97.明星
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『ねぇ、トランク』
『ん、どうしたピスティル?』
『私ね、なんで女になってみたいのか考えてたの』
『そうなのか で、なんでかわかったのか?』
『うん、わかった気がする』
『それはね、トランク……』
それはね……
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「ふざけるな!できるわけがないだろう!」
「頼む……頼みます!」
「もういい、このまま奴の心臓を撃ち抜けばそれでおしまいだ! どけ!穢れ!」
ガルドは時間がないことに苛立ちながらリンファを押しのけようとするが、リンファが頑として譲らない
「どけ!どかんか穢れ! 時間がないのだ! あんな莫大な魔力を爆発させるわけにはいかんのだ! それは貴様にもわかるだろうが!!!」
「それは僕が!なんとかする! だから力を貸してくれ!」
「馬鹿を言うな!そんな賭けに乗れるわけがないだろう! 負ければ貴様だけではなくここにいる全てのものが死ぬんだぞ! お前が守りたい者も諸共だ!」
こう言っている間にも真空の塊はその力を増し、巨大化していく
緑の血が更に舞い散り、形容しがたい色の嵐が出来上がりつつある
「賭けなんかじゃ……ない」
「なに!?」
「僕と貴方なら……賭けじゃない!やれる!」
すがるような眼が決意を秘めた眼に変わり、ガルドを貫く
その目にたじろいでしまった自分に、ガルドは怒りを覚える
「ピスティルさんが自分の意志だけで、ゴブリンとして戦いを挑んできたならいい……でもあれは違う!」
リンファの眼から涙がこぼれる
「信念と愛情を人質にされて、責任感を盾にされて、それでも必死にやろうとしたピスティルさんにアイツらは……」
握る拳が震える
「アイツらはもう一回トランクさんを殺させたんだ! 笑いながら、拍手まで……拍手までしたんだ!」
緑の嵐を睨みつけて、涙を拭う
「そんなこと……許せるもんか! ピスティルさんがこのままアイツらの思惑通りに壊れていくことなんて許してたまるかぁぁ!」
リンファの叫びにガルドは何かを思い出し、言葉を失う
脳裏を過ぎるは過去の記憶、10年前のあの日の隊長からの言葉
「神代王の命令であれば母子を殺すのも仕方あるまい、わきまえろ……無能が!」
己の無能を味わい、己の信念の無価値を噛みしめたあの日の事
それを仕方がないと染まって従ってきた数々の愚行
あぁ、こいつは、許せぬというのか
それらを許せぬと泣いたのか……!
「もういい! 僕だけでもやる! ピスティルさんは僕だけを狙ってくる、だから影響の少ないところに攻撃を向ける、パットちゃんには指一本……
「ちがう、パットではない」
「……えっ?」
「あの子はパットではない、ミディだ ここに巣食う下賤な人間共と自己保身と言い訳に塗れた人以下のゴミに故郷も両親も、記憶も名前すらも奪われた哀れな子だ」
ガルドは額があたるほどに顔を近づけ、目を見開きリンファの瞳を見つめる
その目に表情はなく、だが訴える言葉が聞こえてきそうなほどに見開いている
「お前はその哀れな子達とアグライアをあの醜怪なゴブリンを天秤にかけようというのか?」
「天秤にはかけない……!」
「ほう、最後まで言ってみろ」
「みんな!みんな助けたいんだ!」
「ふはっ! 言いおったなぁ!このゴブリンハーフがぁ!!!」
その言葉を待っていたといわんばかりにガルドが手荷物にあった数十個の純度の高い魔鉱石を無造作にばらまくと多重の詠唱を開始!
魔鉱石がその詠唱に反応して次々と魔法に変換され、巨大な真空を作り上げる!
「この私に下賤なゴブリンの真似事をさせる罪は重いぞゴブリンハーフ! その罪は必ず贖わせるからアレに殺されることは絶対に許さん!」
「ガルド……!」
「構えんかぁ!チャンスは一度のみぞ!あの嵐を吹き飛ばせるのはただの一度のみと知れ!」
「わかった! 頼む!」
「タイミングを合わせよ、行くぞおおおおお!」
リンファが提案した作戦
それは馬鹿馬鹿しいほどシンプルで力押しの作戦
ピスティルが唱えようとする「ゴブリンの楽器」が発動する前に「ゴブリンの楽器」をぶつけてその真空を消し去る
そしてむき出しになったピスティルの二振りの杖をリンファが特攻して破壊するというもの
失敗すればリンファは死ぬ、ガルドも死ぬ
パットと呼ばれたミディという少女も死ぬ、子ども達も死ぬ、アグライアも死ぬ
そしてピスティルも死ぬ
だが、それをさせないと決めた
リンファが決め、ガルドがそれを信じたのだ
巨大な真空が十重二十重に収束し、ガルドの眼前に展開される
その余波でガルドの手はみるみる傷だらけになり、その頬も切れて赤い血が飛び散る
だが怯みはしない、不敵に笑う
「下賤なゴブリンの魔法如きでこの私が遅れを取るわけがなかろう! このガルドリックの魔法の冴えをとくと味わええ!」
眼前の真空に強力の空気圧がぶつかり、嵐を生む
巨大な指向性のある嵐が真空を纏い、一直線に緑の嵐に撃ち込まれる
鳴り響く音はまるで管楽器の響きの様に美しい
「いつでも来い!」
「ありがとう!行くぞぉぉ!」
ガルドの嵐がピスティルを包む緑の嵐に直撃した瞬間、リンファがガルドの後方からその眼前に強く踏みこむ!
