98.ピスティル
リンファの撃ち込んだ一撃が赤い雨を降らせる
光に反射してキラキラと輝く命鉱石の欠片が散っていく
その光の中心でピスティルは意識を失いゆっくりと落下していく
傷だらけのその身だったが、命鉱石の欠片が次々と回復の魔法に変わっていきそれを癒していく
癒していく毎にその命鉱石は更に粉々に砕けていく、風に舞って消えていく
全ての傷を治すほどの力はもう残っていなかったけれど、それでもその石の欠片は光りながら砕け散っていった
リンファは意識を朦朧とさせながらかろうじて着地を成功させるが、たまらず膝をついたまま動けなくなる
そんなリンファに冷たい液体が降り注ぎ思わず素っ頓狂な声が飛び出した
「わ、わぁっ!?」
「おとなしくしろ、ゴブリンハーフ 全く……貴重な回復剤を無駄に使わせおって」
ガルドが薬剤の入った空き瓶を無造作に投げ捨てると2本目を躊躇なく開封しリンファの頭からかけ流す
「いったぁ!……くない、ちょっとは沁みるけどそこまででもない……」
「魔力由来の薬剤を使用していない、昔ながらのポーションだ こんな貴重品、貴様にはもったいないがな」
「た、助かる……ありがとう」
「ふん、魔法に致命的に弱いだと? 何度聞いても神を冒涜しているとしか思えん」
悪態をつきながらリンファへの応急処置を済ますと、自分への回復魔法を唱え始めるガルド
お互いボロボロだったが、不思議と疲労感はそこまで感じない
「おっと、座ってられないんだ……この辺かな」
リンファはそういうと立ち上がりなら上を向きながらウロウロと位置を探す
その様子を見てガルドがため息交じりに鼻を鳴らす
「ゴブリン同士仲がおよろしいことだ……、このまま仲良く滅ぼしてやろうか?」
「そのそぶりを見せたら魔法が発動する前に横っ面を殴りつけます、全力で」
「死ね」「直球過ぎてちょっと面白い」
そんな軽口を叩きながらリンファは落下してくるピスティルを受け止め、そっと地面に寝かせる
体のあちこちにダメージが残っていたが、その顔はとても美しく、傷一つ残っていなかった
そんな顔を見て、リンファは少しだけ考え込む
「ゴブリンの女性……か……」
ゴブリンに性別がないというのは当たり前の常識なのに、ピスティルはずっと女であろうとした
そしてその気持ちをどこか利用されてこうなってしまった様にも感じられて、思わずリンファは拳を握る
「神のもたらしたこの世界にはあり得ぬ生物だな、だが……」
ガルドも少し離れてピスティルを見ながら目を細める
「そもそもゴブリンにだけ男女の性差もなく、生殖も他種依存であるというのは……果たして神の御心だったのか」
その言葉にリンファが振り向く
振り向いたリンファの視線に気づき、ゆっくりと視線を逸らすガルド
「失言だ 神の成してくださった事がこの世界となっている以上、そこに問題など塵一つ存在はしない」
反らした視線をリンファに戻し、睨みつける
「貴様以外はな、ゴブリンハーフ」
その視線を強く睨み返すリンファ
「そこは譲らないか…… それでも僕は人として生きるよ どんなに否定されても」
お互い視線をぶつけ、睨みあう
しばらくして目を細め興味をなくしたかのようにガルドが明後日の方向を向いた
「ふん……今は貴様に構っている暇などないのだ、脅威が去った以上やるべきことをしなければならない」
ガルドはその視線をパット……パットと名乗らされていた少女、ミディに目を向けている
リンファはピスティルをそっと地面に寝かすと、ゆっくりと立ち上がり歩き出す
「奇遇だな、僕もだ……ピスティルさんに手を出すなよ、せめて僕が帰ってくるまで」
「それはそいつ次第だ……だが、神の宝の前で醜怪な化け物の死体など見せたくないのでそのつもりはない」
リンファはまだ痛む体をかばいながら足を引きずり停船している船に向かって歩き始める
激戦が続き満身創痍だったが、アグライアが心配で仕方がないリンファはそんなことは気にもしていない
「パット……いや、ミディちゃんを頼むね 僕は他の子を助けてくる」
「貴様に言われるまでもない、ここまできて盗賊如きに遅れを取るなよ」
「必ず戻るよ、アグライアさんと一緒に」
「どうでもよいわ、さっさと行け」
シッシッと手で向こうに追いやるジェスチャーで雑に見送るガルドに眉をひそめながらリンファは歩き出す
まだ足に力が入らずうまく歩くのも難しかったが、それでもリンファは前に進む
船は動いてこそいないがその状況は見えない
「アグライアさんのことだから盗賊に負けてるわけないだろうけど……心配だ……!」
大勢の盗賊に囲まれて持久戦になっているのかもしれない
何かトラブルに巻き込まれて身動きが取れなくなっているのかもしれない
そう思うと足を止めるわけにはいかないとリンファはひたすらに急いだ
その刹那、後方からゾクリとした気配がリンファを襲う
「貴様!何をする・・ぐぁ!」
その気配と共にガルドの叫び声が聞こえ、リンファは即座に構えを取りながら振り返る!
