント


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96/197

96.二人目の彼の手を取って

ガルドは迫りくる命鉱石と猛攻を繰り広げながらも、少しずつ追い詰められていた

いくつかは破壊に成功したものの、意思を持っているかのような変化する魔法が絶えまなく攻撃を仕掛けてくる

しかもそれらは疲れも知らず、その身が崩壊するまで仕掛け続けてくる


ガルドが如何に卓越した魔導士であったとしても人間である以上、限界は訪れる

唱える魔法の合間から襲い掛かる命鉱石の執拗な攻撃にガルドは疲弊し、唱える魔法のタイミングを遅らせてしまう


人間である以上の限界……まさにその瞬間を迎えようとした絶体絶命のその時、突如として命鉱石に異変がおきた

殺意のみで動いている様な命鉱石の大群がまるで糸の切れた人形のように地面に落下していく


遅れてもなおその魔法を炸裂させようと詠唱を無我夢中で詠唱を継続していたガルドは何が起きているのか一瞬理解ができず呆気にとられてしまう

即座にその状況からリンファとピスティルに何かが起きたことを悟り、視線を投げかける




だが、ガルドの視線に映った光景は、実に奇怪なものだった

「な、なにが起きたというのだ……!?」




リンファとピスティルは共に血まみれのまま、対峙していた

共に荒い息使いで立ち尽くし、動こうとしない

あと半歩踏み出して攻撃を繰りだせば決着がつきそうな間合いで、共に動くことをしない



リンファは杖に打ち込んだ拳をそのままの形にし、拳を引くことも構えなおすこともしない

ピスティルは拳を打ち込まれていない杖をリンファに向けたまま、微動だにしない


共に視線はお互いの目を睨みつけ、ピスティルの瞳孔は大きく開き揺れていた




「やったのか!? 穢れ! 答えろ! 答えんかぁ!」

ガルドの叫びにもリンファは微動だにしない、ただ眼を開きピスティルと視線をあわせる

その様子に業を煮やしたガルドが多数の詠唱を同時に開始した


「動かぬのなら私がやる! 聞こえてるなら避けるがいい、動かぬなら貴様ごと―――」


その言葉にリンファが顔を動かさないまま、掌をガルドに向けその行動を拒否する

迷いのないその動きの圧の強さに、ガルドは少しだけ押される


「なんで……」

長い沈黙を破り、リンファの口が開く


「なんで……トランクさんの……」

ピスティルがその言葉に体をビクっと震わせる




「トランクさんが死ぬときの記憶が……面影が……なんで2つもあるんですか!?」




リンファは杖に触れた拳に力を込めて、叫ぶ

怒りでも泣く悲しみでもなく、ただ困惑から叫ぶ

ピスティルは何も言えない、ただその事実に気付かれてしまったことに体を震わせる



「この記憶はなんなんだよ……! こんなひどい話があっていいわけないじゃないか!!」


リンファが見た2つの記憶は、共に絶望だった

けれどその絶望の色の差はあまりに広く、遠い



一つ目の今際の際の記憶は涙の絶叫

トランクが死にたくないと、すまないと泣きながら消えていく記憶

その涙にピスティルも泣き、涙に溺れるようにその記憶が消えていく



そしてもう一つの記憶

それはピスティルの地獄と言っても過言ではない悪夢だった



――――――――――――――――


あの日、ダガーが連れてきた「クイーンからの贈り物」を目にしてピスティルは我を忘れて叫んだ

それは大きなゴブリン、とても大きなゴブリン

そのゴブリンの顔と雰囲気をピスティルが覚えていないはずがない


それは、トランクだった

正確には、トランクの身体を正確に複製した粗悪なコピー品


顔も姿も身体能力も全く同じ

喋りこそしなかったが、きっと同じ声で話し同じ声で笑うだろう


だが粗悪なコピー品であるが故、魂を持たない

あの日悲痛な思いでピスティルが持ち帰ったトランクの魔鉱石の欠片を元にクイーンが丹精込めてその体を作り上げた


「トランクのデータで複製した肉体は、純度の高い命鉱石になるでしょう」

クイーンは自愛に満ちた目でそれを作り出したという



あの日泣きながら別れを告げた愛しいトランクが

目の前でその尊厳を蹂躙され、物も言わぬコピー品として複製され立っている


複製品からは愛しい匂いがする、触れる体がそこにある

偽物とわかっていても失ったと思った愛しい者がそこにいる




そんな愛しい者を、改めて殺せと言われた

お前の手で、お前の意志で素材に変えろと命令された





決して逆らってはいけない存在が、まるでお前の為だと言わんばかりに告げてきたのだ



できないはずはないだろう?これまでたくさんの仲間のゴブリンを殺して素材にしてきたのだ

それだけ駄目だとは言えないだろう?