リンファの体を今なお撃ち込まれるガルドの嵐が包み、傷つけながらもリンファをまっすぐ早くピスティルに送り込んだ
千切れ跳びそうな勢いがリンファの体を切り刻む!
だがリンファはまっすぐ緑の嵐に向かって叫び踏み込む!
「覚悟ぉぉぉぉ!」
その叫びはガルドの魔法の音と混ざり、まるで一つの楽器の様に響き渡る
その音を聞きながらガルドはフンっと鼻を鳴らし、わずかに笑った
『ふん、さしずめ【ゴブリンハーフの楽器】か……実にくだらんな』
ガルドの嵐が緑の嵐を削り、徐々にピスティルの姿を露にしていく
虚ろな目で体中を切り刻まれ血だらけ、美しいその赤いドレスは無惨にボロ布の様に千切れている
骨まで見えそうな傷まで刻まれているのに、その体にその痛みを感じる様子はない
力なくダラリと下がった腕は、まるで肩から見えない糸で吊るされた人形のようにも見えた
術者の思考や意志などもはや関係なく、二振りの杖が……
ゴブリンクイーンがもたらした二振りの杖がピスティルを操っているかの様に詠唱を重ねている
もはや楽器と呼ぶこともおこがましいほどの醜怪な不協和音を奏でながらピスティルは虚ろに足下を見つめる
続かない思考と千切れるような意識の中、ただ思い浮かべるのはトランクのこと
そして……トランクが死んだこと
私が殺した
私がこの手で止めを刺した
だから、私は私を憎む
それ以外に憎む相手を、私は知らないから
「違う!!!!!」
マリオネットの前に、ゴブリンハーフが躍りでる
真空の斬撃が飛び交う嵐のど真ん中をかき分けて、血だらけのリンファがピスティルの前に立ちはだかった
ピスティルの虚ろな瞳がピクリと反応し、眼球がわずかに動く
「トランクさんは僕が倒した!僕の手で!強敵を撃ち倒したんだ!」
ギギギときしむ音でも立てそうな動きでピスティルの首がリンファに向けられる
二振りの杖がまるでそれをさせぬと言わんばかりにピスティルの前で十字を組み真空を操りリンファに直撃させる
リンファの体が更に切り刻まれ、緑の血が雨の様に降りそそぐ
だがリンファは笑う
激痛に眉をひそめながら、それでも笑う
「こんなもの……痛くもかゆくもない!」
笑いながら叫ぶ
「トランクさんの一撃の方が、よっぽど痛かったからなぁぁぁぁ!!!!!」
その言葉にピスティルの目が怒りと憎しみで意識を取り戻す!
「トランクの……トランクの仇!!!!!!しねえええええええええええええ!!!!!!!!!」
ピスティルが自らの意思で杖を握り、その杖を支配する!
ピスティルは目の前の憎い敵を前に詠唱を行う
小さな光の玉がリンファに注がれ、その皮膚を裂く
その血がピスティルの頬を濡らしたとき、ピスティルは透明な涙を流す
「トランク……トランクーーー!」
愛しい人の仇を前に、やっとピスティルは泣けた―――
二振りの杖はピスティルを支配しようとするが、それは叶わない
杖についた命鉱石が、まるで巨大な腕に抑え込まれたかのように束縛され、魔導発勁を練り上げるリンファの前に差し出された
『わりぃ、頼むわ リンファ』
「砕けろ!!!!! 悲しい命鉱石!!!!」
織り重なる二つの命鉱石に、リンファの拳がめり込む
リンファの拳から噴き出す血とむき出しになった骨に、赤い雨が降り注ぐ
巨大な2つの命鉱石がひび割れ、砕け、粉々になる
【八極剛拳 明星寸勁】
緑のほの暗い嵐が明け星に照らされ消えて行った――――