そこには、ボロボロのドレスを翻しながら肩を落とし、それでも大地を踏みしめるように立つ者……
「ぴ、ピスティルさん……!?」
「ゴブリンハーフ……!」
ピスティルが肩で息をしながら、怒りの形相でリンファを睨みつける
その視線を戸惑いながらもリンファは受け止めた
息も絶え絶えでゼェゼェと言うのみのピスティル、だがその視線は明らかに何かを訴えかけてくる
「ピスティルさん、あの命鉱石は壊しました! 僕が憎いのはわかります、でも今は引いて傷を癒してください!」
リンファが叫ぶ
ガルドは肩を押さえ、膝をついたままピスティルを睨む
既にいくつかの魔法の詠唱を済ませていたはずなのに、ガルドは魔法をピスティルには使っていなかった
ただ、いつでも打てるようにピスティルに向けて構える
「ピスティルさん!」
「……うああああああああああ!」
突如としてピスティルが叫ぶ、その叫びは人間の言葉ではなく……
叫びながら上空に飛び跳ねたピスティルは迷う動き一つ見せることなく
多重の障壁に囲まれた少女の元に突っ込んだ
あっという間に障壁にしがみつくように辿り着くと、ピスティルはその両手を大きく広げる
その手には真空の魔法が唱えられ、みるみる真空の渦が出来上がっていく
「ピスティルさん!ダメだァァァ!」
リンファが絶叫し、跳躍を試みる
だがその足は言う事をきかず、力が入らない
『許さない!絶対に許さないぞ!!!!!!!』
ピスティルが叫ぶ、ゴブリンの言葉で強く叫ぶ
その目は赤く燃え、強い意志を灯す
「させるか!神の宝から手を離せ化け物!!!!!!」
ガルドが迷いを見せず詠唱を完了させていた魔法を解き放つと鋭く研ぎすまされた石の杭が高速で打ち出される!
「が、ガルド!ダメだ!やめろおおおおお!」
ガルドの魔法が ピスティルの肩を貫く
緑の鮮血が飛び散り、ピスティルの顔が苦痛に歪む
だがピスティルはひるまずその詠唱を続ける
「くっ……やむを得ん! 殺すしかない……!」
ガルドは打ち出した石杭のコントロールを取り直し、再度ピスティルを狙う
今度は肩ではなく、急所である心臓と脳をターゲットにする
リンファは自らの太ももを何度も殴りつけ強引に力を入れるように足を踏ん張り、高く飛ぶ
ガルドの魔法とリンファがピスティルに肉薄する
だがそのどちらかが届く前に、ピスティルの体が小さく揺れる
ビスッと小さな穿孔音が鳴り、口元が血で濡れた
胸から血が噴き出し、その身をよじる
「えっ!?」
「なに……!?」
何が起きたかわからないリンファとガルドを前に、血を噴き出しながら強い視線でなおも睨むピスティル
その視線の先には……
「なんでガキをかばってんだよ!!クソ化け物が!しね!そいつを殺させろクソがあああああ!!」
盗賊のボスが半狂乱になりながら手を震わせて銃を構え、なおも乱射し続ける
その体は止血こそしてあるものの左腕を切り落とされ、顔にはいくつもの傷を負っている
ボロボロのその男は、もはや狂ったようにその銃を撃ち続ける
シーサーペント用に開発された魔力特攻の銀の弾丸が、まるで薄紙を貫くようにピスティルを貫き、その体に小さな風穴が次々とできあがる
体に当たらなかった玉は障壁に当たり、その障壁をひび割れさせていく
だがピスティルは動かない
そして笑いながら口を開いた
「アグライア! ……ありがとうね」
ピスティルがアグライアの名を呼んだ
刹那、楽器の音が響く
ゴブリンの楽器が最後の演奏であるかのように鳴り響き、盗賊のボスを巻き込みその船体ごと消し飛ばす
その吹き飛ばされた残骸の煙の奥
その煙の奥には、障壁
命鉱石で作られた魔法の障壁とアグライアが展開する障壁
障壁とともに崩れ行く命鉱石が必死に守ったもの……それは
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『それはね、トランク』
『私、子どもがほしかったの』
『子ども?ガキのことか!』
『そう、あなたの子をね、産んでみたかったの』
トランクの子どもを、トランクと一緒に育てたいと思ったの
自分の子どもを抱いてみたいって、わかったの
わかったの……
――――――――――――
数人の子ども達が、傷だらけだけど治療を受けて眠る子ども達が
かわいい子どもたちが、そこにいた
ピスティルは 子どもを守ったのだ