ダガーは下卑た笑いをし続けた

この悪夢のような状況を名作のオペラでも見ているかのように食い入って注目していた



しばらくの絶叫の後、沈黙が訪れる

そして偽物の目の前に立っていたピスティルが顔を伏せたまま近づき、その手を取る

ダガーがその様子に目を向き、大きな拍手を送る


そこで記憶は終わる

杖にしつらえた巨大な命鉱石の記憶はブツンと千切れ、真っ黒になった



―――――――――――――――――――――




「見えて……しまったのね……」

「なんでだ……なんで……!」



血まみれの体を脱力させて目を伏せるピスティルの前で、なおも叫ぶリンファ

そんなリンファの体をやさしく突き飛ばした


怪我なんかしようもない、力のない手の動き

そんな力のなさ過ぎるアクションだったからこそ、リンファは虚を突かれたかのように数歩下がってしまう



リンファが離れたことを確認したかのように沈黙していた2振りの杖が再びピスティルの左右に浮かび、ガルドの足元に転がっていた命鉱石がピスティルの元に戻る



その二振りの杖がピスティルの周囲を飛び交う

それをきっかけにしたかのように、ピスティルの顔から生気が抜けていく


リンファを憎むことでかろうじて保っていたピスティルの自我がプツンと切れた

自分が自分以上に憎む相手がいないことを自覚してしまったのだ



うなだれた姿のままピスティルが少しずつ浮かんでいく、それはまるで人形劇が始まる前のマリオネットの様

見えぬ糸がピスティルを吊り上げているように見えた




「私は、トランクを殺したの 2回殺したの」

もはや喋っているのか喋らされているのかすらもわからない


「私のお友達も、トランクの大事な仲間もみんな殺したの」

「クイーン様の命令だけど、私が決めたこと、私が選んだこと」

「私にゴブリンの一族と名乗る資格はもうないの、だって……」



うなだれた首がギギギと上げられる

いや、強制的に上げさせられているように動く



「私がみんなを、石ころに変えたから」




「違う!!!!!!!!」



リンファが叫ぶ

その声にもはやピスティルは反応を示さない

二振りの杖がただ濡れたように光るのみ




「トランクさんは、僕が!この手で!撃ち倒した!」

「手強くて!凶悪で!頑強で!策士で!誰より仲間思いで人間にとって悪魔の様な最強の!」


その耳に届いていなくてもお構いなしにリンファが叫ぶ


「星が……星が綺麗だと言った!僕と同じ気持ちで星を見上げたゴブリンのトランクさんは!」


その言葉にピクンとピスティルの目が動く


「僕がこの手で撃ち倒したんだ! 貴方じゃない!貴方が殺したんじゃない!!!」


泣きながら叫ぶリンファ



そうだ、そうだったんだ

誰かに勝つってことは、こういうことなんだ




「だから! あなたは僕を憎んで! 撲と戦え! ゴブリンの仲間として憎い僕と戦えぇ!!!」






相手を倒したという事をちゃんと背負わなきゃいけないんだ




何かに操られたようなピスティルの瞳から、緑の血がスゥッと流れていく

その涙を許さぬように二振りの杖が荒ぶるように飛び交い、ピスティルの体が不自然にくねり曲がっていく


ゴキゴキと音が聞こえるように体中の関節が動いては止まる

そして二振りの杖が光りだし、周り命鉱石もそれに呼応するように光りだす




「に、ニニに憎ニニニ……」

その動きに抗うようにピスティルの唇がわずかに動く




「憎……い…… トランクの仇……! トランク……!」



その言葉と共に、もはや我が身の安全など何も考慮されていないだろう巨大な真空の渦がピスティルを包む

これまでとは比較にならない大きさの、もはやいくつの真空が生み出されているかもわからない真空が生まれ、巨大化していく


その真空の斬撃の中心でピスティルの体は次々と切り刻まれ、血が渦巻き緑の嵐となる




リンファはその緑の嵐を前に涙を拭き構えを作る


「穢れ、あれはもう駄目だ 殺すぞ」

ガルドが構えるリンファの横に立ち言い放つ


「……」

「子細はわからぬが、あれはもう自我すら持っていない 自らの身を守る手段も講じない魔法などいくら強力であろうとも脆弱……そもそも放っておいても奴は死ぬ」


ガルドがそっと杖を構え、詠唱を始める

「だがあんな規模の魔法をここで解き放たれれば神の宝も、お前の大事なアグライアも死ぬ、もちろんお前もだ」


リンファは何も答えられない

「私は私の守りたいものがある、貴様もであろう……守りたいものが居るからここに来たのだろう」


何も言えないリンファを鼻で笑う

「あれは違う あそこで自爆するように魔法を唱えるあれは守るものではないのはわかっているはずだ」




詠唱の上に詠唱を重ね、ガルドが魔法を展開していく

その術式の向かう先を、そっと睨む

その視線の先は、血の嵐の中心 崩れたマリオネット



「死ね、醜怪で哀れなゴブリン」




ガルドが魔法を放たんと手を差し出す



刹那、その手に強い力が握りこまれる

リンファの手が、ガルドの腕を包む



リンファはガルドの目を見て、言った




「力を……貸してください!」




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